火煙


「扉が開かれつつあった折、私は厭な予感がした。”有用な人間たち”の一人といえど私はまだ中学生で、遠野は私の事を女として見てはいなかった。それでも私は遠野の思想に同情しているし、だからこそ今まで遠野に協力してきた。自然、千折も遠野に同情の念を寄せている、そうおもっていた……」

「陽乃? 早く入りな」

 と千折は言いました。


「裏切り者」

 陽乃のふるえる声は背骨から発せられた。

 ウェルギリウス邸の応接間、ティーカップに満ちたコーヒーの上に涙がぽたりと落ちた。



 火煙が応接間の窓から立ちのぼるのを目撃したペダウとまりとは現場に駆けつけました。

 まりはドアの把手に手をかけ、ペダウの方に振り返りました。

「あけるよ」

 ペダウは返事ができません。

 ドアをひらくと、応接間に立ち尽くす千折と首がねじ切れて死亡している陽乃とが、目に映りました。

 ペダウは父の焼死体を見ませんでした。

「ごめんね……」

 千折はふたりに対しぽつりと言いました。

 そして異常なまでに熱気を孕んだ右の手を頭部にあてがおうとしました。

 ペダウには殺人鬼のように、まりにはこのように見えました。すなわち、見るに耐えぬ悪夢から醒めようとする人間のように……。



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