後篇

アクイラ


 詩的の存しない、殺風景な空間でした。

 ふれ合おうとする指先をちぎり捨てそうな無常が、直接に白壁から感じられます。外の空間を、切り放したような概があります。

 それならこのふたりの少女は、檻のなかの「獣物」とでも申せましょうか……。

「開始して下さい」

 心臓をもたない声が死角からひびきました。

 アクイラは黒い左腕をパキリと外しました。白刃の下をくぐったような動きで――それはアクイラのささやかな遊び心です――片腕は外す振るの動作で槌とも化して、アクイラはほとんど殺気なく構えました。鋭すぎる眼の光のさきに立つ女の子はただしずかに泣いています。


  光学的な光と命とに満ちた空間。生き物たちはそれぞれの声を発し、木々の葉は風にゆれている。アクイラはテーブルの上に腰をかけ、白衣の男は横顔を向けたアク

イラを前に腰をおろしている。



アクイラ そろそろ話してもいいんじゃない。

白衣の男 何を。

アクイラ どうしてあたしたちに殺し合いをさせたか、とか。

白衣の男 そんなことか。気にしてないだろ。大方、生存した姉妹にすがりつかれた 

 な。

アクイラ 教える気がないならその気になるようにしてあげようか。

白衣の男 (しばらく間をおいて)この風景はね、死んだ同僚がこそこそ創作していた画本の風景を再現したものでね。燃やしてやろうと手に取ったけど、できなかった。この世界じゃ生をあきらめる敷居も低い。あっさり生きることを捨てた奴がのこしたものを、ぼくは捨てられないでいる……。腹が立つよ。

アクイラ 何を言うかと思えば……。

白衣の男 きみは自分の力をどう捉えてる。

アクイラ (男の方に眼球だけやや動かす)

白衣の男 自分のもっている力をどの程度のものだと思う。人間の一人や二人なら簡単に殺せるくらいにしか思ってないだろう。

アクイラ それ以上必要ない。

白衣の男 きみの鉄槌はきみの一部だ。この世界のあらゆる武器よりもその霊的振動を込めることができる。

アクイラ ふう~ん。

白衣の男 内部に存在するありったけの力を鉄槌に込めて振ってみろ。きみの眼に映る範囲の生物は、為す術もなく死に絶える。

アクイラ はあ? なにそれ。

白衣の男 きみにそれほどの力が宿っていると知ったとき、ぼくは喜んだ。そしてその夜ぼくは夢を見た。

アクイラ ……どんな。

白衣の男 ぼくらは教会に飼養されていた。ぼくの夢は必ずとは言えないまでも未来を予知する。ぼくは人間全般の実存が、人の手によって飼われるという可能性を視た。人々は教会に飼われたがってさえいたよ。「飼われたい」などというのは一体化欲求の中でもいちばん下等なものでしかない。

アクイラ あんたが予知夢なんて信じるほどの詩人だったとはね。

白衣の男 きみを「スカウト」した教会の奴らがどういう目できみを見たか覚えてるか。きみに内在する凄まじいまでの霊的振動の一部を感取したその連中は笑いを押し

 殺すことに苦労しただろうな。「スカウト」とやらの実情を多少知ってはいる。……とはいえぼくにはどうすることもできないが。

アクイラ (わずかに身をよじらせて)で?

白衣の男 きみたち姉妹は肉体的老化の完全な阻止にほぼ成功している。常識的な人体からすれば不老不死に近い。けれどもそれは人間にとって恐ろしいものを含んでいる。感受性や精神はより次第に退行していく。人間が本当にのがれなければならない

 老化は肉体にはない。時に対しては人の肉体はあまりに脆い。それが同時に魂にとって救いでもある。真の老化とは道の上を歩くこと自体に違和感を募らせる以外にない。

アクイラ へー。それでさ、一体なんで……。

白衣の男 この星の皆で仲良く遊ぶためさ。

アクイラ (抑え気味に笑いを含んだ声で)――さすがインテリは言うことがいちい

 ちデカいね。もういい。(立ち去ろうとするが呼び止められ、ふりかえる)

白衣の男 (アクイラをみつめて)きみだけだ。目の前の姉妹をその手にかけなか

 ったのは。


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