第19話 時3

 もちろん、2、3分の近況報告で話されたのは8年前までである。ずっと母親の介護をしていた。財産を残してくれていたので、とりあえず生活には困らなかったという程度の簡単な話だった。


 その後の細かい話は、少しずつ小林の重い口から聞き出したものである。なぜ小林は、異様に若いのか?なんとか解明したかった。


 中学を卒業すると同時に東京の家を売払い、母親の実家に戻ったそうだ。体は病でほとんど動かせないが、意識はしっかりしている母親の希望であったという。


 僅かに10世帯程度が暮らす険しい山間の小さな集落の、更に奥まった深い山の中に母親の実家はあった。


 小林が見せてくれた写真には、深い森に囲まれた古い大きな屋敷が映されていた。築150年以上の木造平屋建ての母親の実家は、ただ静寂のみが棲む古く広い屋敷であった。


 母親自らが引越しの手筈を決めて、祖父母の代から実家を護る留守居役の老夫婦に電話連絡を入れた。


 連絡を入れた4日後には、母親と自分の身の回りの荷物のみをまとめて、迎えの黒塗りの乗用車に乗り込んだ。


 母親からは故郷や実家の話をよく聞いて履いたが不安だった。病院や娯楽施設、コンビニさえもない山奥の集落に、寝たきりの母親と移り住むのだ。まだ中学を出たばかりの少年にとっては当然のことである。


 深い森に囲まれた山の一部を整地した広い敷地内には、巨大な屋敷の他、留守居役の老夫婦が暮らす立派な家さえも併設されていた。


 「お嬢様、お帰りなさいませ」


 黒塗りの乗用車を降りたとき、玄関前でお辞儀をして待つ老夫婦の姿が印象的であり、まるで古い昔の時代に迷い込んだような錯覚におちいってしまった。


 屋敷内は広い玄関、太い柱や梁、高い天井、大広間、敷き詰められた畳さえ、まだ青いいぐさの香りが漂うような永い時の淀みが感じられる。


 こんな大きな家に住んでいたんだ。都心ではつましい生活をしていた。贅沢などはしたことがなかったのに。


 老夫婦から聞いた話では、この屋敷を中心に、見える範囲の山々全て先祖代々の土地であり、かつてはこの地域に住む人々を統べる豪族のような存在だったという。


 食料は毎週1回大きな冷凍車で近くの町から運ばれ、同じく週1回、大学病院の医師が看護師を3名引き連れて母親の往診に来る。緊急時はヘリでの往診も行えるとのことであった。


 広い屋敷の中をひと通り見て回った。母親の寝室には、古い大きな時計がゆっくりと時を刻んでいる。


 母親の部屋の隣の20畳ほどの部屋が自室であり、ふすま一枚で区切られている。香のかおりが漂う誰もいない広い部屋には時計さえもない。


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