第十四話 至強たる者、不死たる者

 ​───" ギ ィン "



 耳を劈くような、金属同士の衝突音。



 この戦いが始まって、たったの四度目の剣戟ではあるが、既に片方の​────少女アンリの持つ、古代死者から回収された短い片手斧。

 その古的でありながらも滑らかであった黒曜の刃先は、バターすら切れぬほどに醜く歪み、そして鋸かの如くぼろぼろに刃毀れを目立たさせていた。



 ​────対して、ミノスの持つ剣、魔法具マジックウェポンのその剣は、その刃に一切の曇りすら見せておらず、それどころか、未だ一度も、その内に宿った魔法を見せてはいない。




アンリ「​───流石の強さ、だね。」



 額からたらりと一滴の雫を落としながらも、アンリは不敵な笑みを浮かべ、そう声を放つ。

 それを聞いたミノスは何処か不機嫌に、其の干からびた骸の顔を歪める。



ミノス「​嗤わせるな、武器の差だ。」



 舌打ちをする様にしてミノスは言う、そして其の剣先をアンリの方へ向けては、クイクイと、「さっさと其の背中の大剣を抜け。」と言うようなジェスチャーを行う。



 「…下らん、まさか、お前のような子供に私が侮られる時が来るとは思わなかったぞ。私の時代に生きた者達が見れば、豪胆な女だと笑っていただろうさ。」



 「…だが、私は気に入らん。それは豪胆ではなく蛮勇だ。そして、侮り死んだだけの莫迦を当然の様に殺した所で、何の価値もない。」



 「何の価値も、生まれない。」…そう、感情の見えぬ、深く澱んだ声で、俯きげに小さく呟けば、ミノスは再び、少女の目を、其の窪んだ眼窩の内に光る、冷酷な瞳で睨みつけ




 「​────さっさとその武器を抜け、その時間は待ってやる。」



 そう、念押しするように声を出した。

 少女は何も言わない。



 何も言わないが、其のぼろぼろの、崩れ掛けの斧をしまいこんでは​───



 「​ふん、そんなもの、捨ておけ​─────。」




 「​─────は?」





 ​───その、



 「…悪いけど、ヤダね。」



 「べ」と、小さく舌を出しては、気丈に、そして悪戯げに笑う少女。



 ​─────ブチン。と、存在しないはずの、不死者アンデッドの血管がはち切れる。



 之までは、ここまで辿り着いた勇者として、そして戦友を斃した勇士として、敬語も、態度も、そして「舐めプ」の様なその戦い方も、全て寛大な心で見過ごしていた。



 だが、そもそもミノスはあまり心の広い男ではない。

 これまで認めてやっていたのは、あくまで相手が、「至強の時代」を思わせる程の勇士であったからだ。



 だが、この反応で理解した。この女は、ただの力を持っただけの子供ガキだ​──────。




 戦士は戦場を理解している。

 少しの油断が命を奪う、戦場という空間を。


 だが、この女にはそれが無い。

 この戦場をお飯事ままごとの延長戦上としか思ってはいないのだろう。


 そんな子供にやる慈悲はない。そして、子供に侮られるなど、覇王としてあってはならぬ事だ。


 この女が手を抜くのを辞めるまで、私も手を抜いてやるつもりだった。



 たが、それはもうやめだ。こんな女に、我が部下がやられたのかと思うと​───




 「​───気分が悪い。」



 「そう?なら、少し休むといいかもね。」



 「​───言ってろ。」




 ​────ぼう、と火の興る様な音が、突如として響き渡る。


 【漆黒】の魔力がミノス王の周囲の地面から、浮かび上がり、そして​────渦を巻いては、その右手に保たれた宝剣へと集中していく。



 ​───丹念に、丁寧に魔力は練り上げられて、歪み、光り、そして光沢を持つ。



 【漆黒】でありながら、妖しく光り輝くその剣を、ミノスは、大きく振り上げ、大上段に構え直す。


 大きく剣を振り上げ、そして初めて本気になったからこそ、殺意と共にそれは可視化される。

 蠢き胎動するようでありながら、然し、確かに練り、研ぎ澄まされた魔力。


 それを見ながらも、力を持っただけの小娘アンリはただ、拳を顔の前に構え、ミノスの顔を見据えている。




 「​───…ここまでやっても剣を抜かんか、どこまでも癪に障る奴だ。…​────この私相手に手を抜いた事を、あの世で悔い改めろ。」



 「​───【不可避絶殺】。」





 ​───ぶわり、と練り上げられた漆黒の魔力が、乱気流のように吹き荒れる。


 スカイやアヴェスタ、そんな化け物達の魔力に触れてきたアンリでさえ、その余りの暴力的な殺意にその背を粟立たせる。




 (…​───来る。)





 「​【輝剣───…」





 「​…───クラウ・ソラス】ッ!!」





 ​───" バヒュン ッ "!!




 音の壁を突き破るような、そんな爆発。


 白い残影を残しながら、男は其の【触れるもの全てを切断する】​──そんな、一対一ソロでの戦いにおいて、究極の魔法の込められた、必殺の宝剣を振り下ろす。



 ​…そう、文字通りの"必殺"だ。

 だからこそ、ミノスはこの武器の使い方を考えていた。


 触れるもの全てを切断するこの武器であらば、攻撃に魔力やその他の力を割く必要は無い。


 だからこそ、男は決めた。



 ​込める力は、地を蹴り上げる足に全て捧げる。


 その結果、男の移動速度は音速を軽々しく超え、そしてその剣先は、光にすら達さん物となっていた。



 ───確かに、ミノスの存在規模は典型的、王種ロードの域を出ない。


 だが、其の余力を、全身全霊を速度のみに込め、そしてその攻撃力を補完できるとするならば?




 ​────その攻撃は、きっと【規格外】すら、予想出来ぬ物を生み出すだろう。



 故にその剣は【不可避避けられず絶殺必ず殺す】と名付けられ​────。





 ​───そして、その名の通りに、今この場で、一人の少女の肘から先を軽々と切り飛ばし、そして胴体部に深々とした、巨大な斬撃痕を生み出した。



 ​ぼとぼとと、宙を舞っていたアンリの前腕が水気のある音を立たせて地面へと、血の雨と共に落ちる中。



 魔法に裏付けされた、その余りの鋭利さ故に返り血すらつかない剣を片手に、爽快な、そして悪辣な笑みを浮かべては、一瞬の内に通り過ぎてしまったアンリに向けて振り返る。




 「​───…ほう、本能か、或いは天賦の才か。あれに反応して回避し、惜しくも上下泣き別れは避けたな?」



 「とはいえ…​───」




 "「その怪我では、死体が綺麗になっただけか。」"

 そう言おうとした、現に刃は心臓に到達まではせずとも、胴体部に…、両腕に、即座に失血死する程の出血を強いられる傷を負わせていた筈だった。



 もし、死ななかったとしても、反撃など不可能なはずだった​─────!




 ​────なのに、なぜこの女は​────!




 、あの魔法具大剣を振り上げている!?



 ​───髑髏じみた、ミノスの顔面が、初めて驚愕に染め上げられる。

 その見開れた目の中には​─────口から堰を切った様に血を吹き出させ、されども狂気的な笑みを浮かべる、剣を振り上げた少女アンリの姿がある。


 不可避と言えるような速度ではない、これだけの距離があって、なおかつその瞳に映っている時点で、不意打ちにもなってはいない。



 だが、覇王ミノスは避けられない。



 驚天動地と言えるほどの、其の衝撃は、覇王の研ぎ澄まされた身体能力を極限まで低下させていた。




 ​───ぼう、とまたしても魔力が吹き荒れ、そして剣へと収束していく。



 然し、此度の色は【紫水晶アメジスト】。



 此度の剣は【フロベルジュ】。


 収束した呪術師の魔力は魔法具マジックウェポンの力によって、紅蓮の炎と成り代わり。



 燃え滾る炎を備えた波打つ刃フロベルジュは、無防備なままの王の玉体を、焼け焦がしては、抉りとる。




 怪しげな美しささえ残す炎蛇を、ズタズタの傷口から、血と共に吹き出させては、ミノスの膝は、地面へと崩れ落ちていく



 「​───馬鹿な、なぜ…死んだ筈の貴様が、生きて​────。」



 膝を着いたミノスが、ぼこぼこと沸騰する血液を抑えながら、そう吠える。



 ​────振り抜いたフロベルジュをそのまま、杖のように地面に突き刺しては

 依然血まみれの少女は悪戯げに笑う。



 「​────くく、君が言うんだ、それ。」

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