第9話/君と一緒に?



 カルボナーラ完食後から一時間、善人はルゥの部屋の床で頭を抱えていた。

 彼女はゲームをしていたが、時折チラっと彼を見ては頬を赤く染めて挙動不審。

 然もあらん、なにせ突然の同棲話であり。


(ウチの親も絡んでるとか聞いてないよ!? しかも明後日にも引っ越しできるとかさぁ!!)


 彼女の母に話を聞けば、前々から二人の交際は両家の間で望まれており。

 鬼ごっこでの露見と、座古の親族がアパートの借り主を探しているという話が奇しくも合わさった結果。

 籍を入れる前の予行練習的に同棲させては、と大いに盛り上がって今に至る。


(いや、話自体はいいんだよ? そりゃあ僕だってそーゆーの憧れてたしさぁ、家具付きだし、学校とこの家の中間ぐらいの距離にあるし、近くにスーパーとかあるし、家賃と食費は大学生になるまで補助してくれるって言ってるし)


 問題は突然すぎる事と、何より。


(――――我慢、できるのかなぁ??)


 同棲という事は二人っきりという事で、両家の親は今とそんなに変わらないとぬかしていたが。

 違う、大いに違うのだ。

 毎日一緒に過ごしていても、着替えや寝るときはそれぞれの部屋であるし、何より親がいるというブレーキ感が違う。


(僕は…………これ以上、ルゥを甘やかさずにいられるのかッ!!)


 正直な話、座古善人は恋人に甘やかすタイプだと自認している。

 尽くす、尊重する、そう言い換えれば言葉面だけはよくなるが。

 座右の銘は、推せるときに推せ、である。


(栄養を考えずに毎日ルゥの好きな献立ッ、食費だって考えなきゃいけないのにッ、ポテチだってお徳用を常時十袋はストックしてしまいそうだよ!!)


 甘やかしすぎるだけなら同棲に躊躇はしない、同じくらい大きな問題は。


(――僕は性欲も大事にするタイプだからね!! 今まではおばさんの目とか気にしてたけど……)


 服を、特に下着を、それもスケベなのを沢山貢いでしまいたくなる。

 それだけで済むなら御の字だ、どう考えても体を求めてしまう。

 衝動のままに傷つけてしまうのが、一番避けたいことで。


(でも……嫌だって言ったら)


 同棲とは恋人として次の段階であると、善人は思っている。

 それを拒絶していると、彼女は受け取らないだろうか。

 根は真面目で、考えすぎてしまう癖がある彼女が気にしない筈がない。

 ――そんな善人の葛藤を、月海は敏感に察知しており。


(やっぱり……躊躇いますよね善人は、善人だから躊躇ってくれているんですよね)


 手に持っている携帯ゲーム機の画面は暗いまま、だってそうだ幾ら己がゲーム好きだとしても。

 この状況下で楽しめるはずがない、だって。


(好きだから、好きですもん、同棲なんてしちゃったら……私は)


 甘えてしまう、際限なく好意に付け入ってしまう。

 今まで以上に世界が部屋の中で完結してしまいそうな気がして、少し怖い。

 そう、少しだけ怖いのだ。


(きっと……いい切欠になるって思うんです、だって私は勇気が足りないから、全てをさらけ出す勇気が少しだけ足りないから)


 だから、同棲しようって言ってくれるのをルゥは待つ。

 善人が帰ってきたら、暖かい夕食と共におかえりと出迎えるのだ。

 彼が脱いだ制服をハンガーに吊したり、寝顔をこっそり眺めて眠りについたり。


(できるといいな、善人も同じ気持ちだって信じてます……だから早く……早く?)


 ふと彼女は気づいた、どうして自分は彼の言葉を待っているのだろうと。

 それは恋人になっても幼馴染みの関係のままだった時の、先日ベッドの上で待ちかまえる前と同じだ。

 行動しないと何も変わらない、今回の同棲だって。


(私が行動したから、繋がったんですよね。ログインボーナスがあったから【キス一回券】があったから……)


 恋人で、同棲で、善人の意志だけじゃない、ルゥ自身の意志だって大事なのだ。

 彼が己を思って躊躇してくれているように、伝えないといけない。

 すぅ、はぁ、と彼に気づかれないように深呼吸を一つ。


「ねぇ善人、私は……同棲、してもいいって思ってますよ? いつかちゃんとした善人のお嫁さんになる為に、善人ともっと一緒に居たいから……同棲したいって、思ってます、よ?」


「――――ルゥ」


 その言葉にはっと顔をあげると、彼女は白肌を真っ赤にしながら瞳を潤ませて真っ直ぐにこちらを見ていた。

 キスすら恥ずかしがる彼女が、勇気を振り絞って。

 言ってもいいのだろうか、己の内側にある好きに隠れた醜い欲望を。


「……言ってください、善人が何を思ってるか、どうしたいか」


「それ、は……」


「わ、私はっ、もうただの幼馴染みじゃなくて善人の恋人なんですっ、だから……聞かせて、欲しいなーって、えへへっ、だめ……ですか?」


 ぐらりと善人の心は揺れた、時代錯誤と言われようとも恋人の前では弱音は吐きたくないし、格好いい所だけを見せていたい。

 勿論、己がそれが出来ていない事も分かっている。

 でも、でも、でも。


「言って……いいのかい?」


「勿論っ、だって恋人ですもん公平に行きたいですよね」


「…………後悔しないかい? 嫌わないでくれるかい?」


「善人と一緒に居て後悔した事なんてありませんよ、嫌いだなんてあり得ません。それに――ずっと一緒にいるんです、お互いの良いところもダメな所も今更じゃないですか」


 母性すら感じる微笑みに、善人は己のくだらないプライドが溶けて消えていくのを感じた。

 カチリと、普段はしまっていた思いが喉までこみ上げる。

 彼はこれまでになく真面目な顔で、彼女の青い瞳を見据えて。


「――その胸に顔を埋めてよしよしってして欲しいんだよ僕は!!」


「………………は??」


「分からないのか? ――その丸出しの太股を枕に下乳を眺めながら昼寝とかしたいんだ!!」


「~~~~っ、ちょ、ちょっとモロ出ししすぎですって善人!?」


「は? 君が言ったんだぞ?? これでも押さえてるんだぞ?? これ以上に卑猥な欲求を聞きたいかい? 実行するぞ? ――――同棲するなら僕は断固として僕の願いを叶えるぞ?? ルゥが考えてる以上にエロエロなコトするからね!!」


 言った、言ってしまった、好きという綺麗な言葉だけじゃ収まらない欲望を。

 決して譲らないと、言ってしまった。

 恋慕と性欲が切り離せる訳があるものかと、彼は悔しそうにルゥを睨んで。


(頼む、頼むから……)


 頼むから何だろうか、その先は言葉にしたくない。

 そんな必死な視線を受けて、ルゥは口をパクパクさせながらもっと真っ赤に。

 けれども視線は彼に向けられたまま、決して反らさず。

 ――永遠とも思える一瞬の後。


「~~~~~~わ!! わかりましたよぉっ!! こっちだって望むところですこの野郎っ! 」


「ッ!? ま、マジか!?」


「女の子だって、せ、性欲はあるしっ、もっとイチャイチャしたいんですからねっ!! で、でも――私に合わせて段階は踏んでもらいますっ! でもでもっ、時には強引にしてくださいねっ!!」


「…………っ、ぁ、こっ、ここここっ、後悔しないでよ僕は後悔しないからな!」


「ええっ、同棲しますよしてやりますよ!」


 二人は真っ赤になって睨みあって、やがてふっと肩の力を抜いて笑いあう。

 そして善人が正座をすると、ルゥも意図を読みとって正座。

 二人で選んだのだ、同意したのだから。


「僕と同棲して欲しい」


「ふつつかものですが、よろしくお願い致しますっ!!」


 こうして、二人は同棲する事になった。

 ならば、解決すべき事は後ひとつ。


「ところでルゥ、同棲したら一緒に学校行く?」


「そ、それはですねぇ……えへっ?」


「話は変わるけど、僕が同棲を隠れて準備してたという疑いの果てに余罪がバレて、写真はまだしも激エモ寝言ボイスを消すことになった件について」


「ほわっ!? えっと、そーれーはー……、ログボのキス券を毎日二枚で手を打ちませんか?」


「君の気分次第で拒否られるのに?」


「うぐっ!? そ、それを言われると痛いッ!? ふえーーんっ、反論できないーーっ!」


 補填を望む善人に、恋人といえど勝手に撮影したのだからとルゥは言えずに。

 そもそも、オアズケにしているのは自分である。

 しかし、このまま彼に補填の主導権を与えるのは悪手なので。


「………………しかたないっ、後で媚び媚びボイスを送ってあげるから我慢しなさいっ!! 大盤振る舞いなんですからねっ、絶対に私の前で聞かないでくださいね!!」


「うおおおおおおっ!! やった!! ――はっ、なら高いマイクを買って……」


「せんでよろしっ! これから同棲するんですから無駄な買い物はしないっ!」


「はーい、残念だなぁ。でも楽しみだ」


 新たな一歩を踏みだし、二人の心は晴れやか。

 善人は浮かれ気分のまま次の日の朝を迎え、ルゥからログボを受け取り登校。

 すると、学校に着くなり右兵衛に腕を捕まれ。


「待っていたぞヨシトォ!! 余が親友! どうか助けてたもれピンチなんだ!!」


 朝っぱらからエロゲ狂の親友は何をやらかしたのかと、彼はため息混じりに苦笑した。


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