第34話 7月19日(月)

「それでは、今回の責任は花宮さんにあるということで、かまいませんね」

 教頭の言葉が、屋上に響く。


「そんなっ」

 僕は首を横に振った。

「花宮さんにだけ責任を負わせるつもりですか?!」

 教頭先生は視線で肯定する。

「何も誤りではないでしょう。学びの場を乱し、あまつさえ学友である生徒を傷つけ排除しようと試みた。わが校の生徒にはまったくもってふさわしくない行動です」

「でも」

「さあ、あなたたちは教室に戻りなさい。今日は終業式です。出席していないことは、不問にしておきます」

 もう終わりだと言わんばかりに、教頭先生はこの場を指揮する。

 ここが裁判所であるならば、裁判官は教頭先生だった。


「待ってください」

 僕はそんなこと、許せなかった。

 桐乃を剥がし、教頭の前に躍り出る。

「今回の件、だいたい、あなた方が、学校側が、しっかりと調べていればこんなにも大事にはならなかったでしょう!」

 僕は言葉を選びつつも、はっきりと発音する。

「しかし、花宮さんが発端であることは確かです」

「証拠は!」

 なにを言って、と教頭は怪訝な顔をする。

 けれど僕は言葉を重ねた。

「我妻が出してきたものは、真実の証拠になんてなりませんよ。我妻も、僕も、ただの生徒です。あれが本物だとどうやって信じるんです?」

「現に君は狙われていたではありませんか」

「狙われた?誰に?どうやって?」

 教頭はいっそう眉間にしわを寄せた。その表情は、理解が及ばないと語る。

「階段から落とされたことですか?あれは事故です。花宮さんはあの日体調が悪かったんですから。誤ってぶつかったに過ぎない。

いじめの件ですか?いじめの主犯は花宮さんではありませんよ。

不良の件ですか?不良の狙いは乾です。僕らは巻き込まれただけです。

リコーダーの毒ですか?下剤なんてはなから塗られてないんですよ。塗られていたと、どう確認するんです。

デパートのことですか?完全に僕の不注意にすぎません。

ナイフを持ち出したことですか?そもそもそのナイフはどこにあるんです?」

「いやここに」

「小野くんが最初から持ってたものでないと、どう証明するんです?」

 僕はぴしゃりと言い放つ。

「花宮さんが事件を起こしたことも、僕が花宮さんに何かされたことも、んですよ。いいですか、我妻の言葉は全て憶測です。妄想と言ってもいい。全て証拠能力はない。それを、教頭先生、教師であるあなたが盲信し、一方的に一人の生徒を排除するんですか?」

 それこそいじめですよ。


 僕の言葉に、教頭先生は顔をしかめる。

「なぜあなたは、そこまでかばうのです」

「僕が花宮さんが好きだからです」

 僕はまっすぐに答えた。

「僕は花宮さんのためならなんだってします。死ねといわれれば死にます。消えろといわれれば消えます。いわれないことだって、花宮さんのためならなんだってします」

「そんな自己犠牲を」

 僕はちら、と花宮さんをみた。花宮さんは心底憎々し気に、嫌そうな視線を僕に送る。いい。それでいい。

「自己犠牲なんかじゃありません。なぜなら、僕が好きでやっているんです。僕の行動で、花宮さんが本当に幸福なのか、僕は問われるまで気づきませんでした。結局のところ、僕は利己主義にのっとった自己中心的な人間です」

 僕は大きく息を吸う。

「自分勝手を断じ、花宮さんを罰するのであれば。自分勝手に行動する、僕も罰せられるべきです」


 くだらない、と教頭先生はため息を吐いた。

「君は何もわかっていませんね。生徒を守るための行動。これが、普通というものです」

 僕は、悔しさに拳を握りしめた。

 再び沈黙が重苦しく場を支配する。

 聞き入れられない悔しさと、相手にされない惨めさに、僕は体の奥が熱くなった。目頭に熱がこもる。


 しかし、ふは、と笑い声が一蹴した。

「普通?普通?!普通!!!」

 我妻がベンチから立ち上がる。

「教師が語るかね?この世のどこにも存在しえないものを!」

「私は一般常識を語っているだけです」

「一般常識?!笑わせる。その常識に照らし合わせれば、いじめを黙認することも、加害を無視することも、全て当然のことだと?」

「それは」

「目撃者でありながら、なぜ花宮美由を罰しなかった?知っておきながら、なぜいじめを止めなかった?単純なことだ。お前たち教師は、我慢強い被害者に胡坐をかくことで問題を無視した。お前たちは、お前たちの怠惰を、常識という言葉でカモフラージュしたに過ぎない!」

 我妻は目を見開き責め立てる。

「お前たちは!自分こそがスタンダードだと思い込んだ異常者!そして異常こそが本質!この世のどこにも、絶対的な正しさなどないのだから!」

 ふぅ、と我妻は興奮した吐息を漏らす。

「だが、私はなにも、誰かを責めたり誰かを貶めたりすることが目的ではない。教師の怠惰や、学校の不正など興味もない」

 自身を落ち着かせるために、視線を一度床に落とす。

「私はただ、変態とは何かを、追求したいだけさ」

 ぐるり、と我妻の視線が一回転した。その間に、思考したのだろう。


「と、いうわけで。折衷案といこう」

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