第19話 ドヤる幻影

 救出したドロシーさんには特に怪我はなかったが、大事を取って自宅で療養することになった。


 そして、西地区スラム街での事件から3日──。


 拠点にやってきたドロシーさんにシンシアが事情聴取したところ、ようやく今回の事件の全貌が明らかになった。


 今回の冒険者狩り騒動は黒の下膊が組織的に行っていて、「最近クランに加入したとあるD級魔術師」を狙っていたという。


 クランに加入したD級冒険者という時点で相当数の冒険者が当てはまる。

 

 なのに、なぜドロシーさんが誘拐されてしまったのかというと、シュヴァリエ第五旅団のメンバーの手引きがあったかららしい。


 昨日、ドロシーさんは第五旅団のメンバーに「メスヴェル氷窟探索の件で話がある」声をかけられ、とある酒場に同行した。

 そこで待ち構えていた黒の下膊メンバーに捕まってしまったというわけだ。


 その情報を得たシンシアは、手引きをしたメンバーの洗い出しを行い、合計10名もの団員が処分されることになった。


 第五旅団はゴロツキ上がりが多いとは聞いていた。

 だけれど、まさか実際に犯罪組織とつながりがある人間がいるなんて驚きだった。


 衛兵さんたちに連れていかれた黒の下膊リーダーの聴取は今も続けられている。


 その情報はシュヴァリエのオーナーを通じてシンシアの元にも届いているみたいなんだけど、ドロシーさんから聞いた内容以上のことは出ていないんだとか。


 つまり──あのとき、黒の下膊のリーダーが話していた、「俺が探していたのはあんただ」という言葉の真相は分からず仕舞いということになる。 


 あのとき、リーダーが口にしていたのは何だったんだろう。


 僕を誰かと間違えていた、と考えていいのだろうか?



「やはり間違いではなかったようじゃのぉ」



 シュヴァリエ・ガーデンの連盟拠点。


 所属する冒険者たちがダンジョン探索のミーティングで使う一室で、椅子に腰掛けたララフィムさんがニコニコ顔でそう切り出した。



「ヌシとシンシアに任せて正解じゃった。まぁ、ワシより先にシンシアがヌシの付与術を体験したというのは、少々腹ただしいが」

「す、すみません」

「い、いや、冗談じゃ。そんなに深刻な顔をするでない」



 バツが悪そうに頬を掻くララフィムさん。


 こうして僕がララフィムさんといるのは、明日から再開するメスヴェル氷窟の中層探索に先立ち、色々と打ち合わせをしておきたかったからだ。


 ララフィムさんは僕たち55番パーティの臨時メンバーとして参加するし、パーティの支援役として色々とララフィムさんのことを知っておきたかったんだよね。


 それで、泊まり込みでのダンジョン探索が終えて帰還したララフィムさんに、事件の顛末を話した……というわけだ。



「しかし、良くぞ無事にドロシーを救出してくれた。改めてワシからも礼を言うぞデズモンド」

「……え?」

「あん? なんじゃその顔は。付与術でドロシーの居場所を特定しただけじゃなく、ナイフを突きつけられていたところを助けてくれたんじゃろ? だったらもっと胸を張らぬか、馬鹿者」

「あ、ええっと……はい」



 これって褒められてるのかな?


 そう言えばララフィムさんはドロシーさんの育ての親だって言ってたし、ダンジョン探索中も気が気ではなかったのかもしれないな。



「それで、明日からスタートするメスヴェル氷窟の中層探索の件じゃが……」



 こほんと咳払いを挟んで、ララフィムさんが続ける。



「こうやって場を設けてもらったのに悪いのじゃが……実は同行するのが難しくなってしもうた」

「え? そうなんですか?」

「うむ。どうやら第三旅団が攻略しておるダンジョンでヒュドラが出たらしくてのう。ワシら第一旅団が討伐に駆り出されることになったのじゃ」

「……ヒュドラ?」



 って何だろう?



「あん? なんじゃ知らんのか?」

「は、はい。モンスターの名前ですよね?」

「そうじゃ。ヒュドラは強力な神経毒を操る凶悪なドラゴンで、モンスターランクは『B+級』……なのじゃが、まだ判明しとらん部分が多い未知数モンスターでの。もしかすると今回の討伐でA級まで上がるかもしれん」

「そうなんですね……」



 モンスターもダンジョンと同じくランク付けされているんだけど、ダンジョンよりもより細かく分けられている。


 まぁ、シンシアたちにかかればA級モンスターだろうと問題はないだろうけど、情報があまり出回っていないっていうのがちょっと心配だな。


 予想外の攻撃をしてくる可能性があるということだし。



「気をつけて下さいね? まぁ、僕の心配なんて無用でしょうけど」

「いやいや、そういう気遣いは嬉しいものじゃ。もっとちょうだい」



 ララフィムさんが嬉しそうに足をパタパタとさせている。


 ちょっとかわいい。



「ついでに酒とかも一緒に貰えるとありがたいの? ワシ、龍楽亭のエスピナス産ワインが飲みたい」

「……それ、一樽で数万リュークする超高級ワインじゃないですか」



 要望は全く可愛くなかった。


 僕を破産させるつもりですか。



「というわけで、じゃ。ワシ本体は行けなくなったので、ヌシらの探索にはワシの分身を同行させようと思っておる」

「わかりました……って、え? 分身?」



 ついさらっと承諾してしまったけど、分身って何?



「ほら、先日見せたであろう? ワシがダンジョンに潜っているときに分身を拠点に飛ばして」

「……ああ、あれですか」



 ドロシーさん事件のときのことを思い出す。


 そう言えば、ダンジョン内からここに幻影を飛ばしてたっけ。



「気になってたんですけど、あれって何の魔術なんですか?」

「【朧火】という特級魔術で、ワシがA級ダンジョンでみつけた。すごかろ?」

「特級!? やっぱり凄い魔術だったんですね」

「ふっふん」



 ララフィムさんが得意げに鼻を鳴らす。


 特級魔術ってことは、一般には流通していないレジェンドかアーティファクトクラスの超レア魔術。


 どうりで見たことがないわけだ。



「ちなみにどういう効果があるんですか?」

「遠く離れた場所に自分の分身を飛ばすことができるんじゃが、飛ばすだけじゃなく意思を持って自由に動くこともできる」

「すごい。本当に分身なんですね」

「とはいえ、本体の三分の一ほどの力しか出せんがの。まぁ、このワシの分身じゃから、三分の一でも相当強い。最強じゃ」

「な、なるほど……」

 


 王国最強の魔術師と名高いララフィムさんだから、三分の一でも相当な魔力を持ってるんだろうな。



「どれ、試しに使ってみるか」



 ララフィムさんが小さな指を立てて、魔術を発動させる。


 青白い柱が地面から現れ、次第に小さな体を形作っていく。


 そうして現れたのは、ララフィムさんをそのままコピーしたような幻影。 



「はぁ……何度見ても凄いですね。どこからどう見てもララフィムさんだ」

『こら、顔に指を突っ込むでない』



 幻影のほうのララフィムさんが渋い顔をする。


 幻影の顔をツンツンしようとしたけれど、指が刺さってしまった。

 体に触れられないって部分は、やっぱり幻影なんだな。


 てことは、モンスターから攻撃を受けてもダメージを受けないってことかな?


 それだけで凄い魔術ってのがわかる。

 流石は特級魔術だ。



「というわけで、明日はよろしく頼むぞデズモンド」

『というわけで、明日はよろしく頼むぞデズモンド』



 綺麗にハモる本体と幻影のララフィムさん。


 腕を組んで小さな胸を反らす。



「ガンガン付与術をかけてワシをサポートするが良い。わっはっは」

『ガンガン付与術をかけてワシをサポートするが良い。わっはっは』

「……」


 同じポーズでドヤ顔しちゃってまぁ。


 本体と動きがリンクしてるわけじゃないみたいだけど、見事にシンクロしてるのは同じ思考で動いているからかな?


 ポーズまで同じだから、何だか頭が変になっちゃいそうだ。


 しかし、とそんなふたりを見て思う。


 分身だとしてもララフィムさんに同行してもらえるなら、安心して中層探索が出来そうだ。


 ドロシーさんの誘拐事件があったばかりだし、療養期間があったとはいえあまり無理な探索は出来ないなと思ってたからありがたい。


 

 

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