第18話 感覚強化

 シンシアの強さは圧倒的だった。


 武装した男たちの攻撃は彼女の体にふれることすらできず、逆にシンシアの攻撃は男たちの急所を的確に突いていく。



「シンシア、筋力を強化したよ!」

「ああ! 体の奥底から力がみなぎるのを感じる! 最高に気持ちがいいぞ!」

「次は持久力! しばらくスタミナ切れをしなくなったはずだよ!」

「……あああん! 最高っ!」



 目を爛々と輝かせながら、シンシアは次々と屍を作っていく。


 10人ほど倒したところで、ゴロツキたちの動きがピタリと止まった。


 瞬く間に殺された仲間を見て、怖気づいたのだろう。



「はぁはぁ……た、たまらん……っ!」



 そんな彼らとは裏腹に、シンシアは恍惚とした表情。



「これはたまらんぞ、デズ! こんなに自分の体を自由に動かせるなんて! もっと戦わせてくれ! 体が火照って仕方がない!」 

「……」



 ちなみに言うと、彼女が凄まじく息を切らせているのはスタミナ切れというわけじゃなく、ただ興奮しているからだ。


 見ているこっちが心配になっちゃうから、もうすこしだけ自重して欲しい。


 あと、ちょっとエッチな掛け声もやめて?



「どうした黒の下膊! そんな生ぬるいやり方では私を──」

「止めることはできねぇってか?」



 シンシアの言葉を遮って、図太い男の声が響いた。


 廃屋の中からゴロツキたちから守られるように現れたのは、黒い外套をまとったひとりの男。


 くぼんだ目に痩けた頬。


 特徴的なのは、右頬から額にかけてついている大きな傷。




「……貴様が黒の下膊のリーダーか?」

「そうだ」



 リーダーの男がニヤリと片頬を吊り上げる。



「しかし随分と好き勝手に暴れてくれたなぁ? 氷血姫シンシア・マクドネル」

「ようやく出てきたか。貴様らが拉致した魔術師を渡せ。命だけは助けてやる」

「魔術師? ああ、あいつのことか」



 リーダーがちらりと視線を背後に送る。


 ゴロツキが奥から誰かを担いできた。


 褐色の肌をしたエルフ──。

 ドロシーさんだ。


 意識を失っているのか、彼女はピクリとも動かない。



「こいつは以前にウチにいた魔術師なんだが……そうか。あんたのクランに入っていたのか」



 ゴロツキがそっとドロシーさんを地面に下ろす。


 リーダーの男は歪な笑みを浮かべながら屈み込むと、ドロシーさんの背後から首元にナイフを突きつけた。



「こいつを殺されたくなければ、剣を置け」

「……っ」



 先程まであたりに充満していた熱が一瞬で冷え、沈黙が支配する。


 これはマズいことになってきた。


 僕の付与術でブーストした俊敏力を活かせばリーダーを無力化させることは可能かもしれないけれど、ドロシーさんに危害が及ぶ可能性は否定できない。


 きっとシンシアもそう判断したのだろう。


 彼女は無言で手にしていた剣を足元に落とした。 



「……ったく。S級冒険者と凶悪な魔術を使う付与術師なんて、クソめんどくせぇ組み合わで来やがって。おかげでこっちは大損害だ」



 リーダーは、ドロシーさんにナイフを突きつけたまま呆れたような表情で僕を見た。



「しかし、噂通りの付与術師だな?」

「……え?」

「流石のS級冒険者でもあんな動きは出来ねぇよ。あんたの仕業だろ? 付与術師」

「ぼ、僕のことを知ってるのか?」

「そりゃそうさ。なにせ、

「……?」



 首を捻ってしまった。


 なんで僕を?


 今回の騒動はドロシーさんを連れ戻すためじゃなかったのか?


 というか、どこで僕のことを知ったんだ?



「まぁいい。そのまま大人しくしてろよ付与術師。詳しく話をするのは……その女に『お礼』をしてからだ」



 リーダーが顎でシンシアを指す。



「へ、へっへっへ……好き勝手しやがって」

「ライアンとグレゴリの仇だ。バラバラに切り刻んでやる」



 幾人かの男がじりじりとシンシアに近づいてくる。


 いくらシンシアと言えども、武装した男たち数人を丸腰で相手するのは無理だ。

 このままだと──シンシアがやられてしまう。


 僕は自分の鼓動が早くなっていくのを感じた。


 心の奥底から、怒りに似た感情がふつふつと湧き上がる。


 そんなこと……絶対にさせるものか。



「シンシアに指ひとつ触れさせるかよっ!」



 僕はとある付与術を発動させる。


 その対象はシンシア──ではなく、黒の下膊のリーダー。



「……っ!?」



 瞬間、リーダーの顔が苦痛に歪んだ。



「う、うぎゃああああっ!?」



 悲痛の叫び声と共に、リーダー手からナイフが転がり落ちる。



「な、なんだ!?」

「どど、ど、どうしたんですかお頭っ!?」

「体が……体が痛てぇっ!」



 体をかきむしりながら、リーダーの男が地面をのたうち回る。


 シンシアに詰め寄っていた男たちも足を止めて困惑している様子。



「シンシアッ!」

「……っ! ああ、分かった!」



 ハッと気づいたシンシアが足元に落ちていた剣を蹴り上げ、空中で華麗にキャッチする。



「……っ!? テ、テメェッ!?」

「や、やばい! すぐに殺せっ!」



 男たちが身構えるが、遅かった。


 シンシアは無駄の無い流れるような動きで、彼らの首をかき切る。



「……ぐっ!?」

「ぎゃっ!」



 ふたりの男が同時に首から血を吹き出し倒れた。



「すまないが、少々本気で行くぞ……っ!」



 シンシアが剣を構える。


 周囲に魔術で発生させた半透明の剣がいくつも浮かび上がった。


 あれは、魔術で生成された剣だ。



「……【ファントムエッジ】ッ!」



 くるりと身をひねり、剣を振るう。


 その剣の動きに呼応するように、シンシアの周囲に浮かんでいた無数の魔術の剣が猛然とゴロツキたちに襲いかかる。



「う、うわぁああっ!?」

「ぎゃあああっ!」



 おびただしい量の剣は、やがて巨大な奔流になり次々と男たちを飲み込んでいく。


 それは、さながら餌を喰らう巨大な青いドラゴンのようだった。


 その剣の奔流が過ぎ去った後に残ったのは、無惨に切り刻まれたゴロツキたちの亡骸だけ。


 一撃必殺。


 そんな表現がぴったりのスキル。

 流石はS級冒険者だ。



「デズ、ドロシーを!」

「……っ!」



 我に返った僕は、倒れるドロシーさんの元に走る。


 倒れている彼女を前にどうしようか一瞬考え、そっと抱きかかえた。



「ドロシーさん!」

「……」



 声をかけたが返事はない。


 かすかに胸が上下しているので無事だと思うけど、すぐに【鑑定眼】でステータスを確認してみた。



 名前:ドロシー・ヤンソン

 HP:50/50

 状態:睡眠



「……ああ、良かった」



 ホッと胸をなでおろした。


 ヘルスパワーは減ってないし、眠らされているだけだ。 



「ドロシーは無事か?」



 すぐ傍からシンシアの声がした。



「う、うん。意識はないみたいだけど怪我はしてないよ。魔術か何かで眠らされているだけだと思う」

「……そうか。良かった。生き残ったゴロツキ共は逃げてしまったようだ。リーダーを置いて逃げるとは呆れた連中だ」



 シンシアが剣を鞘に収める。


 どうやらさっきの強烈な一撃で戦いは終わったみたいだ。


 色々とあったけど、全員無事で良かった。



「しかし、その男に一体何をしたのだ?」



 シンシアがちらりと、地面に倒れているリーダーの男を見る。



「いつの間にか気を失ってしまったようだが」

「【感覚強化】をかけたんだよ」

「……【感覚強化】?」



 シンシアが首をひねる。



「聞いたことがない付与術だな」

「知らなくて当然かも。あまり出回っていない付与術だし。【感覚強化】は触覚を敏感にさせるっていう効果があって、その……大人が行く『そういうお店』でしか使われてないんだ」

「……? そういうお店とは何だ?」



 シンシアがさらに不思議そうな顔をする。


 しまった。余計なことを言っちゃったか。


 まぁ、シンプルに言うと感覚強化は高級娼館とかで使われてる魔術なんだよね。なんていうか、ほら、より気持ちよくさせるためっていうかさ。


 や、利用したことはないし、噂で聞いただけなんだけどね?



「と、とにかく、その男の触覚を【感覚強化】で超敏感にさせたんだよ。だから、服が触れただけで激痛が走っていたんだと思う」



 触覚が数十倍敏感になってるから、気持ちいいを通り越して経験したことのない激痛に襲われていたはず。


 効果時間は数分足らずで終わるんだけどね。



「例えるなら、肌がなくなって神経がむき出しになってるみたいな感じっていうか、傷口を塩水でこすられている感じっていうか」

「そ、それは聞いただけで痛くなるな。気を失ってしまうわけだ」



 シンシアがどこか哀れみを含んだ目でリーダーを見る。



「しかし、デズは本当に凄いな」

「……え?」

「使えるのは補助支援魔術だけだと思っていたが、まさかこれほど恐ろしい魔術も覚えているとは」

「あんまり使いたくないんだけどね。ヘタをしたらショック死しちゃうかもしれないからさ。シンシアがピンチだったから、咄嗟に発動させちゃったっていうか」

「私のピンチ……ああ、さっきの」



 首をかしげていたシンシアだったが、ポンと手を叩いた。



「ドロシーを人質に取られていたので剣を置いたが、まぁ、あの程度のゴロツキならグーで一撃だな。不意に近づいてきたときに仕留めようと思っていたのだが……もしかして心配をかけてしまったか?」

「え? そうなの?」



 素手でも余裕な感じだったの?


 もしかして、余計なことしちゃった?



「そっか……でしゃばっちゃってごめんね、シンシア」

「いやいや、謝ることなんてないぞ。私のためにありがとうデズ。キミのおかげで命拾いをしたよ」

「い、命拾いだなんてそんな。僕が助けなくても大丈夫だっただろうし」



 と、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。


 つい身構えてしまったけれど、現れたのは衛兵さんたちだった。

 騒ぎを聞きつけて、駆けつけてくれたらしい。


 僕たちも疑いの目を向けられてしまったけど、シンシアの説明ですぐに納得してくれた。


 彼女が一緒で本当に良かった。


 僕だけだったら、絶対に黒の下膊たちと一緒に牢屋に打ち込まれてたよ。



「デズのサポートでこれほど戦いやすくなるとは思わなかったな」



 衛兵さんたちに連れていかれる黒の下膊の一味を眺めながら、シンシアが嬉しそうに切り出す。



「やはりキミをクランに誘って正解だった」

「こっちこそだよ。ずっと言えてなかったけど、シュヴァリエに誘ってくれてありがとう」

「こんなことを言うのは変かもしれないが……早く私のところまで上がって来てくれ。キミと一緒に戦いたい」



 シンシアが少しだけ恥ずかしそうに頬を染める。


 はっきりと明言はしなかったけど、彼女が言いたいことはすぐに理解できた。


 シンシアと同じ場所に立って、やることはひとつしかない。



「……うん。すぐに行くから。待っててよ」



 僕は勇気を出してそう答えた。


 必ず……必ずシンシアの第一旅団に入ってみせる。


 そして──彼女と一緒にS級ダンジョン、グランドネイヴルを踏破するんだ。

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