第23話 7月17日(土)


 花宮さんにせかされるまま、僕はチョコを口にする。

 じんわりと口に広がるチョコの味に、僕は体が溶けそうだった。

「おいしぃ……」

「あはは、ただのチョコだよ。おおげさ~」

「そんなことないよ。花宮さんからもらったんだもん。おいしくて、うれしいよ」

 今死んでもいいな。と思う僕に、花宮さんは肩を震わせた。

「そんなに言ってくれるなら、はい、これ桐乃ちゃんにも」

「え?ありがとうっ!桐乃も喜ぶだろうなぁ」

 さっそく渡さなければ。僕は本屋においていってしまった桐乃の元へ足早に向かう。

 階段を登ったとき。


 ピリリリリ!


「わっ」

 着信音に慌ててスマホを取り出す。

「あ、我妻?!」

『やあ、結果はどうだったかな?』

 そうだった。我妻に助力を頼んだのだから、報告するのが筋だろう。

「ごめん。ありがとう。ばっちりだったよ」

『当たり前だ。どれだけ私が変態共を観察してきたと思っている』

 どれだけなのかは知らないが。まあ、相当なんだろう。

『毎週土曜はママの家で精神検査だ。暇なところにいい遊びができたよ』

「もしかして、小野と加納さんの関係、知ってた?」

『当然。ほら、小野の頭は形がいいだろ?だから加納江美にとってストライクゾーンなんだよ』

 なんだ、結局人は見た目か。いや、いろいろあっての現在の関係だろうが。

 しかし頭蓋骨の形がシンメトリーだからストライクゾーンとは。いや、加納さんの性格を考えれば、らしい、と思うが。

『加納江美、彼女もまた先天性の変態だ。幼少よりシンメトリーでないと気が収まらない。積み木やお絵描きでもさせてみろ、すぐにその性質が見て取れる。生まれ持っての性格というものは興味深くてね。私もそうだが、しかし証明には』

「それ、まだ続く?」

 ふぁ、と僕は大きなあくびをした。

 なんだか講義を聞いている気分だ。眠気に襲われる。

『ふふ。この話はまた後でしてあげよう』

「いや、いらない」

『ところで、今、花宮美由とともにいるのならばちょうどいい。事件の調査のことなんだが』

「あ、それなんだけどさ……」

 僕は一度深呼吸して、我妻の言葉を遮る。

「調べるの、やめない?」

『……それはどういった心境の変化だい?』

「花宮さんは……」

 しょぼしょぼとしてきた目を開け、踊り場にいる花宮さんを振り返った。じっとこちらを見る目。花宮さんはにこりと笑う。

 花宮さんにはばれないように、スマホを抱えるようにして、聞こえないようにしゃべる。

「詮索されて、欲しくないって」

『ハハハハッ』

 僕は大きな笑い声に、スマホを耳から離した。

『だろうね』

「だろうねって……ふぁ」

 僕は我慢できずまた大きなあくびをする。

 こんな時なのに。

『そりゃぁだって、……』

「ん?なんていった?あがづま」

 何か言った。聞こえてはいるが理解ができない。まぶたが重い。

「とにかく、さ、ひゃめ、やめ、て」

 ろれつが回らなくなる。

 目をこすった。

 目の前の階数表示が斜めに見える。

 スマホを取り落とした。

 平衡感覚が、ない。

『おい……!なか…!…!』

 我妻の声が遠のく。

 手すりを探る。

 僕の意識は、そこで途切れた。

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