橋の攻防、渡河させぬが肝要なりて
橋の中央では激しい戦闘が繰り広げられていた。
「かかっ! やれ楽しや! お前もそうかい、小娘!」
「否定はしません! が、小娘はやめてもらいましょう。私の名前はネーネです!」
右に左に、時に体を入れ替え、まるで踊るように三本の剣が交差する。
アラタの手には風切市右衛門、ネーネの両手にはそれぞれ一本づつ
ネーネの神剣は二本一組の剣で、ステラタート王国では長くそれを扱える人間がいなかった。
それはそのはずで、剣はただでさえ重い。
鉄でできた棒を振り回していると考えればわかりやすいが、日本刀とて短い打刀ですら二、三キロほどもあるのだ。肉厚な曲剣ともなればもっと重く、普通は両手で振り回すことが前提の運用方法である。
中には軽く片手で取り扱うようなものもあるが、少なくとも日本刀や曲剣を両手で自由に使いこなす人間はそうそういないものだ。
それに、重さだけが障壁ではない。
剣を使うということは、両方の手を利き手同様に使える必要がある。
微細な指の動きで剣の軌道を変え、時には小指一本で重さを支えてのける。
かつての二刀流の伝説的な剣士宮本武蔵も、一説には二刀を使うのは道場でだけで、実戦においては一刀で戦ったという。
それほどに現実離れした代物である二刀を、ネーネは驚くほどの精度で操っていた。
「いいなお前さん! まるで踊ってるみてぇな不思議な動きだ!」
「実際踊っていますから。私の一族に伝わる武術は全て踊りを元にしたものです。ぜひ目に焼き付け、冥途の土産にどうぞ!」
「かかっ、いい土産だな。なら俺もお返しをしねぇと……ああ、鉄の塊でどうだい?」
ひゅぼっ、と空気を斬り飛ばす突きがネーネを襲う。
アラタの斬撃は一撃一撃が重く、片手で受ければ剣ごと吹き飛ばされる。わずかな立ち合いの中でそれを学習していたネーネは、双剣を十字に構え、アラタの突きを下からかちあげた。
それでもかろうじて頭上にそれた程度だが、そのまま刀身を滑らせるように双剣を振るう。
一撃で決めるなど甘い考えは持たない。
まず一番近い柄を握る手を切り裂き、出血を強いる。
ついでに剣を握るために重要な指が落とせれば上々と割り切った上での斬撃。
だがアラタはひょいと手を上にあげると、そのまま後ろに倒れ込みながらネーネの腹部に蹴りを叩きこんだ。
あらよっと、と後方に一回転したアラタは、間違いなくネーネを圧倒していた。
◇◆
一方その頃、ガストル達もまた気炎を吐き上げていた。
アラタとネーネが戦いを始めてしばらく傍観していた一同だったが、隊長格らしい男の号令一下、一斉に渡河を始めたのである。
橋での進行は元より考えていない、というよりも二人の争いに入り込む余地を見いだせなかったのだろう。剣には間合いがあり、達人通しの斬り合いの間合いに入れば一瞬にして命が詰まれる。
彼らにその気がなくとも、激しく繰り広げられる剣戟はまさしく嵐のごとく、風の壁を避けることなどできないように、剣戟の壁とでも表現すべきそれは通り抜けようとするものに等しく死を与えるのである。
だからこそ、彼らはただひたすらに川を渡河することだけに専念していた。
ガストルの誤算はその勢いと物量である。
こんなくだらない戦いに命を賭けることなどないだろうと侮っていたが、彼らは最初から命を捨てて突っ込んでくるのだ。
精々五十人程度も下りればいいと思っていた川底は、すでにそれを超える死体で埋め尽くされ、川の高さという利は積み上げられた死体によって刻々と減少していた。
「
「やべえ、やべえってこれ! もう堀の役割果たしてねぇよこれ……ぐあっ!」
雇われた傭兵の一人が腰が引けたか、わずかに剣が鈍った瞬間に下から突き上げられた槍に絡め取られて川底へ落とされた。
その時点ではまだ命があるが、それもほんの一瞬の猶予だ。
川底にいた騎士達が無言で剣や槍を振るい、命乞いをする傭兵の命を刈り取っていく。
「くそ、異常だな。こいつら、なんでこんなに必死なんだ……っ!?」
ガストルはあまりにも戦意旺盛な騎士達に舌打ちし、アラタの様子を伺った。
まだまだ戦いは始まったばかりで、決着はつきそうもない。
アラタもバケモノだと思っていたが、それにかろうじて食らいつく褐色の女も凄まじい。自分が相手であればどれだけの時間を耐えられるか、まったくもって考えたくない想像だ。
しかし事実としてあるのは、彼らの決着がつくよりも前に川を渡河されるであろうということだ。
元々全力で力を注がれれば崩壊するのは分かっていた勝負。
どれだけ手を抜くかで読み合いが発生すると思っていたが、そうはならなかったというだけの話である。
だが、これがどうにもうまくない。
「悪いな、アラタさん。切り札切らせてもらうぜ!」
ガストルはこれ以上は耐えられないと判断し、後方に待機する傭兵に片手を上げて合図を送った。
即座に傭兵の足元に組み上げられた生木に松明が突きこまれ、炎が燃え上がる。
水分を多く含んだ生木は燃えると大量の煙を噴き上げ、
空高く立ち昇った白煙は遠くはなれたその場所でもよく見えた。
「合図だ、壊せ!」
川の上流、そこにいたのはたった三人の傭兵である。
土砂と石、そして木材で作られた簡易の
小さな川とはいえ、流れる水は相当のものだ。
川の斜面が岩と土に分かれていたのも、増水時にそこまで水が上がり、土が流されたからに他ならない。つまるところ、それだけの水が流れるだけの地形ということだ。
傭兵が
固くびくともしないように思えるが、何度も蹴りつけると水圧に助けられて少しづつ動き出し、やがて大量の水を吹き出しながら吹き飛んでいった。
大量の水が一時の楔から開放され、一気に下流へと向かい牙を剥く。
その暴威に晒されたら、人間などひとたまりもない。
下流で死に物狂いで戦っていた騎士達は、地面が揺れる不思議な感覚に戦いの手を止めた。
彼らがこれほど必死に戦うのはネーネから命がけで戦えと脅されたからだ。
そうでなければベンハルトのためになど誰が戦うものか。ネーネに抱いていた好意ももはやない。怠けたら己を殺すだけではなく、家族も殺すと脅されれば否応なしだ。
だからこその熱中、だからこその全力。
それが彼らの命運を分けた。
手を抜くなら狭い水路に降りるのは五十人が良いところだが、仲間の死体を乗り越えてでも渡河せんとしていた彼らは、実に半数近くが川底に降りていた。すでに死亡した者も勘案すれば、川岸に残っているのは百名かそこらである。
そこへ、大量の水が押し寄せた。
不気味な地鳴りに顔をあげた騎士達を嘲笑うかのごとく、土砂や岩、丸太などあらゆるものを含む激流が全てを押し流すのは一瞬だった。
悲鳴すらも許されず、残されたのは静寂と川の縁を浸すほどの大量の水だけだ。
「これは、凄まじいですね……」
「剣で戦うのが馬鹿らしくなっちまうが……これも俺達が命張って引き付けたおかげだ。胸を張れ」
「了解。あとは向こう岸の奴らがどうするか、ですね」
すでに傭兵の数は二十人と少々、無傷の者は一人も残っていない。
川の水はすでに低くなりつつあり、時間はかかるだろうが再び渡河を仕掛けて来られれば厄介なことになるのは目に見えていた。
とはいえ、彼らにできることは一つしかないのだ。
「また来たら、叩き返す。時間を稼ぐしかない」
「そうですね。あとはアラタさん次第……水が引くまでは見学と決め込みますか」
「違いない。しばしの休憩だな」
ガストルは太い息を吐き、地面に腰を下ろすと剣を放り投げた。
まったくもってしんどい仕事である。
命の恩は大きい、そういうことなのだろう。
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