第23話「【悪食大公】へ会いに」



■■フェレライ公領地■■



 

 イディアニウム北部ゼーレン公領の近く。

 

『冬の土地』と呼称されるこの地域では、一年を通じて雪が大地に降り積り、旅行者の足元を奪う。


 慣れた足取りで針葉樹林の先を歩くシアさんが振り返った。


 

「見えてきましたよ、ターナカ」


「うん、みたいだね。相変わらず……異様な光景だ」



 林の開けた向こう側に見えてきたのは【黒箱こくそう城】こと――シアさんの父君ヘルト・フェレライ公の居城である。


 真っ白な雪景色の中にそびえ立つ、石の継ぎ目が見当たらない黒くとした城。


 高さにして二五メートルほど、黒い正方形を上下前後左右に無秩序に並べて積み上げたような、その奇妙な意匠の建造物は、景色の中にあって、そこだけ神様がデザインを間違えたような不気味な存在感を放っている。


 フェレライ公はシアさんやその兄弟たちが、東のアルトゥール領の生家から独り立ちして以降、ここに移り住んできたのだそうだ。

 

 どの時代に誰の手によって造られたものかも分からなければ、建材や建築方法すら不明の城。そんな場所に住まおうとするなんて、普通なら気でも違ったのかと周囲の心配を集めそうなものだけれど、【悪食大公】という半分皮肉の混ざったような渾名を持つ彼の酔狂さは今に始まったことではなく、家族ですら呆れ顔で静観していたらしい。


 

「ええ、全く。物好きな父で申し訳ありません」


「いやいや、面白いじゃない。嫌いじゃないよ、僕。そういう手合いの人は」



 その娘さんが【操奇】なんて名前を冠する人間の従者をやっているなんて、血は争えないというやつだろうか。


 ある意味、父親がそういう人であったからこそ、シアさんも僕の特性をすんなり受け入れてくれたのかもしれない。


 僕から見てもかなり変な人だもんなフェレライ公。僕は少なからず、自身の病理に引っ張られてこういう人間になってしまった部分はあるけども、あの人の場合、理由らしきものが見当たらない。


 悪趣味を度外視すれば、で、それは周囲からの評判や、あれだけ彼のご子息たちが立派に育っていることからも伺える。


 その名声と権威は【五大貴族】に並ぶほどで、過去には騎士団長という名誉ある立場を務めていたことすらあるらしい。



「そういえばずっと気になってたんだけどさ」


「はい、どうしましたか、ターナカ」


「フェレライさんって実際の爵位は『公爵』でしょ? なんで『大公』って呼ばれてるの」


「えっと、どういう意味でしょうか……?」

 

「普通は『大公爵』じゃないとそう呼ばれないじゃない」


「ああ、なるほど、ターナカのいた世界ではなんですね」



 シアさんは思案顔になって続けた。



「厳密にはですね。父の肩書は『名誉公爵』という一代限りの『名誉爵位』なんです」


「『名誉爵位』?」


「ええ、端的に述べてしまえば、政治的な立場上、王への直接の提言を行わなければならない人間に便宜的に与えられる爵位とでも云いましょうか……この国の政治は貴族を中心に構成された【王政評議会】によって管理されていますので、その承認なしには、通常、王に対して政治的な助言などを行えない仕組みになっています。しかし、王の直系の一族――ご兄弟やご子息といった、最終的に『大公爵』の位に収まる方々は例外です」


「あー、なんだっけ。『直言権』だったか」


「そうです。王に対して直接の発言を行うことのできる権利――『直言権』は本来王族にのみ与えられたものでしたが、王直属の組織である軍事部門の【王国騎士団】と司法部門の【査問会議】のトップもまた職務上実質的に王への発言権を持っていました。ですから――この国の歴史上ではアダ毅卒王以降のことと云われていますが――『大公爵』以外の人間が王に物申せてしまう決まりの悪さを解決するために『名誉爵位』の制度が生まれたのです」


「決まりの悪さって……なんか身も蓋もないな。それって反対する貴族も多いんじゃないの。要は昨日まで平民や騎士だった人間が突然自分たちと同じような立場になっちゃうわけでしょ?」


「はははっ。まあ、そう考えられるのも無理はないんですけれどね。しかし、反対意見は少ないですよ。『騎士団長』も『最高査問官』も、王の推薦と評議会の賛成多数によって就任するものですから、その決定に異を唱えれば、かえって反体制的な人間だという烙印を押されます。それにそもそもの話が、その立場に収まっている時点で、その人間自体が大抵は名のある貴族の次男や三男ということがほとんどですしね」


「なるほどね。ある意味じゃ出来レースみたいな面もあるわけだ」


「云ってしまえばそうです。まあ、父という例外的なパターンもいるにはいますが、それはそれとして――父が『大公』と呼ばれるのは、『名誉公爵』が『直言権』を持っていることに由来します。一代限りとはいえ、実質的に『大公爵』と同じ水準の権限を持つ立場であるがゆえに、慣例上、『公爵』以下の人間は『名誉公爵』を『大公』と呼ぶことがあるのです。父は元々の爵位は『騎士』の階級でしたが、騎士団長になり『名誉公爵』の位を得てから『フェレライ大公』と呼ばれるようになりました。逆に云えば、父のことを『フェレライ』と呼ぶのは直系の王族か、それに列席している人間ということになります」


「ほほー、そういうことだったのか」



 前世の社会経験というやつから云えば、部長不在の際に部長代理を『部長』と呼ばないといけなかった感覚に近いだろうか。ヒース王子なんかはフェレライさんのことを『大公』と呼んでいたし、そこまで厳密なものではないのだろうけど、ちょっとした『お作法』的なものだと考えるとちょうどいいのかもしれない。

 

 今後は僕も云い換えを気にするようにしよう。憶えていれば、だけど。


 

「……普通に忘れそう」

 


 なぜかは分からないけど、その場の気分次第で人の呼称が変わるから、あんまり他人に特定の呼び方をするのが得意じゃないんだよな、僕。

 

 一度習慣化したことをなかなか変えられないというのは、を持った人間に限ったことではないのかもしれないけど。

 

 

「……? なにがです?」


「ああ、いや、なんでもない。フェレライさんってすごい人なんだな、って改めて思っただけだよ」


「……まあ、そうですね。昔から捉えどころのない人ではありましたが、人脈と騎士としての実力は本物です。実の娘が云うのもなんですが」


「いいことじゃない、家族のことを褒められるのは。じゃあ、『大公』をお待たせしちゃうのもだし、先を急ごうか」


「ええ」


 

 そして、僕たちは歩行を再開した。


 その先に待ち受ける者がいることに、この時はまだ気付いていない。

 

 


▲▲~了~▲▲

 

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