第17話 S級冒険者

 

 拠点の外に出ると、街はすっかり夜の顔になっていた。


 至るところで燃えている篝火と、ぼんやりと発光している大通りのタイルが道行く人達の「道標」になっている。


 あのタイルは魔導具を流用した内照式床面サインで、特定の時間になったら発光する仕組みになっている。


 松明や篝火と違って燃料を必要としないため、最近街に増えてきているみたいだ。


 そんな便利な魔導具をダンジョンから持ち帰ってくる冒険者たちが次々と拠点に帰還してきていて、僕と一緒にいるシンシアを見るなりギョッとしていた。



「……お、おい。アレってシンシア様だよな?」

「ああ。やっぱり本物のシンシア様ってむちゃくちゃ綺麗だな」

「隣の男は誰だ? 見ない顔だけど」

「さぁな。ただの荷物持ちじゃねぇか? けど羨ましすぎるぜ。俺と変わってくれねぇかな」

「……」


 

 風に乗って変な話も聞こえてくる。


 妙な噂が立つ前に、さっさと出発したほうがいいかもしれない。



「デズ」



 ちょいちょいと、シャツの端をつままれた。



「それで、どうやってドロシーの居場所を特定するのだ? そろそろ教えてくれないだろうか?」 



 シンシアが少々熱を帯びた視線を向けてきた。


 なんだか急に雰囲気が子供っぽくなったな。 

 第一旅団長シンシアから、幼馴染のシンシアに戻ったっていうか……。


 さっきは団員がいたから気を張っていたのかな?


 こっちのほうがシンシアっぽくて話しやすいけど、ちょっと戸惑っちゃうな。



「え、ええっと、そうだね。まずは補助強化の付与術で嗅覚を強化してみようかなと」

「嗅覚? デズが入団試験のときに使っていたやつか?」

「え? 入団試験?」

「ゴブリンの居場所を特定したと聞いている」



 ああ、あれか。


 確かに入団試験のときに嗅覚強化でゴブリンの居場所を特定したっけ。



「そうだけど、知ってたんだ?」

「もちろんだとも! デズのことは余す所なくチェックしているからな!」

「あ、余す所なく!?」

「ああ! デズがメスヴェル氷窟の上層をあっさりクリアしたときは自分のことのように喜んでしまったよ! キミの付与術の凄さは昔から知っていたから驚きは無かったが、これでデズの凄さを理解してくれる人が増えるだろうからな!」



 顔が熱くなってしまった。


 昼間にリンさんも似たようなことを言ってたっけ。


 いやはや、恥ずかしいやら嬉しいやら。


 何にしても、光栄でございます。



「と、とにかく、嗅覚強化でドロシーさんの匂いを追いかけていこう。彼女の匂いは僕が記憶しているから、すぐに分かると思う」

「ああ、承知した! 頼む!」

「それじゃあ……【嗅覚強化Ⅰ】!」



 僕とシンシアの両方に付与術をかける。


 瞬間、ブワッといろいろな香りが輪郭を持つ。



「おお! これはすごい!」



 シンシアが感嘆の声を漏らす。



「これはどう表現したらいいのかわからないが……匂いが立体に見えるというか……どこにどんな匂いのものがあるのか、手に取るようにわかるな!」

「う、うん。嗅覚を数十倍にしてるからそんなふうに感じるんだと思う」



 でも、ちょっとおもしろいな。


 匂いの感じ方は人それぞれだっていうし、立体的に感じるのはシンシアの特性なんだろう。



「しかし、初級でこれとは……久しぶりに体感したが相変わらずデズの付与術は凄いな。あのドノヴァンでもここまでの付与術は使えなかったと思うぞ」

「え? ドノヴァン?」

「私が団長に就任するずっと前にシュヴァリエに所属していた伝説的な付与術師の名前だ。『脳筋な付与術師ミードヘッズエンチャンター』という呼び名なら聞いたことがあるかもしれないな」

「……あ」



 その名前なら僕も聞いたことがある。


 確か魔術書一冊でお城が建つと言われているアーティファクトクラスの特級付与術を数多く習得していたという伝説的な付与術師だ。


 とはいえ、彼は大金持ちというわけじゃない。

 習得している魔術はすべて彼自身がダンジョンで手に入れたものだと言われている。


 そんなドノヴァンの凄さは習得している魔術の多さもさることながら、付与術を自身に使って接近戦を挑むというその戦闘スタイルにある。


 付与術の自身にかけ、素手でモンスターと渡り合う姿から「脳筋な付与術師ミードヘッズエンチャンター」と呼ばれていたらしい。



「……そんな伝説的な人と比べないでよ。僕が使えるのは初級魔術だけだし」

「何を言っている。初級だろうと特級だろうと凄いものは凄い。しかし嗅覚強化でこれならば、他の付与術にも期待が膨らむな!」



 ニヤリと片頬を吊り上げるシンシア。


 ララフィムさんみたいなこと言っちゃってもう。


 第一旅団の人たちって、みんなこんなふうに好戦的なのかな。



「僕としては、できれば他の付与術は使わず事件を解決したいんだけどな」

「ああ。そう願おう」



 などと言いながら頷くシンシアだったが、その言葉とは裏腹に、彼女の瞳は何かを期待している子供のようにキラキラと輝いているのだった。




***




 ドロシーさんの匂いを追いかけてたどり着いたのは西区画のスラム街だった。



「油断するなよデズ。ここからは陽の光が届かない危険な場所だ」

「う、うん」



 シンシアの忠告に、ごくりと息を呑んでしまった。


 ブリストンは西側に行くほど治安が悪くなり、街の衛兵隊の影響力が薄くなると言われている。


 このスラム街がその最たるもので、ここを拠点にした犯罪組織が数多く存在するのだとか。


 来るのは初めてだけど、危険な場所だというのは肌でわかった。


 教会の庇護を受けられなかった物乞いたちで溢れかえっているし、「何か食い物をよこせ」と言いたげにこちらを睨んでいる物乞いもいる。


 こんな所にドロシーさんは連れてこられたのか。


 今回の事件に「黒の下膊」が絡んでいる可能性をララフィムさんが示唆していたので覚悟はしてたけど、はっきりと現実を突きつけられると少し辛いものがある。


 無事でいてくれ、ドロシーさん。



「よし行こう、シンシア」

「ああ!」



 周囲を警戒しつつ、ドロシーさんの匂いを頼りにしばらくスラム街を歩く。


 物乞いたちは遠巻きに僕らを見ているだけで、接触してこようとはしなかった。


 そうして僕たちがたどり着いたのは、ボロ屋が立ち並ぶ区画。


 建てられてだいぶ経っているのか、壁はボロボロで屋根は半壊している。


 通りに並んでいる他の家屋も同じようにボロボロだけど、ここだけ違うのは入り口に屈強な男たちがたむろしているところだ。


 物乞いは多いけど、彼らとは違う危険な雰囲気がある。


 多分、「黒の下膊」と関わりがある者たちだろう。



「……あの家か?」



 物陰に隠れて遠巻きから見ていると、ふとシンシアが声をかけてきた。



「うん。あの中からドロシーさんの匂いを感じるんだけど、家の前にいる人たちって、黒の下膊の連中だよね?」

「だろうな。どう考えても物乞いには見えん」

「う〜ん」



 これは少々困ったな。


 あそこからどうやってドロシーさんを助け出すか。


 あの人たちにお願いしても、中に入れてはくれないだろうしなぁ。


 早く助け出したいけどちょっと作戦を練らないと大騒ぎになっちゃいそうだし──。



「おい、そこの貴様ら」



 などと考えていると、シンシアの声がした。


 ギョッとして隣を見たが、彼女の姿はなかった。


 美しい白銀の髪をなびかせながらシンシアが立っていたのは──たむろしているゴロツキたちの前。



「怪我をしたくなければ、神妙に縄につけ」

「……あ? なんだテメェ?」



 僕は物陰から飛び出すと、一目散にシンシアの元に猛ダッシュした。



「なんだ嬢ちゃん。俺らに何か用か?」

「ちょっと待て。良く見ればかなりの上玉じゃねぇか」

「誰か娼婦でも買ったのか?」



 シンシアの姿を見て、ざわめき出すゴロツキたち。



「最後通告だゴロツキども。そのドアの向こうに監禁している女性魔術師を解放しろ。さもなくば……血を見ることになるぞ」

「……っ!?」



 ゴロツキたちの表情が豹変し、一斉に腰に下げている剣を抜いた。



「ちょ、ちょっと、シンシア!」



 ようやくシンシアの元にたどり着いたけど、手遅れ感が半端ない。



「い、いきなりひとりで行かないでよ!」

「すまないデズ。まどろっこしいことは嫌いな性格でな。キミも知っていると思うが、私の座右の銘は『単純明快』なのだ」

「そ、そんなの知らないから!」



 まどろっこしいのが嫌いにしても、いろんなプロセスをすっ飛ばし過ぎだし!


 もっとこう、一般人を装ってこっそり近づくとか色々あったでしょ!?



「へっへっへ」



 男の笑い声。


 そちらを見ると、スキンヘッドの男がおもむろにこちらに向かってきていた。



「お頭から腕の立つ冒険者が来るかもしれないとは聞いていたが、まさかあんたみたいな上玉の女がくるとはなぁ?」

「こりゃあ、たっぷり可愛がってやらねぇとな」

「ウヒヒ、たまには見張り役もやるもんだな」



 スキンヘッドの男に続いて、歪な笑みを浮かべたふたりの男も近づいてくる。


 一瞬、恐怖に飲まれそうになってしまったが、小さく深呼吸をして冷静に状況を分析する。

 

 ──さて、どうしよう。

 言い訳をしても許してくれなさそうだし、彼らを止めるのは無理だろう。


 だとすれば……ここはシンシアを付与術でサポートして、強引に状況を打開するしかないか。



「シ、シンシア。僕が援護するよ」

「ああ、頼む。デズに援護してもらえるなら、私も安心だ」



 シンシアがすらりと剣を抜いた。


 ほのかに発光している細身の剣。

 多分、アーティファクトクラスの装備なんだろう。


 ──と、そんなことより。


 とりあえずは、どこを強化するか調べるために【鑑定眼】でシンシアのステータスを確認するか。



 名前:シンシア・マクドネル

 種族:人間

 職業:剣士

 レベル:125

 HP:9580/9580

 MP:1350/1350

 生命力:1525

 筋力:430

 知力:620

 精神力:360

 俊敏力:1280

 持久力:1050

 運:990

 スキル:【魔法剣術】【ドラゴンスケイル】【マイティーインパクト】【神の加護】【輪廻回天】【ラストガーディアン】【ファントムエッジ】

 状態:普通



 びっくりしてしまった。


 なにこれ。

 ちょっとレベルが桁違いすぎませんか?

 スキルなんて明らかにヤバそうな名前のやつばっかりだし。


 というか、弱点という弱点が見当たらない。


 はっきり言って、僕の付与術を使わなくても全く問題なさそうだけど──見た所、俊敏力と持久力が高いからリンさんみたいにスピードで攻めるタイプかな。


 だったらより戦いやすいように、俊敏力を上げてみるか。



「オラっ! その鎧からひん剥いてやるぜっ!」

「ヒャヒャヒャ!」



 シンシアに【俊敏力強化Ⅰ】をかけると同時に、男たちが襲いかかってくる。



「シ、シンシア、付与術をかけたよ」

「ありがとう」



 シンシアが一歩前に出る。


 そして、剣の切っ先を下に構えたと思った次の瞬間──彼女の姿は霞のように消えてしまった。


 遅れてやってくる、砂塵と颶風。


 わずかな間をおいて、シンシアが髪をなびかせながら僕のそばに現れる。



「……う、ぐぉ」

「げぇ!?」

「……っ!?」



 目の前の3人の男たちが、喉から血を吹き出しながら倒れた。


 周囲に痛いほどの沈黙が流れる。


 残されたゴロツキたちと同じく、僕も呆気に取られていた。


 ど、どういうこと?

 もしかして今の一瞬で、男たちの喉を剣で切り裂いて戻ってきたの?



「す、凄い……これは凄いぞ、デズ!」



 シンシアが喜びで体を震わせる。 



「これほど速く動けるなんて! 普段の10倍……いや、20倍は速いぞ!」

「ええっと……俊敏力強化で20倍になってるから、計算的にはあってるかな?」

「20倍……ああ、良い……これは最高に気持ちがいいぞ……今まで経験したことがない快感だ……」

「そ、それは良かったね」



 そこまで喜んでもらえるなんて、強化しがいがあるっていうか。


 でも、そんな恍惚とした目で「気持ちいい」とか「経験したことがない快感」とか言わないほうが良いと思うな。


 だってほら、ドキドキしちゃうじゃない?



「さぁ、次は誰だ!? 誰でもかかってこい!」



 シンシアの興奮した声が響く。


 残された男たちの息を呑む声が聞こえた。



「なっ、なな、何をしやがった!?」

「はっ、速すぎる! 人間の動きじゃねぇ! なんだこいつは!?」

「お、おい、女が首からさげてるプレート見ろ。ありゃあS級冒険者の認識票だぞ!?」

「え、え、S級!? 白銀の髪にそのプレート……まさかこいつ、『氷血姫シンシア・マクドネル』か!?」



 男たちに動揺が広がる。


 どうやらシンシアの顔は知らないみたいだけど、名前だけは知っているみたいだな。


 その「氷血姫」っていうのはよくわからないけど。



「クソ! ヤブを叩いたら蛇どころか、ドラゴンが出て来ちまったじゃねぇか!  全員出てこい! 数で叩くしかねぇ!」



 男の掛け声に呼応するように周囲の家屋のドアが放たれ、武装したゴロツキたちが現れる。


 その数、十数名ほど。


 中には冒険者のプレートを下げている男もいる。

 B級にA級……僕よりも数段上の階級だ。


 あの、これってちょっとまずい状況では?

 流石のシンシアも十数人を同時に相手できないだろうし。


 軽く戦慄してしまった僕をよそに、隣のシンシアは不敵な笑みを浮かべる。



「ふふ……ふふふ! これは楽しくなってきたな、デズ! もっとだ! もっと私に気持ち良くなる付与術をかけてくれ!」

「……」



 変な汗が出てしまった。


 気持ち良くなる付与術って、ちょっと危ない表現だけど……うん、シンシアが言いたいことは凄く良くわかったよ!  

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