第2話

 つぎの日。私は一時間目から倉庫へ足を運んだ。


 もちろん、一時間目が体育だからだ。それでまた、なにをするでもなくソファーでくつろいでいると、


「ねえ」


 いつもみたいにピアノを弾きながら、東雲が訊いてきた。



「一時間目から来るなら、HRに出る必要もないんじゃないの? 直接来ればいいのに」


「そしたら遅刻ってことになっちゃうじゃん。体育以外はサボらないのが私のポリシーなの」


「なのそれ。サボり魔の癖に、変なの」


「私は……」


 言おうとして、止めた。もう何度もした会話だし、いまさら繰り返す必要もないだろう。その代わりに、


「一昨日さ、ありがとうね。毛布」


「うぅん、べつに」


 なんでもないみたいに答えて、東雲は演奏を続ける。だから私も、これ以上は言わないことにした。



 それから、私たちはしばらく無言で過ごしていた。聞こえるのはピアノの音だけ。でも……


「ねえ」


「なに?」


 お互い積極的に話したりはしないけど、話しかければ答えてくれる。それが、なんていうか……私にはいい感じだ。



「昨日、起きたらいなかったけど、どこ行ったの?」


「校長室」


 今日はいい天気だね、みたいに言うので、私は一瞬意味が分からなかった。


「はっ? こ、校長室? なんで?」


「呼ばれたから」


 ……いや、それはそうだろうけど。



「なんで……あ、分かった。授業ずっとサボってるから、ついに怒られたんだ?」


「はずれ」


「じゃあ、なんで呼ばれたの? 私、体育サボりまくってるけど、校長室に呼び出されたことないのに」


「それは安芸が中途半端ないい子ちゃんだからでしょ」


「…………」


「べつに大した理由じゃない。ちょっと頼まれごとをしてて、その最終確認をしただけ」


「頼まれごとって?」


 すると、東雲は一瞬黙って、


「秘密」


 答えるつもりはないみたい。まあ、それならいっか。


 私は「あっそ」と答えて、スマホを置く。それからゆっくり目を閉じた。




 目を覚ますと、部屋のなかは静まり返ってた。


 最初は、また東雲がいないのかと思ったけど、彼女はちゃんといた。鍵盤を閉めて、その上に顔を伏せている。



「東雲……?」


 試しに声をかけてみても、なにも返答はなかった。


 寝てるのかな? 珍しい……ていうか、初めてだ。


 時間を確認すると、そろそろ授業が終わる。もう行かなきゃ。



 部屋を出て行こうとして、ふと足を止める。きょろきょろと周りを見ると、隅に置かれた椅子の上に、畳まれた毛布を見つけた。


 私はそれを取って、東雲の肩からそっとかける。



「ん……っ」


 すると、短くてちいさい声が漏れてきて、彼女はのそのそと身を起こした。


「安芸? なに?」


「あ、ごめん。起こすつもりなかったんだけど……」


 一瞬怪訝な表情をむけてきたけど、自分の肩にかけられた毛布に気づくと、彼女はズレた毛布を直しながら、


「ありがと」


「べつに。お互い様でしょ」


 深い意味なんてないし、私としてはこの話はおしまい。それは東雲もおなじらしく、


「戻るの?」


「ん。そろそろチャイム鳴るし」


 まるで見計らったように、授業終了のチャイムが鳴った。それが鳴りやんでから、


「じゃあ、授業がんばって」


 他人事みたいに言ってきた。やっぱり、授業に出るつもりはないらしい。



 私が梯子を下り始めると、ピアノの音が聞こえてきた。


 いつもとおなじ、きれいで、やさしい音。


 それを背に、私は校舎に戻り始めた。



 明日は体育あったっけ……なんて、そんなことを考えながら。

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