第二十話 一章エピローグ・再び旅路へ

 そんな事を叫びながら、突如何も無い空間に現れたモラグ。

 一瞬、「誰だ…?」と言ったような静寂が広まるも、もう一度、『だから魔法具を止めよと言っておるじゃろ!!爆発しかけとるわ!!』と言った声で、気付かぬうちに涙を流し呆然としていた私と、暖炉に比較的近かったナガレさんはハッとした顔になって正常な思考を取り戻し



 本当の本当に限界を迎えていた様で、単純に魔力を流すのを辞めてもその勢いと異音が止まらなかったが

 悪魔モラグの協力やら、ナガレさんの持つ冷却用の生活用魔法具を使用することで、なんとか爆発し掛けていた魔法具の電源を切ることに成功した。



 『全く、これだから魔力弱者は​、生活用でも魔法具マジックウェポン魔法具マジックウェポンじゃぞ!扱いをしくじればお主らの命など嵐の前の塵と変わらんじゃろうに────!』



 と、珍しく憤慨していたモラグは作業中、横からずっと小言​────と言うよりも説教を行ってきていたが、正論故に何も言えず、ただ黙ってナガレさんやスヴェッタと同様に「はい…はい…」と頷くしかなかった。



 悪魔なのに正論を言うとはこれ如何に…。と心の中で思うと、『真面目な話をしておるんじゃぞ』と、声には出さないながらも、その小さな身に似合わぬ強大な威圧感を伴う瞳で睨みつけられた。







***








 『────全く、それにしてもを考えておる奴が、あれで思考を放棄するなど…。』



 まだ怒りは収まらないようだ、ぷんすかと言った様子で頬に空気を貯めながら、腕を組んでモラグは言う。



 「あんなことって何さ…。」




 ずっと続く小言と説教故に、少しでも話を逸らそうと、困ったように私は言う。



 すれば、モラグはピンと頭の上に「!」マークを浮かべ​──────そして、先程の子供らしい怒り方をしていた少女はどこに行ったのか。

 その顔は直ぐに、酷く楽しげで老獪な、「人を食い物にする」事だけを考えているような、そんな悪魔顔となる。



 その顔を見れば、背にぞわりと何かが粟立つ様な感触を覚える。

 失敗した…これなら鬱陶しいけど可愛げのあるあの状態を続かせていた方が精神的に楽だったかもしれない。




 『…ほぉ〜〜…う??今、知りたいのかのう…?お前のア・レ・を…♥』




 じとり、とした酷く湿り、澱んだ気配を放ちながら、モラグはいつの間に私に近づいていたのか、口を開けば髪が入りそうな程に近づいており、私の顎に手を伸ばしては、そんな甘ったるい声をかける。



 たじろぎ、悪い汗を溢れさせる私と、背を向けている為、顔は見えないものの何処か異質な物を思わせる悪魔モラグの様子に違和感を覚えたのか、傍で見ていたナガレさんは咳払いをする様にして注意を向けさせては、話を変えるように口を開く。




 「​───えっと、その、アンリさん。そちらの女の子は…?何も無いところから出てきたように見えましたが…どうやらお知り合いの方のようにも見えますし…。」




 と、濁流の様に押し寄せていた話題と出来事で聞けなかった疑問を、やっと投げかけてきたようだ。



 あ、と口を開け、一瞬詰まりかけた私の言葉を上から覆い隠すように、少女らしい溌剌な笑みを取り戻した少女はその疑問に一切の躊躇いなく答える。




「うむっ!余は"森の精霊モラグ"!そこな魔法使いアンリの【召喚獣】でな!…まぁ、そうじゃのう!強いペットの1匹と思ってくれても構わんよ!」




 人差し指を立てては、見せつけるように多くのモンシロチョウや花の幻影を出すモラグの、その自信満々な様子に

 ナガレさんは私が救世主ということもあってか、簡単に納得したようで「召喚獣!なるほど!アンリさんほどの魔法使いとなるとそういう事もあるのですね!」と言って、疑問を引かせた。



 そして、もう一つの望み通り、モラグのあの異質な気配は、夢のような、初めから存在しなかったように消え果てていた。




 「​────そういえば、スヴェッタ、治ったんだね。良かった。」




 近くで佇み、微笑むような表情でこちらを眺めていたスヴェッタに対して、ボクは振り向きそう声をかける。



 すると、彼女は思い出したように手で口を覆う様にして隠し、そして、白い花の様に可憐な、淑女的にはにかめば、「うん、ありがとう。アンリ。」と、初めて出会ったあの時からは想像できないほどの、凛とした声を響かせる。



 恐らくは、こちらが彼女の本来の声と気質なのだろう。それを見て、知ることが出来れば「助けられてよかった」と思うことが出来る。




 「…私の方からも、重ねてありがとうございます。この事は、感謝してもしきれません…!私にお支払いできるものはお金しかありませんが、言い値で​─────」




 ナガレさんもスヴェッタに続き、頭を下げてそう言う。

 とはいえ、それは既に討伐前にした話題だ。言い切る前に、言葉を被せるようにして私ははっきりと声を出す。



 「ナガレさん、それ行く前に言ったでしょ。ボクはまだ冒険者でもないし、これはただのお節介。それに、報酬としてはあの招待券だけで十分だって言った筈だよ。」



 「それでこの話はおしまい。ね?」



 そこまで言えば、ナガレさんは納得出来ないながらも了承したようで、「むぅ…では、いつか助けが必要となった時お申し付けください。私は、私達は必ず力となりましょう。」と言い、一歩足を引いた。




 「…分かった。その時になったら、絶対頼らせて貰うね。」



 「はい、ノーカワ道具店の意地、ご覧に入れましょう。」




 そこまで言ったところで、「ふわ…」と、無意識に溢れるようなあくびが出た。


 思えば、夜通しぶっ続けで墓地ダンジョン攻略を続けていたのだ。

 待ち続けて、意識を失っていた2人と同じように、私にも込み上げるほどの眠気が存在するのが道理というもの。



 意識した途端、無意識下でなりを潜めていた巨大な睡魔が、満は持したと暴れ狂い、私の脳をガンガンと叩き始める。

 クラリと歪む意識を何とか起こしては、足を大きく開いて、石のように重くなり始めた体を押さえ込み。



 「…​───えっと、その…いきなり助けが欲しいかも。…お布団、貸してくれない?」



 「その時になったら…」等とカッコつけて言った手前、少々小っ恥ずかしいが、背に腹はかえられない。

 故に私は、顔を少々赤らめさせながら、そう彼らに尋ねる。



 すれば、ナガレさんは「ふふ」と小さく笑い、「勿論ですとも。」とだけ答えれば、2階の、昨日私が眠っていたあの部屋へと案内をしてくれた。




 ​「ごゆっくりどうぞ。…重ねて、ありがとうございました。」




 粛々と言った様子で告げる、心からの謝意に対し、私は背を向けながら拳を上げて返し、そのまま倒れ込むようにベッドを揺らす。



 長い、長い夜だった。



 脳は既に朦朧と揺蕩っているし、瞼は石のように硬く、そして重く、開くことを許してくれない。



 ​────本当に、疲れた…、泥のように眠りたい。




 そして私は、窓から降り注ぐ朝露の光に叛逆するように、その目を完全に、闇に閉ざした。










***








 その日の昼頃、太陽が中天に座す​────丁度、昨日私がこの村に来たくらいの時間に私は目を覚ました。



 『…うむ、目を覚ましたの♥…魘されもしなんだ、死んでしもうたかと思ったぞ?♥』



 ククク、と楽しげに喉を鳴らして『おはよ』と言う、隣で寝ていたモラグに対し、私は一言「おはよ」とだけ返し、未だ思い泥の体は人体に固め、ゆったりと起き上がっていく。




 「…どれくらい寝てた?」



 『ま、帰ってきたのが5時程度で今は…12時か。つまるところ7時間、過眠でも不眠でも無し、熟睡って感じじゃの。』




 腕を組み、天井の虚空を睨みながらモラグは言う。

 悪魔の魔法かは知らないが、いついかなる時でもモラグに聞けば時間がわかる。便利な物だ。




 『悪魔を便利な時計代わりにするのは、世界でお前くらいのものじゃがのう…、無論そんな所も、愛しておるが…♥』




 睡眠状態から目覚めてすぐ故に、少し尾を引く睡魔に、軽い欠伸をあげてゆっくりと歩を進める。



 そして鞄の中、鞘の先が見えている程度の自己主張を行っている【輝剣クラウ・ソラス】をそこからスポンと引き抜けば、私はそれを棚の上に並べ、そして少しの身支度の末、扉に手をかける。




 『直接渡さんでも良いのか?』と、私の内側に戻ったモラグはその様子を見、言う。




 「これの報酬を渡すべきだ!ってあの人なら絶対に言うでしょ。商人に有るまじき義理堅さしてるし。」




 そう返せば、ピンク髪のその少女は数秒納得げに頷いた後『うむ!間違いないのう!』と溌剌に笑った。



 そんなこんなの会話を経て、私は扉を開ける。










***









 ​────それから、私は1階、その生活スペースで昼食を作っていたスヴェッタと目が合い、「折角なので」と、昼食に誘われ、そして共に楽しんだ。



 久々の親子水入らずの会話、良かったのか?と思わないでもなかったが、ナガレさんも楽しそうにしていたので、まぁ問題なかったのだと思っておこう。




 それに、もう父親ナガレスヴェッタを引き裂こうとする者は何も居ない。

 これからは好きなだけ、親子で食事を楽しんで欲しいものだ。



 ちなみに家族で思い出したが、食事途中、私は吟遊詩人のオルペの話を出した。




 「オルペさんをあまり好んでいないように聞いたけど、あの人、義理堅くていい人だよ。…勝てないって分かりながらも、命を捨てようとしてまでサークルクス墓地あそこに行くくらいにはね。」




 そう言うと、ナガレさんとスヴェッタは、親子仲良く「へ」と呆然としたように口を開け、片方は顔をみるみる嬉し涙で赤らめていき、もう片方はと言うと​─────




 ​────数分後、ボコボコになった顔面のオルペを連れて、ナガレさんがここに戻ってきた。

 結論から言えば、彼のオルペへの悪感情は、父親が娘の婚約者に対して「私は絶対に認めんぞ!!」と言うような物であったらしい。



 ナガレさん自身、娘が認めた人間であらば心の底から否定するつもりなど無かったそうだ。

 故に、オルペとスヴェッタの関係性を知っていたナガレさんにとって、オルペは既に義息子の様な扱いであり



 結果的に、スヴェッタの事がありながら命を捨てに行ったオルペはボコボコにされた。というわけだ。

 「命を捨てられるほどの娘への愛は嬉しいが、それはそれとして自らの事も大事にせんか!!」と言った様子でもうボッコボコに。



 ​────で、スヴェッタと私、あと、食事と聞いて出てきていたモラグが食事を終える頃、二人は共に青アザだらけで、肩を組んで笑いあっていた。



 『いや何があったんじゃ?』



 私にもわからん。



 まぁ、父親と義息子が仲を深められるのは悪いことでは無いのだろう。うん。



 そういう事にしておいて、私はいよいよ、ラムイー村から出立する準備を整えた。



 ​─────1日しか滞在していないのに、こうも胸に穴が空くように哀しく、こうも名残惜しい、暖かい感情が湧き上がってくるのは、きっとこの村の人たちの善良性が故だろう。



 でも、私は、そしてボクは、行かなくてはならない。



 【新秩序】を打ち倒す、その目的を果たす為に。


 そして世界中で当たり前に続いているこの生活を、守りきる為に。




 ​────門まで見送ってきてくれた、この村でよく関わった3人に手を振りながら、私はこの村を離れていく。



 じゃり、じゃり。と足で道の砂を踏み締めながら進む私にモラグは首を傾げる。



 『ふむ?徒歩か、馬車には乗らんのか?ここから王都まではまだ結構な距離があるようじゃが…。』



 そう訝しむモラグに対し、私は歩みは止めぬまま声を返す。




 「うん、王都まで一気に向かうならそれでも良いんだけどね。今回の事で察しがついた。」



 「​────新秩序だけじゃない、倒すべき災いは、既にこの世界の至る所に潜んでる。」



 「だから、道すがらそういうのを倒しながら行っても、遅くはないでしょ?」



 ニッコリと笑う私の言葉を、モラグは『ハハハ!』と笑い飛ばし



 『まさか、全部助けるつもりか!!』



 「…さすがにそれは無理だけど、手の届く範囲は助けたいよ。それに、馬車や酒場で色んな話を聞いたでしょ?与太話、噂話の類の奴をさ。」



 流石に計画性があまりにもなかったか?と思いながらも、私はしりすぼみに声を続ける。




 『構わん構わん!…何!責めているわけではあるまいて!…強欲な、そして傲慢な理想論!余は好もう!流石余のアンリよ!!』



 『それに、お前の言う通り、それを経験してからでも遅くはあるまい。まだまだ時間はある、出来る限りのことを成し、後悔知らずに突き進むが良いとも!』




 そう纏めたモラグは、小さな笑い声を断続的にあげながら、上機嫌に言葉を続ける。




 『ふむ、では次の行先は最寄りの村…​────いや街か!』



 「うん、そうだね。次の街は古都【ロート】、この辺りでは1番大きい街で、すごい大きな外壁があって!



 そして​─────













 ​────【黒い屍人】の噂がある街、だってさ。」

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