雪夜の月



 月から目を離した千折は、搬入口のところにうずくまっているはずの陽乃が、どこかに行ってしまったのに気がつきました。呼ぶと、陽乃は千折に不可解な歌とともに防護柵の上をあるく姿を、搬入口の角からみせました。

 陽乃を飲料自動販売機の前に立たせ「何にする」と千折はいいました。

「早く決めな」

「ないじゃん、陽乃の大好きなチオリ液」

「本ッ気でキモい」

 陽乃はクスクス笑いつつ取口に手を入れ、礼をいってから缶を開けました。

 千折も缶を引き開けると、そのつまみに雪がふわりと落ちた。高校の制服を身につけたあのころ、千折にとってなんでもないケースワーカーだった遠野に学校まで送られ、最低な気分のまま駐車場でドアをあけると、車のルーフに雪玉を投げつけられた。見ると校舎をつなぐ渡りろうかに楽しげな笑い声といま隠れた人影がちらりと目に映った。部活動の先輩でした。……なにかのシャレか冷やかしのつもりででもあったのでしょうか。その雪の降る日、千折は思いました。「ああ、他のひとたちの住む世界とあたしの世界とは既に理解し合えないほど遠く隔たれてしまった」

「お友だち? 元気だね」と遠野はいった。

「陽乃も、あのころのあたしと同じように世界の暗がりで、ただひたすら死なないことに必死で、いろんなものから自分を守ることに精一ぱいなのかもしれない……」

 その陽乃は、

「わたしたちって雪の降る夜の月みたい」

 と、雪をてのひらに受けるように身体の前にさし出していいました。

「……え?」

 千折は口をうける以前に陽乃を見ました。

「みんな雪の方ばっかり見てんの。雪は、好きになられたり、嫌われたり、いろんな風に利用されたり、雪は雪で、ときどきは人を傷つけたり、殺してしまったりしてて。でもわたしたちの本体は月の方で、ちゃんとここにいるのに、だれも見てくんなくて――、」

「あんた思念体だけでロマンティック街道でもあるいてんの……」

「は~あ……遠野さん今何してっかなあ」

「……陽乃ちゃんそれ本気で言ってる?」

「だって遠野さんは身も心も顔もイケメンだよ? そのへんのなんかカンチガイしてるイケメンのニセモノとは格がちがう、格が」

「やめたほうがいいと思うけどね……てか遠野に何かヘンなこと言われてないよね?」

「え~? ナニ? ヘンなコトって」

「……いや、なんでもない。それよりさ、陽乃ちゃんに紹介したいひとがいてね。善いひとだから陽乃ちゃんも仲良くなれると思うんだけど、どう? 一回会ってみない?」

「うーん、何してる人」

「小説家のひとだよ。詩も書いてる」

「ショーセツカ? ふうん」

 陽乃は、死ぬほど興がなさそうでした。

「いや待てよ、その人イケメン?」

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