王国からの追放
リディアが目を覚ますと、そこは牢獄――ではなかった。
一目で場違いとわかる豪華な装飾が施された部屋で、大貴族であったリディアですら目を見張るほど金がかかっている。
王城の一室であるならば当然の豪奢さではあるが、だからこそリディアは首を傾げた。
牢獄に入るはずの自分がなぜそんな豪華な部屋で寝台に寝かされているのかがわからない。
「目覚めたかね?」
柔らかな声は先ほど聞いたばかりで、顔を見ずともラグルードのものだとわかる。
恐る恐る視線を向けると、枕元に座る彼の姿が見えた。
「よい、起きるな。騎士が遠慮なく殴りつけたのだ。しばらくは安静にしていなさい」
「で、ですが……」
起き上がろうとするのを優しく押し戻し、ラグルードは首を振った。
優しい笑みではあるが、起き上がることは断固として許さない構えだ。
それを察したリディアは仕方なく寝具に横たわり、ラグルードの表情を見つめる。
皺が増え、髪に白が混じり始めていたが、記憶の中にある優しいルドおじさんだ。少しだけ懐かしい気持ちが沸いてきたが、昔話に興じるよりもリディアには気になることがある。
「あの、アラタは……?」
「彼ならば、牢獄にいるよ」
「なぜ、彼だけ?」
私も同じ立場のはずだと目で伺えば、ラグルードは困ったように唸った。
「君は思ったよりもひどいことを言うな。私に親友の孫を牢獄に入れろというのかね」
「それは……でも、国王暗殺犯は共謀者も、一族に連なる者も全員処刑するのが決まりではありませんか」
「違いない。国王暗殺は重罪だな」
うんうんとうなずき、しかし、とラグルードは続ける。
「国王は暗殺されていないだろう?」
「未遂でも同じです!」
思わずそう叫び、口元に指をあてたラグルードを見て口をつぐむ。
「いい子だね。騎士が部屋の外にいるから、あまり騒いではいけないよ。私はここにいないことになっているからね」
「ここにいない……?」
どういうこといかと問おうとして、部屋の隅の衣装棚の扉が開いていることに気付いた。
よくよく見れば、衣装棚にかけられた衣服の奥に暗闇が広がっている。
城の中に張り巡らされた抜け道の類で、ラグルードが騎士達の目を盗んでリディアに会いに来たのだと察すれば呆れるしかない。
「あの、少なくとも私は犯罪者ですよ?」
「その前に、親友の孫だ。最後に説得に訪れたとて構わないだろう」
「説得……?」
「そうだよ。説得だ」
ラグルードは首を傾げるリディアの手を優しく叩き、頷いた。
「アラタ君だったかな。彼のやったことは確かに許されざることだね。だけれど、それを曲げても私は君を救いたいんだ」
「友人の孫だから……ですか?」
「そうだよ。私は彼に返しきれないほどの恩があるが、返す前に彼は手の届かないところに逝ってしまったからね。その恩を孫である君に返すのは自然なことだと思わないかね」
つまり、恩赦を与えるということだ。
国王暗殺未遂の犯罪者に恩赦を与えるというのは前代未聞だが、いまのリディアにとっては何よりも欲しいものだった。
嬉しくて笑みを浮かべ、そこではたと気づく。
「あの、アラタにも恩赦を与えてくれるのですよね?」
しかし、ラグルードは困ったように頬を掻く。
「さて、どうしたものか。私としてはね、彼には特に何の恩もない。リディア嬢さえ助かるのならばそれでいいのだが……彼が処刑されたら、君はどうするかな」
「一生恨みます」
「ふぅむ。一生は重いな……なら、彼を国外追放にするのはどうだろう?」
悪戯っぽい瞳に、リディアはラグルードが何を考えているのかわからなかった。
だが、なぜか答えを誘導されているような気がして、むずがゆい。
「そうですね、それなら私もアラタに着いていきます」
「なぜ?」
問われ、即答する。
「師匠ですから。アラタの剣をすべて盗むまで、一生付きまとうと決めているのです」
「そうかね。ならば、彼は国外追放とし、君は深窓の令嬢として王城の離れに匿うとしようか。私の大事な友人のひな鳥を危険な旅に向かわせたくはないからね」
「それならば、私は頑張って脱走するとします」
大真面目にそう返せば、ラグルードは目を大きく開けて大笑した。
「そうか、脱走するか。それは面白いな」
腹を抱え、膝を手のひらで打つラグルードは本当に楽しそうだ。
だが不満なのはリディアで、大真面目に答えたのに笑われてしまっては立つ瀬がない。
彼女にとってアラタの剣は人生を賭けるに相応しい美しいものだったのだ。
これからも一番近い場所でアラタの剣を見たい。
アラタの剣に少しでも近づきたい。
それになにより、アラタとの約束――強くなって、アラタと死合わねばならないのだ。
リディアは胸を張り、ラグルードに宣言した。
「止めても無駄ですよ、ルドおじさま」
「わかった。仕方ないな」
ラグルードはくつくつと笑いを堪えて立ち上がると、大きな手でリディアの頭を撫でる。両親にも祖父にも撫でられたことがないリディアだが、不思議とその感覚には懐かしいものを感じた。
なぜ懐かしいのかと首を傾げるが、その謎はすぐに解けた。
「君の頭を撫でるのはこれで二度目か。頼むから、二度と撫でることができないなんて言わないでくれよ」
ラグルードは名残惜しそうにもう一撫でし、踵を返した。
勢いよく両開きの扉を押し開け、リディアしかいないはずの部屋から突然現れた主君にあわてふためいている騎士達に怒鳴りつけた。
「騎士が慌てるな、みっともない! 威厳を保たんか!」
「は、ははっ!」
「伝令を飛ばせ! 牢獄の男ともども、この女を国外追放とする! よいか、傷一つつけず国境線の向こうに放り投げろ! どうした、妙な顔をせず返事をせよ!」
「しょ、承知しました!」
急に現れた主君にも、処刑になるはずの二人を国外追放することにも言いたいことがあるだろうに、二人の騎士は有無を言わさないラグルードの命令に反射的に返答した。
「よろしい、ならばすぐに用意せよ! 国王命令である。私は一刻と待たんぞ! 一秒でも遅れれば厳罰に処す。理解したならば疾く走れ!」
「ははっ!」
二人は即座に走り出した。
処刑予定の罪人をいきなり国外追放とするのだ。
刑罰の変更手続きに法務官に書類を申請し、国外追放のための足として護送馬車の手配、糧食の準備、監視の兵の準備に近衛隊にも申請を出さねばならない。やるべきことは山のように思いつくのに、時間は一刻――おおよそ二時間も与えられないのだ。
この深夜に各所の人員をたたき起こして書類と物資を揃えねばならない労苦に、二人は主君と犯罪者であるはずのリディアを二人きりにしているという事実がすっぽりと抜け落ちていた。
そんな二人の背中を見送り、振り返ったラグルードは楽し気に片目をつぶって見せた。
◇◆
それから約一か月。
アラタはぶすくれた表情で護送車の車窓を流れる木々を眺めていた。
「アラタ、まだ怒ってるんですか?」
「怒っちゃいねえ。ただ、あっさりのされた自分に苛立ってるだけだ」
つまらなそうにそう言うと、何が違うのかとリディアは呆れたような顔をする。
だが、実際に明確に違うのだ。
怒りはない。
むしろ喜びが先行する。
神を覗けば、自分よりも強い男と初めて出会ったのである。
神剣の能力があったとはいえ、体に残る痛みが明確にラグルードの実力を伝えてくれるのだ。一目見た時から強いと確信したのは間違いではなかったのだ。
神剣の能力込みであれば手も足もでないかもしれない。
あれと戦うには時期尚早、負けが確定しているのであれば戦う意味などない。
勝つためにはより強くなる必要があった。
自分の力だけでなどとわがままを言うわけにもいかないだろう。
相棒である神剣風切市右衛門の力も借りねばならない。いまはまだ多少筋力や反射神経が向上する程度だが、シンプルなだけに能力に対する慣れは早いだろう。
国外追放、望むところだ。
どちらにせよ世界を巡り神剣使い達と戦うつもりだったのだ。
神の前にもう一人倒す男ができたことを喜びながら、しかし無様に伸びてラグルードの剣筋を拝めなかったことに苛立ちを隠せないでいた。
ああ、くそったれめ。
どれだけ凄まじい剣技だったのか?
傷から想像する剣の軌道は予測できるが、それはあくまでも予測に過ぎない。
達人の放つその一閃を直に目にできなかった悔しさが募る。
アラタは不満げに鼻を鳴らし、リディアに視線を向けた。
目が合うとわたわたと慌てるリディアはなんとも間抜けだが、それでもラグルードと引き合わせてくれたのは彼女の手柄だ。ましてや死合いに負けたアラタが殺されることなく、もう一度戦う機会を与えられている。
ただの道案内のつもりだったが、でかい恩ができたものである。
アラタはもう一度鼻を鳴らすと、聞こえるか聞こえないかの声量で呟いた。
「ありがとよ」
「え? アラタ、よく聞こえなかったのですが、なんと言いました?」
「馬鹿面を晒してんじゃねえ、馬鹿弟子って言ったのさ」
「全然文章の長さが違った気がしますし、とても失礼では!?」
「うるせえよ」
頬を膨らませるリディアを笑い飛ばし、アラタは馬車に揺られ続けた。
二人がステラタート王国の国境を越えたのは、それから半日後のことだった。
異世界剣豪ぶらり旅 ~最強を目指す剣豪じじい、弟子(美少女)とともに世界を巡り、神を喰らいて最強へと至る~ ひのえ之灯 @clisfn3
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