第8話 ホーム

自暴自棄で乗り込んだ電車は行くとこまで行くと聞いたことのない駅にたどり着き終点を迎えた。そのままフラフラとした足取りでホームに降り立つ。辺りを見渡し人気の無さと街灯の少なさからここが田舎であるということを推測した。今日で死ぬんだ。という気持ちでここまで来たが長い事電車に揺られていたせいか最初の勢いは失われていた。それでもこれからどうしたいか、自分がなんなのかと何をしていてもこの堂々巡りが私を逃がさなかった。思考を辞めようとしても追ってくる。依然として脳内はパニックを起こし、暗闇の中をさまよい続けていた。降りたこの電車が最後だったようだ。先頭車両のほうからホームの中頃まで行くとベンチを見つけた。こんな廃れているのにもかかわらず一定数住民がいるせいで成り立たされているこの駅はまるで私を見ているのようであった。すぐに飛び降りたり、飛び込んだりで死ねなかったのはここまでに得た道徳心からだと思う。この後に及んで後退りしたのはきっと恐怖なのだろう。少しでも人間な部分があるところをみつけると安心する。

 ベンチに腰を掛けただ一点を見つめ堂々巡りくりかえしていた。すると誰もいないこの空間に足音が聞こえてきた。ギョッと身を一瞬固めた。まだ残っていた防衛反応が働いたのだが襲われようが攫われようがもうどうでもよかったのだったとすぐに思い直し緊張を解いた。足音が近づいてきたとき顔を音の方向へ向けた。そこにはどこにでもいる社会人なり立ての男性が疲れた顔をして突っ立っていた。今思い返してもこんな印象で捉えた私を罰したい。その時の自分を殺してやりたい。目があったがすぐに背けた。その男性もベンチに腰を深々と掛け座り込んだ。こんな場所でタクシーは拾えなかったのだろう。男性にの状況に少し思いを巡らせ、また私はうつむいて線路を眺めていた。数十分静寂が続いた。このまま男性は眠りに入るのだろうと思った矢先沈黙は破られた。

「お姉さんも疲れましたよね、人生なんでこんな疲れるんですかね、僕も最近疲れっちゃて疲れっちゃて、ははは」

まさか、初めて会った人に簡単に心を覗かれた。

「久しぶりにたくさん飲まされ、しんどい中起きたら見知らぬ駅で、どうみても田舎だしタクシーは探すことすら諦めましたよ。さっき数えたら、新牛、、いや最寄り駅と15駅も離れてました。」

「営業しているんですけど毎日状況が変わって大変で、決まった毎日を規則正しくすごしたいものです。」等々身の上話をしていた。

一言目は心を読まれているようでドキッとして耳を傾けていた。しかし段々仕事の愚痴や今の身の上を話しになっていた。どうせ酔っ払いの戯言だろうと思い無視しようとしたもののやけに耳障りのよい声質、テンポで話しをしていたので自然と聞き入ってしまった。最初こそ反応は示さなかったが次第に頷いたり、簡単な相槌をとるようになっていった。話の間が少し空くとすぐに私は残っている呪縛に心を奪われてしまう。だが聞き入っている間は不思議とそのことを忘れられた。こんなに心が、頭がクリアになることはこれまでになかった。恐る恐る私は初めてこちら側から言葉を発した。

「私は、自分が、、嫌いです。変わろうと努力したけど限界があったんです。私、人と変わっているみたいで、治らない、変わらない自分に嫌気が差してしまって、、普通な人間で生まれたかった。。普通であれば。。。どんなに。。。」と言葉は尻すぼみに小さくなった。全くの他人に自らのモヤッとしている部分を急に伝えたのかわからなかった。最後の遺書のような意味もあったであろう。とにかく他人に対し自分が感じていた違和感、抜け出せない負のループを伝えたのは初めてであった。

彼は ん~と深く唸った。

「深い事情は知りませんし、どんなことで行き詰っているかはわからないです。けど自分のことを好きな人はあまりいないと思います。僕は少なくとも僕自身あまり好きじゃないです。それに普通じゃなくてもいいじゃないですか。それもお姉さんの個性でありお姉さんの普通なんじゃないんですか?ごめんなさい浅い回答で。」言葉を選ぶよう、どこかこちらを励ましているかのよう、高圧でない柔らかな表現で話してくれた。

彼は私のことを知らないのに真剣に聞いてくれた。まずそこに驚いた。普通じゃないことに対して他人に肯定されたことがなかったので青天の霹靂であった。いきなり出口が目の前に出てきた。深く息を吸い込めるようになった。

何度も何度も何度も何度も。先ほどの彼の放った言葉を脳内で繰り返した。

私はこのままでいいんだ。よかったんだ。

ずっと何も感じない自分が変だと思い、実際に変だと言われ仮面をつけ無理して普通を演じ生きてきた。最近はそれも出来なくて、人生無価値に思えてここまできたのに。私自身を肯定して良かったのか。ここで初めて心が揺さぶられるというのはこういうことなのか?と思えた瞬間でもあった。

それからも彼はたくさん話してをしていた。ほとんどが他愛もない話だったが真剣に聞き入っていた。一言一句忘れないように。。

いとも容易く心を揺さぶられ、失われていたと思い込んでいた感情を引き出された。この人は特別なんだ。こんな私に希望をくれて、、偽りは感じられない。本心なのだ。体がゾクゾクし血が巡っているのがわかった。私自身気がついていなかったがここから彼を信者のように崇めだしたのだった。ずっとこの時間が続くと思っていたが始発の列車が来て彼は居なくなった。神様が降りてきて、前触れもなく消えていったのだと思った。出来事が衝撃的すぎてしばらくは動けなかった。また彼に会いたい。会って話したい。話しかけられ続けたい。もっと声を聞きたい。彼に救われた分彼を救いたい。どんなことで喜んでくれるかな。今はくっきりと彼の顔や声を覚えており思い出せる。深くインプットされているがいつか記憶が薄れてしまうだろうという恐怖も同時に覚えた。そんな気持ちがとめどなく溢れ出てきて心は揺れ動きっぱなしであった。待っててください。私の救世主様。すぐに会いに行きます。少しだけ、少しだけお時間をください。。。

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