第16話 意外な組み合わせ

 リンさんとやってきたのは、入団試験に合格したとき祝勝会をしたあの酒場だった。


 ここは以前からお世話になっている酒場だし、場の雰囲気は良く知っている。


 ブリストンにある飲食店のランクとしては高くも無いし低くもない。

 庶民向けのにぎやかな酒場──という印象だった。


 だけど、今日はいつもとは違っていた。


 お客さんの数が少ないのは、まだ冒険者たちがダンジョンから戻ってきていないからだろうけど……それにしても、空気がピンと張り詰めている気がする。


 何かあったんだろうか。


 そう思って、辺りを見渡すと酒場に似つかわしくない人たち目にとまった。

 全員が同じ白銀の鎧を着た衛兵さんたちだ。 


 彼らはカウンター越しに酒場の店主さんに話を聞いているようだ。


 迷宮広場でも見かけたけれど、酒場にもやってくるなんてちょっと異常すぎるな。

 多分……というか絶対、例の「冒険者狩り」の件だろうけど。


 そんな彼らを横目に、給仕さんの案内でテーブル席についた。


 とりあえず、給仕さんに2人分のぶどう酒を頼む。



「……ねぇ、デズきゅん。なんか雰囲気、悪くない?」



 給仕さんがテーブルを離れて、リンさんがそっと身を乗り出してきた。



「前に来たときはもっと楽しい雰囲気だったよね?」

「ですね。多分、衛兵さんたちのせいでしょうね。冒険者が襲われてる事件で聞き込みをしてるんだと思いますけど」

「ああ、そういうことかぁ」



 うんざりとした表情をするリンさん。


 迷宮広場ではフレンドリーに接していたけれど、基本的に衛兵という職業は街の人間から嫌われる傾向にある。


 街の治安を守る責務を与えられていることをいいことに、横暴な態度で接してくる連中が多いからだ。


 中には犯罪組織から賄賂を貰っている衛兵さんもいるらしい。


 取り締まって欲しい犯罪は見逃すくせに、ちょっとした喧嘩で牢屋行きにさせられるので評判が良くないというわけだ。



「とりあえずお酒でも飲んで、気分だけでも楽しくなりましょう。ほら、このウサギ肉の料理なんて、すごく美味しいですし──」

「デズモンドくん! リンさん!」



 店内に聞き覚えのある声が響いた。 


 入り口のほうを見ると、青白く発光する鎧を着たドワーフが仁王立ちしていた。

 ガランドさんだ。


 彼はどたどたと慌てて僕たちのテーブルへとやってくる。



「ああ、良かった! やっと見つかった!」

「ど、どうしたんですか、ガランドさん? そんな血相を変えて」



 ヒゲモジャだから良くわからなかったけど、顔が真っ青になっていた。


 確かガランドさんって、盾の修復のために僕たちとは別の鍛冶屋さんに行ってたはずだよね。



「先程、盾の修復依頼が終わってシュヴァリエの拠点に戻ったのだが、ララフィム殿から大変な話を聞いてキミたちを探していたのだ」

「大変な話?」



 って何だろう。


 雰囲気から良い話ってわけじゃなさそうだけど。


 ガランドさんは上がっていた息を整えてから、驚くべきことを口にした。



「なんでも昨晩からドロシーさんの行方が分からなくなっているらしい。巷で噂になっている『冒険者狩り』の被害にあった可能性がある」



***



 戻ったシュヴァリエの拠点。


 ガランドさんに案内されたのは、二階にある団長室──つまり、シンシアの公室だった。


 初めて入るけれど、流石は数百人の団員を束ねる団長室とあって内装はかなり豪華だった。


 ブリストンではあまりお目にかかれない遊牧民族が手掛ける高給の手織り絨毯に、ガラスをつかったシャンデリア。


 あの机は多分、高級のウォールナットを使ったものだろう。


 でも、シンシアが贅沢をしているというわけじゃなく、ここで客人対応をしているので気をつかっているんだと思う。


 シュヴァリエくらいの規模になると、そういうのも大事だろうし。


 その豪華な団長室で僕たちを迎えてくれたのは、シンシアと、臨時の第五旅団長を兼任しているララフィムさんだった。



「我々としても今回の『冒険者狩り』の件は由々しき事態だと考えている」



 あいさつもそぞろに、シンシアが神妙な面持ちで口を開いた。



「シュヴァリエの団員だけではなく、他のクランの冒険者も襲われたという報告も上がっている。故に、シュヴァリエのオーナーを通じて衛兵隊に協力要請を出しているのだが、未だ事件の全貌は掴めていない」

「……なるほど、それであんなに街に衛兵さんたちがいたんですね」



 色々と合点がいった。


 シュヴァリエ・ガーデンは冒険者によって立ち上げられたクランではなく、ブリストンに居を構える貴族がダンジョン攻略のために組織したものだ。


 故にシュヴァリエは、冒険者界隈だけじゃなく財政界にまで影響力を持つと言われている。


 衛兵隊を動かすなんて朝飯前なんだろう。



「でも、どうしてゴロツキたちが冒険者やドロシーさんを? てっきりどこかのクランを首になった元冒険者のお礼回りだと思ってたんですが」

「私たちも当初はそう思っていた。だが、調べを進める中で衛兵隊から気になる情報が入ってな」



 シンシアがチラリとララフィムさんを見る。



『黒の下膊かはくじゃ』



 少々雑音が混ざったララフィムさんの声が部屋に響いた。


 それで気づいたんだけど、これはララフィムさんの幻影だ。


 よく見ると後ろの壁が透けて見えてるし。


 多分、本人はここにいなくてどこか遠くにいるんだろう。


 初めて見る魔術だ。



『ヌシらにはあまり覚えのない名前だと思うが、黒の下膊は西地区のスラムを拠点に活動している冒険者崩れが集まった犯罪組織じゃ。ヤツらはブリストンで冒険者をやっている〝とある魔術師〟を探しているらしい』

「とある魔術師? それって……」

『うむ。推測するに、ドロシーじゃろうな』



 ララフィムさんの目が険しくなった。


 ララフィムさんはドロシーさんの育ての親だと言っていた。娘のように可愛がっていた団員が犯罪に巻き込まれたと知って、気が気じゃないんだろう。



「でも、どうしてその黒の下膊という組織がドロシーさんを?」

『ドロシーは以前、黒の下膊に買われて犯罪に加担させられていてな。あの子はワシが教える前から魔術が使えておったのじゃ』

「……なるほど。その力を利用されていたってわけですか」



 ドロシーさんは極端にMPが低いけど、知力が高いため中級ランクの魔術が使えるし、魔術自体の威力も高かった。


 一日一回しか使えなくても、それを利用されていたんだろう。


 再びドロシーさんを探していたのは、彼女がシュヴァリエで活躍しているという話を耳にしたからなのかもしれない。


 成長した彼女の力をもう一度利用したいと考えた。


 シンシアが続ける。



「ここにキミたちを呼んだのは彼女の情報が欲しかったからだ。最後にドロシーと会ったのはいつだ?」

「二日前です。メスヴェル氷窟から戻って、皆で食事をして別れました」

「ふむ。それから見た者がいないとなると、ドロシーがさらわれたのは二日前、か」



 結構な時間になる。


 酷いことをされていなければいいけれど。


 それからシンシアにドロシーさんのことを詳しく尋ねられた。


 最近、彼女の近くに怪しい人物はいなかったかとか、頻繁に特定の場所に行っていなかったかとか。


 特にそういう異変はなかったので、僕は首を横に振った。



「……ありがとう。やはりドロシーは黒の下膊に誘拐された可能性があるな」



 シンシアが小さくため息を漏らす。



「あとは私たちが彼女を探そう。悪いがキミたちはここにとどまって、新しい情報が来た場合にそなえて──」

「いえ、僕もドロシーさんを探しますよ」



 僕は即座にそう答えた。



「ドロシーさんがどこにいるのか、はっきりわかってないんですよね?」

「残念ながら、そうだな。黒の下膊が拠点にしている西地区にいる可能性はあるが、いかんせん広すぎる」

「だとしたら僕の付与術が役に立つはずです」

「デズの付与術が?」



 シンシアが首をひねる。 



「僕の付与術は捜索にも向いているんです。それに、僕の付与術が捜索に向いてなかったとしても、同じパーティの仲間が危機的状況に陥っているのに、ここで待ってるなんてできません」

「……」



 しばし団長室に沈黙が降りる。


 やがて静かに黙考していたシンシアが、そっと口を開く。



「わかった。キミの力を借りよう」

「ありがとうございます」

「ただし、捜索には私も出る」

「……えっ?」



 驚いてしまった。


 ドロシーさんは第五旅団のいち団員にすぎない。


 なのに、シュヴァリエ第一旅団の団長自ら赴くなんて。



「黒の下膊には腕利きの元冒険者も多いと聞く。まぁ、キミひとりでもなんとかなるかもしれないが、念のためだ」

「い、いやでも……」

「ん? 私が同行するのに何か問題があるか?」



 どこか挑発的な視線を向けるシンシア。


 その口元は少しだけ緩んでいる。


 何だろう。少しだけ私的な動機が混ざってる気がするけど……。



「シンシア殿。我々はどうすれば?」



 ガランドさんが尋ねる。



「55番パーティのメンバーは拠点待機だ。衛兵隊から新たな情報が入るかもしれない。そうなったらキミたちにも動いてもらう」

「承知しました」



 深く頷くガランドさんのそばで、リンさんも緊張の面持ちでこくりと頷いた。



『なら、ワシは引き続きダンジョン探索の指揮を続けようかの。本当なら今すぐそっちに駆けつけたいところなのじゃが……まぁ、物理的に不可能じゃからの』

「すまないララフィム」

『かまわん。ヌシが動くのなら心配はないからの、シンシア』



 不敵な笑みを浮かべ、ララフィムさんの幻影が消えた。


 どうやら第一旅団メンバーはダンジョン探索中らしい。


 そう言えば、2日かけてダンジョンに潜るって言っていたっけ。


 多分、シンシアだけが【転送】の魔術書を使って戻ってきたんだろう。


 というか……不思議な魔術だったな。


 一体何を使っていたんだろ。今度会ったときにララフィムさんに聞いてみよう。



「……というわけでだ」



 団長室にシンシアの声が浮かぶ。



「早速出発しよう。よろしく頼むぞ、デズ」

「う、うん」



 ちょっと緊張してきた。


 シンシアとふたりでドロシーさん捜索なんて。


 これはダンジョン探索以上に気合いを入れないといけないな。


 万が一、戦闘が起きたときはしっかり付与術でシンシアをサポートしなきゃ。

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