第十九話 白露は出迎える。
「─────眩し…。」
── 長い地下墓地を昇り切り、再び出入口の大扉を開けば、突然に私の目を、眩い程の真珠色が覆い尽くす。
闇の領域に順応し切っていた目を無理矢理に叩き起しては、直ぐに飽きたように真珠色は身を引き、まっさらな視界は直ぐに平常心を取り戻す。
色彩、明暗。視覚情報の全てを認識できるようになった頃、私の五感には、爽快な朝が突きぬけた。
『っほぉ〜───!墓地との落差もあるが、随分と美しいのう!』
…確かに、惚れ惚れとするような非常に美しい光景だ。
雪肌に覆われた山々は、宝石箱のように、或いは満点の星空の様にきらきらと太陽を反射し
それには、夜には鬱蒼に感じられた木々達も豊かにさざめき、その身をざざん、ざざんと小躍りさせる。その踊りに誘われる様に空は流れ、私の方へと、新鮮で鼻から脳へと突き抜ける様な爽快な匂いが運ばれる。
───肌寒いながらも、太陽の光が
目も、耳も、肌も。いずれも、心地のいい黎明、日の出を私に伝えていた。
どうやら、地下墓地に居た私達を置いて、既に世界は朝を迎えいたらしい。
『───気づけば、一晩中は潜っていた様じゃの。お前の其の疲れ切った相貌も納得という物よ。』
そんなことを感じていると、モラグは私のうちで頷きながら、そんな言葉を口にする。
「そんなに…?」と思いながらも、体をうっすらと覆う重みのような物を自覚すれば、私は口を噤んだ。
「───そうだね、確かに…疲れちゃったかも。帰ろっか。」
ひとりでに、然し私は確かに相手に語りかけ、その相手もまた「うむ!」と見えぬまま頷いては、私達はきらきらと輝く雪道を下って行った。
***
どこか暖かい雪道を下っては、私は村の門扉へと辿り着く。扉の左右に佇んでいた門兵さんは、槍を抱えるように寝ている様なので、起こさないよう其の儘通らせてもらおう。
しんしんと積もった朝露の石畳を踏み締めて、酒場に向け進んでいると、『臨時休業中』といった看板を扉に掛けた、道具屋【ノーカワ道具店】を通り過ぎる。
もう朝っぱらだし、起きてないだろうと思って、時間を潰そうと酒場に向かっていたのだが─────私の予想に反して、薄暗い早朝の中、ノーカワ道具店の窓はぽやぽやとした柔らかい照明の色を放っていた。
「なぜ?」と思いながらも、私は直ぐに、その理由に思い至る。
「────娘さんの事がそれだけ心配だったのか『いやお前を待っとんたんじゃろ。』
「ふふ」と微笑ましげに笑おうとした所で、モラグはピシャリと言い切るように口を挟む。
「待ってるって、何でさ。」
『
『純粋に心配だったんじゃろうて、内側の忌みはどうあれ、お主はまだ小娘であるからのう…。』
『ま、年齢など関係なくそれをするやもしれんがの』と声を続けるモラグに対し、私は少し疑心───と言うより困惑する。
「心配…私が?出会ってばかりだし、結構怪しい人間だって自覚もあるんだけど。」
訝しむような口調でそんな事を言うと、心の内に住まうモラグは何処か楽しげに笑う────いいや、どちらかと言えば、これは【嗤う】か。
『────"自罰的"よのう…、愛い奴め…♥だが、無駄な会話を続けるのは余は嫌いぞ?』
『さっさと受け入れ、中に入ると良い。─────その心配を受け入れる言い訳程度、お前なら幾らでも作れるであろうよ。』
『…くくく。』と、楽しげに口角を上げては喉を鳴らし、空気を小さく弾けさせるような笑い声をモラグは続ける。
────モラグがこうなれば、どう行ったとしてもきっと話を聞きはしないだろう。
超常者面で諭すフリをしてくるだけだ。
『随分な言い様よの……。』
────だから、小さく溜息を吐いては、私はドアノブに手をかける。
そもそも、依頼の失敗に対しての心配はされど、私個人への心配などされるはずもない。
私たちは出会ったばかりで、所詮は依頼者と受諾者。
そんな物を求めるのはお門違い、あるいは傲慢といったものだ。
それに、起きて待っている理由など幾らか想像も着く。
例えば「依頼の失敗を恐れて用意をしている」だとか────『その話についてはもうお主の出立前に済ませておったろ。』
…例えば、「スヴェッタの看病を続けている。」だとか────『部屋ですれば良いじゃろ。それに、お主がミノスを倒し、呪いが解除された以上はもう寝とる筈であろ。…まぁ、終わったと分かったから待っている、という話なら分かるが。』
そう!それが言いたか─────『お主の言うようなただの依頼者であれば、昼過ぎまで寝て、依頼の完了報告を貰うだけであろうよ。無理に起きても店の経営に影響を来す。』
…──じゃあ!例えば!!
『あー、あー、もう良い。ドアノブに手をかけたんじゃろ。さっさと捻って中に入るが良ろしかろ。』
────。…モラグが言葉を返すから反論していただけで、元々その気だったもん!!!
そう、少々苛立った様に心の中で大声を出せば、『ククク…』と鳴る小さな笑いを無視してドアノブを捻り、ゆっくりと戸を開ける。
内には、カウンターに肘を置き、立ったままうつろうつろと寝かけているナガレさんに、商品であろうソファに腰掛けては、こちらもまた寝かけ、意識を朦朧とさせているスヴェッタ。
…しかし、それ以上に。
───"むわ"と室内の床付近で滞留していた熱気が、足元から外へと流れ出ていく。
私が出ていったあの時から、ずっとつけていたのだろう、室温は、少し入っただけで額から汗が滲む程度には蒸し暑くなっており、暖炉のような
やっぱり、ずっと待っていてくれていたん───────
────いやその音は不味くない!?
「ちょ、ちょちょ!?」
そんな、素っ頓狂かつ静寂を一気に打ち消すような焦り声を私は上げる。
それと同時に、意識を朦朧とさせ、ほぼ寝かけていたナガレさんとスヴェッタは「は!」と頭を飛びあがらせながら目覚め、そしてこちらを振り向けば、口の端を袖で拭っては
「───よくぞご無事で…!」
と感極まったように涙を流し、スヴェッタに至ってはこちらへ向け、ブンブンと左右に揺れる尻尾を錯覚させる程の懐いた飼い犬のような速度と反射で、私の側へと飛びかかってくる。
それを私が受け止めれば、「遅かったから心配したのよ…!!」と言いながら、私の頭をわしゃわしゃと、次はこちらを犬のようにして、深く抱き寄せ無我夢中にわしゃわしゃと頭を撫でてくる。
それには、困惑する様な、或いは別の感情を込めた赤ら顔で「ぁ、…ぁう…」と声にもならない声を上げてしまう。
────そうだ、感触も違えば印象も全然違う。雑なアレとは違って、スヴェッタの手は繊細だ。
でも、私は不覚にも
涙が────
『────何浸っとるんじゃお前ェ!!先!先にやるべき事があるじゃろ!暖炉を止めよっ!!?』
「…そうだった!!!」
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