第31話 7月19日(月)

「どうやって花宮さんがいじめに利用したっていうんだ……?」

「ファンクラブだよ」

 我妻は僕の質問に答える。

「花宮美由はファンクラブの存在を知り、かつ利用していたのさ……いじめにもね」

 いじめという言葉に、小野は苦虫を嚙み潰したような顔になる。自分が原因で、と思うところがあるのだろう。

 そんなことは気にせず、僕は我妻に向き直る。

「でも、いじめられてる僕を、花宮さんは心配してくれて」

「フリだよ。学園のアイドルという人格を保つためのね。それに、直接お願いする必要はないさ。指示をする必要もね。疑わしいものは罰する。暴露犯特定ときのようにね」

 我妻はケラケラと嗤った。

 ファンクラブは、言ってしまえば熱狂的な信者だ。信仰対象、花宮さんのためならば頼まれなくてもやるだろう。

 ただし、直接的な行動ができるほど度胸がないため、いじめという形で現れた。

 『リコーダーペロペロ事件』の犯人を罰するという名目で。


「待って」

 ここで僕は待ったをかける。

「確かに僕はいじめられていたし、その後も危険な目に合ってきた。デパートの階段からも落ちた」

 足のギプスを撫でる。

「でも、階段から突き落とされた記憶はないんだけど」

「だろうね」

 我妻は、なにも不思議なものはないと笑む。

「君は階段から突き落とされた衝撃で、その前後の記憶を失くしているからね」

「そんな、記憶喪失だなんて……」

 ありえないと否定したいところだ。しかし、僕は故意の記憶喪失を体験しているではないか。

「そう、『ケツリコーダー事故』で、小野から話を聞く際に、中田くん、君は自らを乾に殴らせ昏倒させることで前後の記憶を消し去った」

 僕は、どんな記憶を、どのように消したのかは定かではないが、あのとき記憶を消した事だけははっきりと理解している。

「それと同じことが、7月5日、『リコーダーペロペロ事件』当日に起こったのさ」


「いやでも」

 僕は首を横に振る。

「そもそも、被害者が記憶していないことを、どうやって起こったかわかるんだ?」

 だって僕は、あの日大きなけがをしたとか、そんな覚えはない。

 デパートの階段から落ちただけでも足の骨を折ったのに。

「目撃者さ」

 我妻は目を見開いて嗤う。

「あのとき、二名の目撃者がいたのさ」

 花宮さんは、まさか、と口を覆った。

「一人は、その子」

 我妻は僕の方向を指す。

「桐乃ちゃん」

 桐乃はちらりとよそをみて、すぐに元の姿勢に戻る。

「そしてもう一人は」

 屋上への扉が開いた。

 そこにいたのは。

「教頭先生、だ」

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