第22話 7月17日(土)
「で、お前ら。俺たちに何か用があるのか?」
「え、えっとぉ……」
有頂天だった僕。
見られたことに不機嫌そうにする小野。
僕は逃げ場もなく縮こまった。
「小野くん、やめてあげなよ」
情けない僕に、かわいそうだよ、と加納さんが間に入ってくれる。
「ごめんごめーん。二人とも珍しい組み合わせだったから、つい、ね」
花宮さんはごまかすように笑う。
「そっくりそのまま返すぞ」
僕らは小野に、いぶかし気な視線をよこされた。
僕が花宮さんのストーカーでもしたと言いたげだ。
だが僕は、小野の視線よりもずっと鋭く危険な視線を感じた。
神崎団長だ。
あとその他応援団員。
『小野の恋路を邪魔するなよ』
死角から、神崎団長の目は僕にそう語っていた。
それだけでなく、『進展させる言葉をかけろ』とも言っている。注文が多い。
僕にそんなことができるものか。口から先に生まれたような我妻ではないのだ。
ここは黙秘権を行使するに限る。
だが、はた、と僕は気づいた。
このまま僕が黙っていれば、僕らの行動は、花宮さんが主導で行ったということになる。
花宮さんが好奇心で二人を追いかけたことになる。
花宮さんのイメージが下がる。
そんなことを許してはいけない。
「花宮さんじゃなくて、僕が、き、気になちゃってさ~、ま、まさか、二人がなんて、えへへ」
へたくそな僕の言葉。
これじゃなにもごまかせてないじゃないか。と思ったが、意外なことに二人は顔を赤くした。
「今日は、その、たまたま会っただけだ。たまたま」
「そ、そうですよ」
二人は恥ずかしさのあまりデートを否定する。
そんなに恥ずかしいか。というか、まずい。僕がまずい。
僕は背中に脂汗をかいた。
神崎団長の目は今にも僕を殺さんとしていたからだ。二人に、デートでないと表向き否定させてしまったからだ。
二人の関係性を後退させてしまった。余計なことを、と神崎団長の視線。
このままでは殺される。
なにか、なにか、二人に言外でもデートと認めさせなければ。
「こ、ここには、何を買いに来たの?あ、服?」
「いや服が必要そうなのはお前のほうだと思うが」
「うっ」
冷静に指摘する小野の言葉。グサッ、と僕の心に刺さる。
確かに僕の服装はダサいけど。買い物に行く機会がないんだよ。しょうがないだろ。
胸を抱えた僕。
小野はぐぃ、と僕の肩に腕を回した。
「お前まさか、財布もマジックテープタイプじゃないだろうな」
「え、なんで知ってるの?!」
こそ、としゃべる小野に僕は驚く。すごい洞察力だ。
小野は呆れた目をしていた。というか哀れむ目をしていた。
失敬だな。
僕の反抗的な表情を小野は無視する。
「加納さん」
「どうしたの?」
小野にちょいちょい、と呼ばれた加納さんは小動物のように寄ってくる。
「服なら同性同士のほうが分かりやすいし、一旦別れてもいいか?」
「あ」
加納さんは、僕の頭からつま先まで視線でひと撫でする。
「いいと思う。がんばって!」
ぐ、と拳を握って激励してきた。
なにをどう頑張るというのだ。
「よし、行くぞ」
「え?え???」
いってらっしゃい、と僕と小野は見送られてしまった。
神崎団長の視線が痛い。
一時的とはいえ小野と加納さんを別れさせることになってしまったからだ。
僕はまだ神崎団長から逃れられていない。小野よ、さっさと関係を明かしてしまえ。加納さんの元へ戻れ。
「お、小野くん。僕、自分で選べるよ」
「黙ってろ。どうせお前小学校の頃からその恰好だろ」
「さすがにそんな……いや、どうだろう……」
僕は不安になってきた。
なにせ服装に頓着しないからだ。穴が開いてなければいいし、開いてても補正できればいい。
「そんなんだと、我妻に見放されるぞ」
「別にいいよ」
「お前ら、そういう関係じゃないのか?」
「そんなわけないじゃん。むしろそういう関係は君たちのほうじゃん」
「ばっ、お前、そういうのは」
してやったり。僕は顔を真っ赤にする小野にほくそ笑んだ。
「昨日、一昨日のことがきっかけ?」
「……まぁ、雨降って地固まるってやつだな」
小野は遠回しに関係を認めた。
これで神崎団長も安心するだろう。
「そういえば、あのあとも音楽室に二人で残ってたし」
「邪なこと考えるなよ。雑談をしていただけだ。清い付き合いがモットーだからな」
「へー」
死角で神崎団長がうんうん、とうなずいている。
「意外だなー。昔不良だったのは聞いてたけど」
「中学の頃だろ?親と仲が悪かったんだよ」
「だから、今も一人暮らしなんだ」
「半分はな。あとはこの学校に入りたかったから。やっぱ神崎先輩についていきたかったし」
死角で神崎団長は泣いていた。親か。
「あの癖も、治ってきたしな」
「……局所的局部露出癖のこと?」
「好きに言え。ガキの頃から治したくても治らなかったんだよ」
「あ、好きでやってたんじゃないんだ」
僕はてっきり、好んでそれを行っていたと思っていたから、驚いた。
「誰が好きでやるかよ」
小野の背中に振り向く。
「昔……ねしょんべんしたとき、親父に素っ裸で家の外に放り出されて。それから変な癖ついちまったんだ」
小野の背中は静かに哀愁が漂っていた。僕は親指の爪を人差し指の腹で撫でた。
何故だか小野に親近感を覚える。
「大変だね」
僕の言葉に、小野はぐい、と引っ張る。
なにか気に障っただろうか。僕は硬直した。
「お前にはな、感謝してんだよ」
ぽす、と僕の腕の中に新品の財布が置かれた。
「お前が、いろいろと嗅ぎまわらなかったら、今頃加納さんはひどい噂にもっと悩まされていただろうからな」
「え?」
会計済みの財布に僕は目を白黒させた。
「こ、これ?」
「仲人の代金だ」
若干乱暴に僕を突き放し、小野は店外に去ってゆく。
ぼりぼりとごまかすように坊主頭をかきながら、小野は加納さんと合流した。
あっけにとられた僕に気づいた加納さんは、ぺこりと腰を折ってお辞儀する。
まるで二人は夫婦みたいだな。
神崎団長も満足そうに死角で腕を組んでいた。後方保護者面だ。
「中田くん!」
「ひ、ひょゎえっ」
「あはは!」
後ろから声をかけられ、飛び上がった僕を笑う声。
花宮さんだ!
「は、花宮さん。買い物、終わったの?」
「うん。今日は眺めるだけだから。中田くんこそ、かっこいいお財布じゃん」
「あ、いや、これ小野からでさ」
「似合ってるよ」
にしっ、といたずらっこのような笑みに、僕は茹でだこになる。これじゃ小野のこと言えないや。僕はぽりぽりと頬を掻く。
「それと」
ごまかす僕に、ふふん、と笑う花宮さん。
「はい、ご褒美」
「へ?」
とっさに手のひらを出す。そこに転がったのはチョコレート。
「こ、これ」
「さっきデパ地下で買ったんだ。小野くんたちを見つけられたご褒美。おいしいんだから」
その笑顔はまさしく女神だ。
僕は胸の前で、小さなチョコをぎゅっと抱きしめた。
「は、花宮さんっ、一生大切にするっ」
「いや、食べてよ」
けらけらと笑う花宮さんはやっぱり世界で一番かわいかった。
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