第10話 7月14日(水)
森林公園、雑木林の中。
僕らは乱闘事件に関し詳しく話を聞くため、乾と共に昨日の乱闘現場、森林公園に来ていた。
「ふぅん。つまり君は、君の正当防衛を証明したいわけだ」
「そうだよ!」
我妻に吐き捨てる乾。中の悪さがうかがえる。
僕はギスギスした空気が嫌になり、視線を明後日の方向へと向けた。足元には、昨年の残りだろうか、大きなどんぐりがふやけて転がっている。風の向きで腐葉土の香りが鼻につく。
木々に囲まれ緑の涼しい空気、森林浴にうってつけ。そして昆虫が多く潜んでいるため、桐乃もよく訪れているはずだ。
このような場所で乱闘をおこすとは。三名の生徒も、乾も、なんてはた迷惑なやつらなのだろうか。
我妻は僕のことなど放置し、話しを進めた。
「被害者、とされている市内の男子高校所属の生徒の三名は、乾こま子が先に襲ってきたと主張している」
我妻は乱闘事件の現場をぐるりと眺める。
分類は傷害事件のため、警察も立ち入った。しかし今はもう規制線などは張られていない。
言われなければ、ここで三名の男子高校生と一名の女子中学生が乱闘を起こし、しかも女子中学生が勝利したとはわからないだろう。
「だが、乾こま子、君は男子生徒三名が先に手を出したと主張。両者の言い分に食い違いがあるため、現在警察も手をこまねいている、と」
どちらが先に手を出したにせよ、女子中学生一人に負けた男子高校生三人。ものすごいまぬけだ。
相手が悪かったのかもしれないが。
まあ、わずかな情報からでも、乱闘を起こしたのがいわゆる不良だということは察しが付く。なので同情の余地はない。
「そして、君は考えた。私の手帳を提出すれば、そこに君の記録が乗ってるのだから、警察や学校は君の証言を信じてくれるのではと」
つまり、乾こま子は正義を追求する人間であり、その性格ゆえに乱闘を起こした。
きっかけを作ったのは不良三名であり、乾は先に手を出していない。
上手くいけばそのように解釈してくれる。
もっとも、そう都合よくはならないだろう。しかし、警察や学校の心証をよくすることができる。
精神的に有利になれば、乾の扱いも良い方向へと変わる。
「まあまあ筋が通ってるんじゃないか?」
僕は適当にうなずく。
「ふふ、乾にしてはお目が高い。確かに、私の手帳は証拠にはならなくとも君を有利にすることはできるだろう」
「我妻のお父さんは刑事だしな」
手帳を人質に父親に口をきいてもらうこともできるかもしれない。
「だが、君は一つ勘違いをしている」
我妻は高らかに笑う。
「パパに訓練を受けている私から!手帳を取れるわけがないということだ!」
フハハハハ! と雑木林に響く笑い声。
「うぎーっっっ!」
乾は地団太を踏んだ。手帳を奪おうと突進するが、闘牛士がごとくひらりと避ける。
「くそっ、鬼!悪魔!ペテン師!」
「ふふふ。どうとでもいいたまへ」
我妻は暴れる乾を受け流す。
「君の自己保身ゆえの正義追求。実に面白いという私の考えは、変わりないからね」
乾は不満げに口角を下げた。しかしこれ以上我妻に噛みつくことはない。
「だから、やすやすとこれを渡し、内々で終わらせるのは惜しい」
我妻は目元をゆがませて乾を観察する。
いい加減、乾も理解できただろう。我妻に敵わないと。
「さて、生まれ故に求めたアイデンティティ。それゆえに今回の事件は起こった」
そして、我妻は知っている。
僕にはわからないが、全てを知っている。あれは、探求する目ではなく、確認する目だ。
知っているのだろう。乾が何を求めているか。ここで何が起きたのか。
知っていて、語らせる。
「さあ、乾こま子。語り給え、君の証言を」
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