番外編7 ハロウィン、あるいは魔に遭う日


「お肉ぅ、お肉はいらんかねえ」

僕は切った段ボールを手に持つ。その上に家に余っていた紙皿を載せ、そこに紙粘土で作った肉を並べて練り歩く。お肉、お肉はいらんかね。町は僕以外にも奇怪な格好をした少年少女が沢山練り歩いていた。白いシーツを被ったおばけから愛らしい魔女、絵具で顔を塗ったフランケンシュタインや耳と尻尾を付けた黒猫などなど。小さな百鬼夜行に大人たちは恐れ慄き、どうか悪戯だけはと懇願し、魑魅魍魎たちに菓子を手渡す。百鬼夜行はそれに満足すると、また菓子を求めて練り歩く。地域の子供会の、小規模なハロウィン。それでも僕にとっては毎年とても楽しみにしているイベントだった。けれど。

「お肉、お肉はいらんかねえ」

「お前その仮装、何?お店屋さん?」

「…………じんにくを提供する男」

「………妖怪?」

「うーん………僕にもよくわかんない」

「わかんないのに仮装してるの?」

「なんか、気になっちゃって」

周りがメジャーな怪異に変身していく中、僕が選んだのは「人肉を売る男」というマイナーな怪異だった。どれくらいマイナーかと言うと、小学生向けのオカルト本にちらっと載っている程度。どうせ皆と同じ仮装をしても被るだろうと思って奇をてらってみたら、本当に誰もわからなかったというオチだ。奇をてらい過ぎた。おかげで大人たちにもただのお肉屋さんだと思われて、大変生暖かい目で見られてしまった。なんだか恥ずかしい。

「お肉ぅ、お肉はいらんかねえ」

「ほう、興味深い仮装だ」

ぴたりと足を止め、声のした方に目を向ける。

そこにはやけに落ち着いた雰囲気の青年が経っていた。青年は一歩二歩と僕に近づき、僕の目線の高さに合わせるようにしゃがみこんだ。

こんな人、近所にいたっけ。

最近引っ越してきたのだろうか?頭に疑問こそ浮かぶが、とにかく話しかけてくれたことが―――――興味を持ってくれたかもしれないことが嬉しい。僕は定型句を口にする。

「トリックオアトリート!お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ!」

「ほう。悪戯。一体何をしてくれるのかな?」

「…………じ、人肉を食べさせるぞぉ」

「ほう、肉を。」

青年はにやりと笑って、しげしげと僕を見つめる。「どんな仮装なのかな?これは」と聞かれたので、僕は口を開いた。

「………じ、人肉を食わせる男。………怖い本に載ってた。……………人間だか妖怪だかわからないんだけど、自分の肉を人に食べさせるんだって。それが人の肉だとは教えずに」

「へえ。君はどうしてその男の仮装を?」

「お肉売りの姿なら誰とも被らないと思ったから」

「はは、素直だ」

「あと、……………怖かったから。」

僕は段ボールのお盆をぎゅうと掴む。目の前には紙粘土で作った生肉が並んでいる。

「……………怖い?」

「だって、人が人のお肉を食べるなんてよくないことでしょ?それが、自分の知らないうちに口に中に入って、美味しい美味しいって感じてたら、それは――――――何より、怖いんじゃないかって」

実際僕はそれを読んでから、夕飯に肉料理が出てくると警戒するようになってしまった。これは人肉を食べさせる男から買ったお肉なんじゃないか、僕は知らない内に、僕と同じ姿をしたものを食べてるんじゃないか。そう思うと口を付けるのが怖い。

「…………怖いから、この仮装を選んだんだ。そうしたら男の気持ちがわかるんじゃないかって、ちょっとだけ……思ったから」

「へえ」

男の人は相変わらず笑ったまま、すいっとお盆に手を伸ばす。そうしてお肉をひとつ抓んで、「おひとつ、貰っても?」と問うた。

「―――――――え、いいけど。でもそれ、」

僕の作った不器用な紙粘土細工だよ、と言おうとした。けれど口から出たのは全く別の言葉だった。


「僕の肉だよ」


男の人はふふ、と笑う。

「良い。売るってことは上等な肉なんだろう?それならじっくり焼いて、上等な塩胡椒で食べてやるさ」

「え」

そんなふうに返されるとは思ってもみなかった。僕はごくりと唾を飲みこみ、口を開く。


「―――――――もし、美味しかったら?」


男の人と目が合う。そうして人懐こい笑みで、こう言った。


「そうだねえ。もっと食べたくなってしまうかも」



僕は、怖すぎて逃げた。途中、肉を道に落としてきたような気がする。とにかく尋常じゃない様子で合流した僕を、他の妖怪たちは随分心配してくれた。そこでようやく息を吐いて、深呼吸を繰り返して、今あったことを話そうとした。

「ねえ、これ。君の?」

「………え?」

後ろにいた吸血鬼が小さな袋を僕に手渡した。僕はあっけに取られてそれを見つめる。

「今、君のポケットから転がり落ちたから。どこかで貰ってきたのかな?って」

「………………………………」

小袋の中には、よくお祖母ちゃんの家で出てくる小さなゼリーのようなグミのようなお菓子が二個。それにお煎餅、三角形のパックに入った麦チョコが入っていた。

全然全く確証は無い。けれど僕はなんとなく、あの人がくれたものじゃないかという確信があった。

「………………こ、怖かったあ…………」

小袋を持ち、大き目の溜息を吐く。なんだか、僕が食べられちゃうような気がして。悪戯をしに行ったはずなのに、大人に揶揄われて退散してしまった。変な様子の僕を心配した吸血鬼と、隣にいたキョンシーに事の顛末をぽつぽつと話す。吸血鬼とキョンシーは顔を見合わせて、まず。

「そんな人、近所にいないよお」


……………その男の人は結局、この町のどこにも存在していなかった。大人に聞いても知らないと言うし、彼に会ったあたりを歩いても空き家ばかりだった。

食い尽くされそうな、生き物としての恐怖を――――――これでもかというくらい植え付けられたから、文句の一つでも言おうと思ったのに。

結局僕は、自ら望んで体を切り売りする怪異の気持ちなんてわからず。

「僕だって食料になるかもしれない」という、普通に生きていたら余り抱かない恐怖を感じることになり。


……………それでも、貰ったお菓子はとびきり美味しかったので。何年経っても、この記憶が頭にこびりつくことになるのだった。





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