第十三話 覇王ミノス

 ​────音そのものを切るような、そんな風を受けながら、私は暗い地下墓地を突っ走る。




 彼女アヴェスタの言った通り、この道中に古代死者ドラウグや、その他の魔物と出会う事は殆ど無かった。



 数匹とすれ違い、そして討伐することもあったが、それらは全てが消極的な戦い方​────と言うよりは、完全に


 そんな様子があらゆる動作から見て取れ、恐らくは、仲間が彼女にやられるのを見てしまって、今の今まで隠れていたものたちなのだろう。




 ​────…数万年、あるいはそれ以上だろうか。それだけの間眠っていて、目覚めて出会ったのが彼女のような【規格外】と言うのは、少しだけ同情する…が、私の邪魔になるというのなら、そして今を生きる者達に害をなすものであるというのなら、私は一切の容赦をするつもりはない。


 そして、魔物と出会わない…というのはそうだが、少女の通った道であろう場所の設備、施設は殆どが、元の形状が分からぬ程度にまで破壊、圧縮されていた。


 地下14階から入ってきたと彼女は言っていたのを聞いてから、『地上からそんな場所に繋がる何かがあるなら潰しておきたい。』


 そう思っていたのだが、この調子では、恐らく既に利用できない程度にまで破壊されているだろうし、杞憂であろう。


 恐らくは、彼女の目的も設備の破壊これだったのだろうか、その理由までは分からないけれど……。




 ​───…そして、彼女アヴェスタと出会ってから少し、時間にして数分を経たせてから、ついにこの場へとたどり着いた。


 はっきり言って、正確な階数はあまり覚えられていないが、だが、『ここが15階に繋がる下り階段』であろうと言い切ることは出来る。



 「​────…こんなところからでもわかる。流石の魔力量だね。」



 一雫の冷や汗を額に浮かべながらも、私は笑みを崩さない。

 そして、これ以上は時間を無駄にしていられないと、一切の躊躇いなく、私は一歩階段を踏み出す。



 ひりひりと肌に伝わる、刺すような魔力が、「待っているぞ」と言っているような雰囲気を感じさせる。


 …​────あぁ、「待っている」なら丁度いい!




 ​────サークルクス墓地初めてのダンジョン、そのエリアボス戦と行こうか!






***






 ​───ギ ィ ィ…。



 そんな、重い音を立てては扉が開く。




 ​────…「クク、まだ入ってきて良い…などとは言っておらぬが?」等と、飄々として言えるほどの余裕は、既に私には無い。


 この【聖堂】​────…魔法具マジックウェポンの魔力の渦巻く危険領域に入ってこられるだけの者が居るとすれば、我が配下の中でも指折りの実力者…古代死者・死戦士デスウォリアーたる将軍ラビュリントスだけであろう。




 ​───そして、古き時代、それこそ【の大地】から我に付き添い、そしてここら一辺の制覇を共に成し遂げたラビュリントスであらば


 この聖堂の門番として任命され、私が『決してここには入るな、そして、誰も入らせるな。』という勅命ちょくめいを出した時点で、その扉を命にかけたとしても守り切る。


 そう、自ら聖堂に入ってくる​───そんなヘマはしない。そんな事をする無能であれば、私が既に切り捨てている。




 ​─────…そして、数十分前から鳴り響き始め、(少し前から多少はなりを潜めていたとはいえ、)今の今まで直上から響き続けていた【あの轟音】。



 ​─────あぁ、そうだ。…あの扉を開けた人間、答えはひとつだ。


 私は、聖堂にある長椅子に腰掛けたまま、扉とは逆方向の御神体サークルクス​────…竜の亡骸を仰いで声を出す。




 「​────…ふん、来たか。随分遅かったな、不敬者。」


 「​─────我がクノッサスの味はどうだった?」


 「その甘ったるい美味には、噎せ返るほどの【味】を感じさせたろう。」




 「​─────…そうだね。みんな強かった。流石は古代の戦士達…、ボクらの先祖様だ。」


 「でも、そうだとしても。現代いまのボクらに対して害をなすというのなら、許しはしない。」



 ​────…思いの外若い、それも女か。声だけの印象だけでは、ただの人間の少女ガキだな。



 ​────だからといって、それがこの者を侮る理由には、最早なりはしないが…。




 「ほう。許しはしないか。ならばどうする?…その枯れ枝の如きか細き、脆弱な腕で、この私を─────!」




 ​───瞬間、周囲にプレッシャーが走る。


 私はおもむろに立ち上がり、聖堂の地面に溜まる骨片や砂を踏みにじりながら、剣を引き抜き、剣先を天に掲げては振り返る。




 「【この覇王ミノスを、討ち取るつもりか​─────ッ!!!】」




 ​────"ズン ッ"と、空間全ての重力が、その凄絶な名乗りと共に肥大化した。

 人外特有の【漆黒】の魔力、ただそれを一息に喉に溜め、そして声に混ぜて放っただけだ。


 ただそれだけで、石と煉瓦で出来た豪奢な聖堂の装飾に、苛烈なまでのヒビが入る。


 ​───ビリビリ、とプレッシャーと振動が視覚情報となって、そして風圧となって、一人のあどけない少女の前面に叩きつけられる。


 常人であれば、それだけで肉はひしゃげ、空中を舞いながら骸となって、地へと倒れ伏しているだろう。



 だが、少女は、血液に塗れたその体と体幹に一切の【ブレ】を感じさせることはなく直立不動の体勢を続け、二つに結い、そして残りを後ろに流した髪の毛をはためかせている。


 ​────この声は、あの時代の猛者たちすらたちまち怯えさせるものなのだがな…自信を無くさせてくれる…。


 ……いや、とはいえ…これはただの名乗りだ。


 このような小童、私の敵にはなれど、驚異足りえない。


 驚異と、

 あの至強の時代、その王者の一人の矜恃として。




 …それにだ、その身にまとわりついた濃い魔力を感じさせる腐った血液。​────将軍ラビュリンスのものだろう?


 我が配下を討ち取った者なのだ。

 この程度で倒れられてはむしろ困るというもの​─────!!




 「​────ほう、我が【息】を耐えるか!…良いだろう、脆弱な者と称したのは詫びよう、この時代の戦士よ!」


 「​───そして、許そう。この私の敵となる事を、この私に名を憶えさせることを!」


 「​さぁ、戦士よ。この戦を見守る、究極たるサークルクス立ち会いの元、このミノスに名を名乗れ​────!!」



 ​​────吹き荒ぶ北風の如き声に顔を顰めたまま、少女は背負った片手斧を引き抜き、同じく天にかざすようにしては、紫水晶の魔力を喉に溜め、同様の、【圧】を得た名乗りを上げる。



 「​【我が名はアンリ!​───呪術師、アンリ・パラミール!盟友スヴェッタの不幸のろいを払う物にして​────!】」



 「【​────古き覇王ミノス​、貴様を打ち倒し、二度目の引導を渡す者だ!】」



 「​───ハハハッ!!よくぞ吠えた!呪術師アンリ!​────その無謀、へし折ってくれるわッ!」



 ​────抜き放った剣。【輝剣クラウ・ソラス】が、松明の光を妖しく反射する。




 その一瞬の【動き】を合図とし、今、二つの刃が同時に振るわれ、そして剣戟を打ち鳴らした。





 ​───サークルクス墓地・覇王ミノスとの戦闘開始の合図である。

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