第9話 7月14日(水)

「で、妹に馬鹿にされたまま……と」

「笑わないでよ」

 体育館横の自販機前。

 日陰になり涼しいここは、しかし昼休みは人気がない。ひっそりと話をするにはちょうどいい場所で僕は我妻に昨日の妹とのやりとりを報告、もとい世間話の種にしていた。

 その結果大爆笑されている。

 そんなに僕の家庭は面白いだろうか。理解できない。

 僕は我妻を放っておき、購買でこそこそと買ってきたパンをかじる。

 最近はいじめの延長で弁当を捨てられることも多かった。昨日疑いが晴れたとしても、すぐに警戒は解けない。

 パンだと栄養は偏るが、簡単にすむしいいかなと思っている。


「やはり虫好きの変態、中田桐乃。いい趣味をしている」

「人の妹を変態呼びするな」

「いいじゃないか。親しみを持っているんだよ。彼女のそれは命への博愛ではなく興味好奇心。私の変態への欲求と性質は同じだ」

「妹をお前と一緒にするな」

「気に入っているのさ。捕まえたイナゴを食べ始める点はとくに」

「なぜそれを知っている?!さてはお前ストーカーだな!警察に突き出してやる!」

「残念でした!パパが刑事なので無罪放免です~!」

「親の七光りめ!」

 腹いせに我妻の手帳を奪おうとするが、僕の運動神経では届かなかった。


 ぐぬぬ、と僕は悔し気に歯ぎしりをする。

 そこに、突っ込んでくる影。

「とうっ!」

 声と共に影は一瞬で僕らの前を横切った。

 たぐいまれなる身体能力。その跳躍が過ぎ去るころには、我妻の手から手帳はなくなっていた。

「我妻梶、悪事の証拠つかんだどー!」

 高らかな勝利宣言。

 その姿は記憶に新しい。乾こま子。

 一昨日ぶりの、元気ではた迷惑な台風がやってきた。


「失敬な。それは私が行ってきた調査手帳。悪事とは聞き捨てならないな」

「人を付け回すとかストーカーだろ!」

 ほぁたっ! と構える乾。

「はははは。付け回されて痛くなる腹でもあるのかね?」

 だが高らかに笑う我妻。

「それで、手帳を奪ってどうするんだ?ん?殴るのか?蹴るのか?お前はまた暴力を振るうのか?」

「ぐっ……それはっ……」

「暴力では何も解決しないぞ、乾こま子。それはお前がよく知っていることだろう?」

「俺はっ」

 以前、因縁がどうとか言っていたが、そもそも乾と我妻。口喧嘩では乾の分が悪いだろう。

「それに、現在のお前の話をまともにとりあう人間がどこにいる」

 我妻は肩をすくめる。

「謹慎中じゃない!悪いのはあいつらだ!」

 なにやら乾も乾で問題を抱えているらしい。それも謹慎中とはこれまた大事。

 しかし他人事な僕に反し、我妻はまるでおもちゃを見つけた子供のように目が輝いている。

 僕は嫌な予感がした。こういう予感は当たるんだ。


「ふっふっふっふ、正義と暴力を混同した変態ちゃん。だが十分興味はそそる。お前の問題。私たちが調べてやろう」

「我妻っ」

 ほらやっぱり。

「別に首突っ込まなくてもいいだろっ」

 こっちは『リコーダーペロペロ事件』も抱えているのだ。

 しかも私とはなんだ。僕を勝手に含まないでくれ。

「やだ。気になるもん。それに」

 と我妻は余裕な笑みを見せる。

「あの事件に関しては、調べていると形を見せるだけでも十分効果があるんだよ。尻尾はむこうから出してくれるさ」

「だけど……」

 不満げな僕に、我妻は流し目を送る。

「この件。君の妹、桐乃ちゃんが関わってるはずだけど、それでも?」

「な?!」

 僕は昨日の桐乃を思い出す。壊れた虫かごに泥だらけの制服とランドセル。

 まさか妹は何か、面倒ごとにでも巻き込まれたというのか。これは聞き捨てならない。

「乾!お前僕の妹と関係してるのか?!」

「ぬ?!」

 にじり寄る僕に距離を取る乾。

 乾も僕のことを警戒しているらしい。我妻の仲間とでも思われたのか。失敬な。

「なんだお前!」

「妹がへんなことに巻き込まれてないか、知りたいんだ!」

「さてはお前ロリコンだな!ロリコン!」

「なんでそうなるんだよ!」

 こいつの思考回路が分からない。下手な小学生を相手するよりも厄介だ。


 頭を抱えた僕に、我妻はぽんと肩を叩く。

「説明してやろう。この私が」

 彼女の情報網は広い。昨日起きたことを知っているらしい。

 いつの間にか乾から奪い返したのか、あの分厚い手帳をパラパラとめくる。

「昨日、午後3時。市内の森林公園で乱闘事件が起きた」

 森林公園は住宅街と隣接した公園であり、三浦学園からもそう離れていない。

 最近は暑いから、直射日光ギラギラの公園よりも、森林公園のほうが子供の集まりもいいだろう。そんなところで乱闘事件とは物騒な。

「被害者は市内の男子高校の生徒3人。対してそこの」

 乾を指す。

「乾こま子が、乱闘の加害者として名前が上がっている。学校側も問題を重くとらえ、現在、乾こま子は、事の次第が判断できるまで謹慎中となっている、はず」

 学校に乾がいることからわかるように、だいぶ自由の身となっているが。

「で、それに桐乃がどうかかわってくるんだ?」

 僕にとって乾の容疑は重要でない。かわいそうだが、優先順位が低い。それよりも桐乃だ。

「まあ焦るな焦るな。当時、森林公園で遊んでいた子供の中に、中田桐乃、君の妹が含まれていたわけだ」

 つまり妹は乱闘の現場、その付近にいたわけだ。

 そして森林公園乱闘事件の中心人物、乾こま子は今日、ここに来た。我妻の手帳を狙って。


「さて、乾こま子」

 我妻は手を差し伸べる。

「誰も君を信じず、誰も君を尊重せず。だが屈することのない君は」

 僕にしたように。

「君は私に何を求める?」

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