第20話 水没フロア

 いよいよメスヴェル氷窟の中層探索が始まった。


 中層も上層と同じく3層構造になっている。


 上層を1日でクリアしたことを考えると、上手くいけば今日中に下層への入りを発見することができるかもしれない。


 ドロシーさんの体調を考えるとあまり無理はできないけれど、今回はララフィムさんの幻影が同行してもらえているし、難しい話ではないと思う。


 事前に確認した情報によると、メスヴェル氷窟の中層は冷寒フロアの他に水没フロアが存在しているらしい。


 なんでも、地下水によって出来た湖の区画らしく、点在している陸地まで泳いで渡る必要があるのだとか。



「……まさかダンジョン探索で泳ぐことになるなんて思いもしなかったわね」



 目の前に広がる光景を見たリンさんが呆れたような顔でぼやいた。


 今僕たちがいるのは上層からつながる階段を降りた先──メスヴェル氷窟中層の第一層だ。


 帰還するときに使った【転送】の魔術書でダンジョンに戻り、早速中層へと足を踏み込んだんだけど、いきなり水没フロアが現れた。


 広さは寒冷フロアと同じくらいだろうか。


 ドーム形状になっているのは寒冷フロアと同じなんだけれど、気温は暖かく、天井の至る所から滝のように水が流れ落ちている。



「で、でもすごい水の量ですね……」



 天井を見上げながら、ドロシーさんが感心したような声を漏らす。



「水没フロアって、ずっと水が流れこんでいるんですよね? こんなに水が流れてきてるのに本当に水没しちゃわないんですか?」

「ううむ、確かに。あれほどの量の水がひっきりなしに流れてきているなら、文字通り水没してしまいそうだが……」



 ガランドさんも不思議そうな顔をしている。


 確かに、天井から落ちている水は止まる様子がない。


 ものの一時間くらいあれば、立ち入れなくなるくらいの水嵩になりそうだけど。



『完全に解き明かされておるわけではないが、フロアにかけられた魔術によって別の場所に転送されておる……というのが通説じゃな』



 そう答えてくれたのは、ララフィムさんの幻影だ。



『迷宮研究家によれば、水没フロアは元々は古代文明の憩いの場だったらしい』

「……なるほど。文明が崩壊して保守点検ができず、経年劣化で天井が崩れてこんな形になってしまったってわけですね」



 つい、納得の声が漏れてしまった。


 確かに微妙にリゾート地みたいな雰囲気がある。


 というか、そもそもの話、古代文明人はどうして地下にこんなものを作ったんだろう?

 地上に出られない理由があったんだろうか。

 


「でもさ、こんな場所があるなら水着とか持ってくれば良かったね?」

「良くないです。バカンスしに来たわけじゃないんですから」


 至極残念そうな顔をするリンさんに突っ込んでしまった。


 それに、あなたはいつも水着みたいな格好なんだし、そのままでも問題ないでしょうに。



「水着は必要無いにしても、点在している岸までは泳ぐ必要があるな」



 周囲を見渡しながらガランドさんが「ううむ」と唸る。



「濡れた衣類は乾かせば良いが、装備を抱えたまま泳ぐのは少々辛いものがあるぞ」

『そうじゃな。それにかなり体力も消耗することになるの』



 ララフィムさんも渋い表情。


 彼らが言う通り、装備を抱えて泳ぐとなると相当な負担になるし、ヘタをすれば溺れてしまう危険性もある。


 ──普通だったら。



「大丈夫ですよ。僕の付与術を使えば問題ないですから」

『……ほほう?』



 目を輝かせるララフィムさん。


 興味津々と言った様子だ。



『ヌシの付与術でこの状況を打開できるのか?』

「はい、問題ありません」



 だから事前準備無しで来たんだよね。


 というわけで、早速、付与魔術を発動させる。


 使った魔術は【補助強化サポートエンチャント】と【補助支援アシストエンチャント】を一種類ずつ。


 補助強化は身体能力以外のステータスを向上させるもので、補助支援はアイテムに付与するタイプの魔術だ。



「……よし、これで水の上を歩けるようになったはずです」

「え? 歩ける? って、水の上を?」



 リンさんが胡乱な顔をする。


 他のみんなも信じられないと言いたげな顔をしていたので、証拠を見せてあげることにした。


 一歩踏み出し、水面に足をつける。


 続けて両方の足を水の上に乗せたけど──沈む気配は全くない。



「うわっ、本当に水の上に立っちゃったよ!?」

「はい、リンさんもどうぞ」

「……」



 リンさんはごくりと息を呑み、恐る恐る僕の後に付いてくる。



「う、わ、わ、わ!?」



 片足を付いて両手をピンと伸ばした変なポーズで固まる。



「……凄い! あたしも立ってる! なんだか水蜘蛛みたい!」

『ほほう、これは凄いの』



 ララフィムさんも目を丸くしている。



『一体何の付与術を使ったんじゃ?』

「ええっと、補助強化と補助支援の付与術をひとつづつかけました。【重量軽減Ⅰ】と【風属性付与Ⅰ】です」



 【重量軽減】はその名の通り、重量を軽減するもの。


 初級だと微々たる量しか軽減できないけど、乗算付与だったら大体100分の1くらいまで軽減できる。


 とはいえ、【重量軽減】だけで水の上に浮くのは無理なので、靴に【風属性付与】を付与して足元に風を起こしている。


 つまり、水に浮いているんじゃなくて、少しだけ浮かんでいるというわけだ。



「へぇ……!」



 一通り説明すると、おっかなびっくりで水面に立つドロシーさんが納得したように頷いた。



「そ、そんな付与術があるんですね! 知らなかった……」

『それらの付与術は知っておるが、こんな芸当ができるものではない……と言いたい所じゃが、実際に水の上を歩けるわけだし信じざるを得んな』



 ララフィムさんが水の上でぴょんぴょんと跳ねてみるが、水しぶきどころか波紋すら起きない。


『ふむ。噂通りヌシの付与術は規格外のようじゃの』

「あ、でも、欠点がないわけじゃないですよ? 効果は1、2分なので……切れちゃったら水の中にドボンです」

「…………よし、急いで渡ろう」



 リンさんが、慌てて大股で歩き出す。


 そうして僕たちは中層第一層の探索を続けることにした。

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