第32話 7月19日(月)

「教頭先生?!」

 屋上に入ってきた教頭先生は、堂々とホームルームと授業をさぼっている生徒を一瞥した。

 そして特に怒ることもなく、ドアを閉める。

「やあ、教頭先生。そろそろ隠すのもやめた方がいい」

 我妻の言葉に、観念したようにため息を吐いた。

「なぜ、わが校の生徒たちはこんなにも奔放なのでしょうか」

「自主自立を地で行ってんのさ」

 教頭の小言を、我妻は受け流しす。


「さて、ここで一つ。君たちは我らが三浦高校の七不思議をご存知かな」

「そんなものあったか?」

「昔文芸部が作ったんだよ」

 創作かよ。僕はずっこける。

「作りものだがね、そのうちの一つに、興味深いものがある。それは、『七不思議:学校の怪人』」

 怪人、そういえば乾も事あるごとに使っている。悪人という意味での使用とおもっていたが。七不思議を真に受けての発言だったか。

「朝と夕方。誰もいないはずの校舎に現れる怪しい影。それこそが学校の怪人だ。というお話さ」

「でもそれが、どうかかわってくるのさ」

 まさか、『リコーダーペロペロ事件』の犯人が怪人とでもいうんじゃなかろうな。

「まあ焦るな焦るな。まず、この教頭こそが、怪人の正体ということなのさ」

「え?!」

「勘違いをされる言い方はやめなさい」

 教頭は毅然とした態度で、我妻を注意する。

「私は朝夕、誰よりも早く出勤し、誰よりも遅く退勤します。全てはこの三浦学園をよりよい学び舎として保つため。文芸部の生徒は、私の姿に着想を得たにすぎません」

 つまり、学校の怪人の元ネタは教頭。そういう意味での正体、ということだ。

「教頭は、毎朝早くに出勤し、掃除や見回りを行う。特に、早く登校しすぎた初等部と中等部の生徒を注意することも、教頭の役回りとなる」

 ここで、桐乃と教頭が目撃者となった理由が分かった。

「そうか、早く登校しすぎた桐乃と、教頭先生は一緒にいてくれたのか」

「イエス。当日7時前に登校した初等部、中等部生徒は各一名ずつ。一人は常習犯、乾こま子」

 名指しされた乾はばつが悪い顔だ。

「そして、準常習犯、中田桐乃」

 桐乃は例のごとく虫取りが大好きであり、朝早くに、学校敷地内で活動することも多い。

 あの日も、そうして早く登校し、教頭に注意されたのだろう。

「乾は常習犯だからほぼ放置されている。しかし桐乃ちゃんは、まだ1年生のため教頭も注意し職員室に連れていこうとした」

 そして、教頭と一緒に、僕が突き落とされる瞬間を目撃した。

 桐乃にとって、ひどく衝撃的だっただろう。

 なにより、加害者が野放しになっている状況に恐怖もあったに違いない。


 いや、しかし。


「でもさ、なんで花宮さんが僕を突き落とすのさ」

 僕の言葉に、桐乃は不安げな視線を向ける。

「あ、えっと、桐乃のことは信じているよ。嘘はついてないって。でも、ほら、間違ってぶつかったとか、故意じゃなかったとか、そんな可能性がさ」

 それにだって、動機がないじゃないか。

「いやはや。ここまで来ると、真正の変態だね」

 花宮さんをかばう僕を、くつくつと我妻は嗤う。愉しそうに、愉快そうに嗤う。

「動機ならあるだろう?中田くん、君は見たんだよ」

「見たって……」

「花宮美由が、自身のリコーダーを、自身の机上に置く姿を」

「え、だって、そんな」


「つまり、『リコーダーペロペロ事件』の真犯人は、花宮美由だ」

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