第8話/どげんかせんといかん



 それに気づいたのは、午前の授業の合間であった。

 休憩時間には、スマホの通知チェックが欠かせないのが善人の習慣。

 常に暇なルゥが雑談しようと、何度もメッセージを送ってくるのが常であったが。


『この変態』『ヘンタイヘンタイヘンタイ』

『私に隠れて裏で進めてたんでしょ』

『酷いです』『私にも心の準備とか』

『そもそもですね、イエスする筈がないでしょうがっ!!』

『善人なんて知りませーーん』『口も聞いてあげないんだから』

『つーん』『つーん』『つーんだっ!』


(――どゆこと??)


 まったく意味が分からない、いったい何を言っているのだろうか。

 変態と言われる理由なんて、心当たりしかない。

 そのどれか分からないが、とにかく謝るしかなくて。


(『ごめん、君に気づかれないようにちょっとエッチな写真を撮ってた事だよね』……多分この事だと思うんだけどなぁ)


『は??』『なんですとおおおおおおおおおっ!?』『初耳なんですけど!?』『消せっ』『ケセケセケセケセ』『今すぐ消すんだよ馬鹿野郎!!』


(うーん?『じゃあ消す前に僕の傑作を見てほしい、安心して二つしかないよ』っと、送信!)


『二つも!?』『本当にそれだけでしょうね……??』

『嘘だったらぶちのめしますよ』『はよ遅れ』『えっち度合いによって殴る回数が変わるからな』


 善人は楽しさと若干の怯えが混ざった顔で、パスワードがかけられたフォルダの中身をアップロード。


(これを消すのは惜しいなぁ……)


 写真の内、一つは床で寝ている姿。

 ――グラビアで寝っ転がったポーズを思わせる物、足は枠の中に収まってないがTシャツがめくれて下乳が見えている。


 二つ目は、寝起きと思われる姿。

 ――ベッドの上で雌豹のポーズを後ろから撮影したもので、臀部を強調するような画角で。


『え、私こんな寝相悪いんですか??』『知らない知らない』『え??』

『うっわエッロ』『流石私、超絶美少女は寝姿もアデージョ……』

『はい有罪』『恋人だし善人だから許しますけど』『有罪ですよ有罪』

『これで変態と呼ぶ理由がもう一つ増えましたーー!』


 彼女のメッセージに、善人はあれっと首を傾げて。

 発言を見返してみると、初耳だと彼女は言っている。

 という事はハズレであり、仮に次も違うなら他の心当たりもハズレの可能性がある。


(『ところで、寝言で僕のことを好き好き言ってるボイスもいる?』……これが違うなら、僕が直接の原因じゃないかもしれないな)


『寝言!?』『そんなの言うですか私!?』『はよ』『はよはよ送れ』『早く送るんだァアアアアア、恥ずかしすぎて私の心臓が持たなくなっても知らんぞおおおお!!』


(ルゥの反応を生で見れないのは残念だなぁ『はい、ぽちっとな』)


 善人は音声データを送る、その中身はふにゃふにゃとした声で彼女が「よしと……ちゅき、いっぱいちゅき、あいしてぅ……」というモノである。

 その時のルゥはへにゃっと笑った寝顔で、善人は胸が幸せで満たされるのを感じたのを覚えている。

 これが消されてしまうのはとても惜しいが、彼女の機嫌には変えられない。


『うう』『忘れろっ!!』『これも消せェ!!』『そしえ記憶も失えビーーーーーーム!!』『はい忘れた!』『善人は忘れた!!』

『でもまだ余罪が発覚しただけだからね』

『善人が帰ってきても喋ってあげないし、部屋から絶対に出ないもん』


(やっぱり……これ僕が原因じゃないね? とすると誰だ? いったいルゥに何が起きてるんだ??)


 奈緒が知っているかもしれないと考え、昼休みに接触するも彼女は何も知らず。

 右兵衛にも尋ねてみたが、当然の様に知らず。

 善人はモヤモヤを抱えたまま帰宅し、そのままルゥの部屋へ行こうとして。


「…………あれ? 窓が閉じられて……、張り紙? ええっと『貴様はもう入ってこれまいガハハ』」


 こうやって彼女が窓の直通ルートを封鎖するのは今回が初めてではない、長い付き合い故に今までに何度かあって。

 この封鎖が意味する所は、ルゥは今ものスゴく怒っているという事で。

 この分だと正規ルートである羽寺家二階の、彼女の部屋の扉も施錠されているに違いない。


「おーいルゥ、入れてくれよー、なんか誤解してるって、話し合おうよーーっ」


 その時、善人のスマホがピロンと鳴って。

 きっとルゥは、そう確信して画面を見ると。


『ヘンタイは出禁』


「なるほど、じゃあ遂に君が何年か前に何故か忘れていったパンツを頭に被る時が来たみたいだね。……ところで何で忘れていったの?? まぁ大事に取っておいた僕が言えることじゃないかもだけど」


『その手には乗りませんよーだっ』


「チッ、直接顔を合わせない分いつもより冷静に対処されてるッ!!」


 窓やドアを蹴破るのは最後の手段だ、こちらから入れないのならばルゥに出てこさせるしかない。

 ならばどうすると、善人はむむむと唸り思案した。

 考えろ、付け入る隙を見いだせ、思い出すのだ引き篭もり(ガチモード)の彼女の弱点は。


(トイレに行く隙を狙って……いやダメだ、ブチキレ中のルゥはその手の恥じらいを捨てて漏らす可能性が高い)


 風呂は当然ダメである、彼女は何日も入らなくても平気。

 流石に下着は変えたいだろうが、生憎と自室なのだ当然、中には変えがあり部屋から出る理由にはならない。

 ならば食事はどうだろうか、それも下着と同じように菓子類のストックが常備されている。


(何か……何かないか? 生理現象や三大欲求で攻めるのは妙案だと思ったんだけどなぁ)


 物で釣るのはどうだ、手痛い出費だがゲームを何本か奢るといえば。

 これしかないと財布を確認したその時、善人は気づいた。

 彼女の食料は今、スナック菓子だけではないか、そして最初にメッセージが送られた時間と彼女が起きた時間を考えれば。


(――――ルゥは朝ご飯を食べてない、朝はおばさんがご飯を持ってくるから……)


 そこで何かがあった筈だ、ならば彼女の両親が何かを知っているかもしれない。


(…………おばさんに確認した方が早いと思うけど)


 ルゥの口から聞いてからでも遅くはない、優先すべきは彼女だ。

 この判断が本当に正しいか善人には分からなかったが、やるだけやってみようと頷いて。

 ならば必要なのは、料理道具と食材と食器、そして携帯用コンロ二つ。


「ねぇルゥ、君が部屋に入れてくれるまで僕もここで待つよ。ところでカルボナーラ作ろうと思うけど、出来たら君も食べる?」


『!?』『よしとのカルボ!?』『な、なんて卑劣な……!?』『くぅ~~、朝からポテチしか食べてないお腹が……っ!!』


「なるへそ? まぁゆっくり待っててよ」


 善人が準備に動く姿を、月海はカーテンの隙間から覗き見していて。

 カルボナーラの事を思うと、空腹でぐぎゅるるとはしたない音が出てしまう。

 スパゲッティ好きである彼の父の影響で、善人はスパゲッティだけは上手に作れるのだ。


「うああああ……ホントに作り始めてますよコイツぅ」


 これは罠だ、カルボナーラは月海の好物で。

 それも、善人が作るカルボナーラこそが世界で一番美味しいと信じている。

 作る姿から目が離せない、永遠に見ていられる、気づけば集中して見ていて、卵と粉チーズが混ざるベーコンが炒められ同時に麺も茹でられていて。


(はわわわわわっ、美味しそーーーーっ!! ああっ、お洒落にお皿にくるくるってぇっ、うううう、冷めちゃうっ、きっと今が一番美味しい時っ、た、食べないとォッ、で、でも……私はどうすれば――)


 手の甲に冷たさを感じた、原因など分かり切っている視線はカルボナーラに釘付けであるが故に。

 それはまさしく涎、空腹すぎるのが悪い。

 冷める前に食べなければ、しかし部屋から出るのは敗北と同義語。


(わ、私は――ッ)


(ルゥが食べないんだったら僕が二人分食べるか、今日の出来は中々だね、チーズをお高いやつに変えたのがよかったのかも)


(ぁ、っ、まさか……二人分食べちゃうのぉ!?)


(冷めるまで待つっていう選択しは……いや冷めたら美味しくないしね、食べちゃおうか)


 善人がフォークを手に持った瞬間であった、窓がガラっと開いて血走った青い瞳のルゥが身を乗り出して。


「わ、私にもください!!」


「そう言うと思ったよ、食べていいけど理由を説明して欲しいな」


「は? かってに同棲決めて部屋も決めて私を実家から出して二人っきりでスィ~~トな新生活を始めようとしてる善人に説明するコトなんてありませんよーっだっ! じゃあ食べますね、いただきまーっす!!」


 うわウマこれっどやって作ったの? と言いながら嬉しそうに食べるルゥとは反対に。

 善人は一口も食べずに、思考停止状態。

 今彼女はいったい何と言ったのだ、とても妙なことを聞いた気がする。


(誰と、誰が? 同棲? 部屋? え? えっと…………)


 分からない、いったい何が起こっているのか。

 ただ一つ、今の善人に理解できるのは。


「…………冷めないうちに僕も食べるか」


「美味しい~~っ、善人はスパゲッティだけはプロ級の腕前よなぁ……、毎日でも食べたいぐらいじゃよぉ」


 彼はルゥを見習って、カルボナーラを食べ始めたのであった。


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