剣豪じじい、興味なし

「神剣の位階?」


 なんだそりゃ、とアラタは面白いほど顔を歪めた。


 道すがら無言で歩くのも馬鹿馬鹿しいと、世界各地の情勢について質問していた中で出てきた単語だが、むしろリディアはなぜ知らないのかと驚いていた。


「失礼ですが、神より神剣を賜っているのですよね? なのに、位階を知らないのですか?」

「知らねぇ。まあ、うっかりってこともあらぁな」


 リディアはあっさりとしたアラタに深々とため息をつく。

 ここ数日の旅の中でなんとなく察してはいたが、アラタは基本的に無関心がすぎる。世捨て人のように一歩世間と距離を置いているかのように、何事もなるようにしかならないと考えている節があるのだ。


 実際、リディアのその分析は当たっていた。

 アラタにとって重要なのは己が最強に至るという一点であり、それ以外はさほど興味がない。無関心とまでは言わないが、それにしても自分から積極的に情報を集めようとは思わないのだ。


 神剣にしても場所が分かればよし、相手の能力を知って事前に備えようというつもりは毛頭なく、知るならばそれでよし、知らぬならばそれでよしという有様だ。それゆえに、神から神剣について重要な情報が知らされていないと知っても、さほど驚きもしなかったのである。


「失礼ですが、もう少し興味を持ってください。自身の持つ武器について知らないというのはどうなのですか?」

「別に興味がないわけじゃねぇぜ。自分でこいつの性能は試してらぁ。それさえ分かれば、まああとはどうとでもなるだろう?」


 使い勝手さえ理解していれば、それ以上知るべきことがあるだろうか。

 あとは蛇足に過ぎぬと割り切るアラタに、リディアは外堀を埋めるよりもいきなり本丸に切り込むべきだと判断した。


「性能さえ知れればそれでよい、結構です。ですが、位階とはその性能が変わるという話ですよ、アラタ」

「……あん?」


 説明します、とリディアは頭痛を誤魔化すようにこめかみをぐりぐりと揉む。


「神剣は戦いに勝利すると、相手の神剣を食らう。ここまではいいですね?」

「ああ、問題ねぇ」

「では、神剣を喰らうとどうなるか。位階が上がります」

「はぁん?」


 良くわかっていないであろう返答に、ため息一つ。


「格、位、言い方はなんでも構いませんが、そうですね、神格というのが一番わかりいやすいでしょうか。つまり、神として一段力を増すのです」

「そしたら剣の性能が上がるってのか?」

「いえ、剣の性能は上がりません。剣は剣ですから……上がるのは、能力の性能ですよ。私の神剣であれば、一度に作り出せる氷の槍の数が増えたりですとか。あまり詳しくは言えませんが」


 リディアが言葉を濁したのが不思議ではあるが、アラタはなるほどなと頷いた。

 武器としての性能ではなく、神としての性能があがるというわけだ。


「ってぇと、こいつの場合は強化の幅が上がるってわけか。いまでも筋力やら反応速度やら、自分のものじゃねぇくらいあがってるが――」

「アラタ!」


 突然のリディアの大声に面食らって見やると、彼女は眉根を吊り上げて辺りを見回していた。特に何かが潜んでいる気配もなく訝しんでいると、しばらく周囲を伺って誰もいないと確信して安心したか、ほっとしたように注意を促してくる。


「アラタ、神剣の能力は大っぴらに口にするものではありません。能力を知られるということは対策されるということです。神剣を消滅させることは忌避されていますが、それでも奪うことは黙認されているんです」

「そうは言うがよ、使えばバレるだろうが。人の口に戸は立てれねぇ。どれだけ注意しようが、情報は流れるもんだぜ。それこそ、国が保管しているような神剣だって戦った経験があるはずだ。歴史があればそれだけ知名度も上がるってのは当たり前じゃねぇか」


 一度も戦わずに謎の神剣でござい、なんてやれればいいが、そんなことはできるはずもない。それこそ神剣としての位階を上げるために戦い続けてきた歴史があるはずで、それならばあの神剣はあの能力で、なんて情報は広まり切っているはずである。


 リディアもそれは否定しなかったが、しかし肯定もしなかった。


「流れる情報を抑えればよいのです。例えば私の神剣は氷の槍を操るものとして知られていますが、実のところ、違います。この子が扱う能力は二つ、【水の精製】と【制止】です」

「……おい、まさか絶対零度を作り出すとか言うなよ?」


 世界を放浪していたが、アラタとて馬鹿ではない。

 日本の一般人レベルの化学知識は持ち合わせているし、常識とてある。

 分子の動きが活発であれば高温に、動きが鈍ければ低温に、そして動きが完全に制止すれば絶対零度――マイナス273.15℃になることくらいは知っていた。


「そのぜったいれいど・・・・・・・というものが何か存じませんが、水を制止させることで氷を生み出したり、冷気を生み出すことができるのです。とはいえ、現在の位階では完全に制止させることはできず、少しばかり動きを鈍化させることが精いっぱいなんですけどね」

「なるほどな。確かに、氷を生み出す能力ってえのと、水の精製と制止ってぇ能力じゃ応用力に差が生まれるわけだ。死線の最中ではそのわずかな齟齬が致命傷ってわけだ」

「はい、その通りです。あの……この子の能力を教えたのはアラタが師匠だからです。誰にも言わないでくださいね?」

「はっ、自分から話しておいて人に言うなってか。都合がいいな?」


 確かにその通りだと思ったのか、リディアはしゅんとしてしまった。

 美少女の落ち込む姿というのはそれはそれでそそられるものがあるが、旅の同行者がそれでは些か困る。アラタはぶっきらぼうに、


「言わねぇよ、心配すんな」


 と言うと、そっぽを向いた。

 偽悪的に振舞うアラタにとっては、他者を思いやる行動のほうが照れが生じるらしい。

 なんとも不器用な師匠の姿に、リディアは隠すように小さく笑った。


「それと、位階が上がると精剣を作れるようになりますよ」

「精剣? 野盗連中もなんかそんなことを言ってたっけな」

「簡単に言うと、喰らった神剣の本数だけ生み出せる神剣の劣化した複製です。神剣の使用者がいつでも消すことができるので、自分の勢力を拡大させるのに貸与することが多いですね」

「へぇ、そりゃ凄い」


 口ぶりとは裏腹に、まったくもって興味が持てていないのは一目瞭然だ。

 それもそのはずで、自分の剣の腕で最強を目指すアラタにとって、群れを作るなど馬鹿馬鹿しいことなのだ。その精剣を貸与された者が強者であれば興味も沸こうが、単に貸与されるという事実をもって興味は持てない。


「驚かないのですか? アラタも私の神剣を喰えば、精剣を作り出せるんですよ。むしろ、師弟という間柄ではそちらのほうが都合が良いかもしれません」


 逆らえば強力な力を失う、その枷は思ったよりも重い。

 それこそ剣の道を志すリディアにとっては何物にも変えがたい。元より師であるアラタに逆らうつもりはないが、それ以上の枷を彼女に与えるだろう。


 だが、アラタは鼻で笑い飛ばした。


「いらねぇよ。俺は強い奴にしか興味がねぇ。火の粉を払うに容赦はしねぇが、そうじゃなきゃお前なんぞ相手にするつもりもねぇよ。ま、神剣を全部喰らったあとでもらってやるが……精々、それまでに強くなっててくれよ。じゃねぇと――」

「ど、どうなりますか?」


 リディアはふいに向けられた視線にひゅうと体の芯が冷えた気がし、ごくりと喉を鳴らした。


「……なんでもねぇ。ただの戯言だよ」


 冗談なわけがないが、リディアそれ以上踏み込む勇気が持てなかった。

 あるいは踏み込むことで、二度と師匠と仰ぐことができなくなる、そんな気がしたのである。


 それからしばらくは、お互いに無言で歩を進めた。

 奇妙な緊張感が二人の間に濃い霧を広げ、おいそれと踏み越えることを躊躇わせる。

 何度か話しかけようとしたリディアは、都度開いた口を閉じ、また懊悩する羽目になった。


 何気ない言葉が、喉をついてでない。

 それでもこのままではいけないと意を決したが、リディアよりも先にアラタが口を開いた。


「何かいる……血の臭いだ」


 物騒な発言とは裏腹に、アラタの口角はこれ以上ないほどに大きく上がっていた。

 嬉しくて仕方ない、そう言いたげな表情で走り出す。


「ついて来れなきゃ置いていく。いいな!」

「は、はい!」


 すぐに後を追って走り出したリディアだったが、すぐに舌を巻いた。


 速すぎるのだ。

 みるみるうちに距離を開け、宣言通りにリディアを置き去りにする勢いである。

 脈動するその走りは獣のごとく荒々しく、しかし一切の無駄が感じられぬ機能美とも呼べる美しさがあった。

 遅れて現場に辿り着いたリディアの目に最初に飛び込んできたのは、四台の馬車だ。

 商人達が寄り集まって旅をする商隊だろう。

 護衛の傭兵らしき男達と相対する野盗は、護衛の人数の数倍はいそうだ。


 見たところ護衛達は腕利きで、しかし数の差で野盗達に軍配があがる。

 問題はアラタがどこにいるかだが、はっきり言って探す必要もない。最も騒がしい野盗達の中心、そこにアラタはいた。


「くかっかっ! 貴様ら、揃いも揃って暇なようだなぁ、ちぃと俺と遊んでいこうや!」

「な、なんだこの爺っ! どこから現れ……ぐぎぃっ⁉」


 言葉を最後まで発することすら許されずに横薙ぎにされた男の哀れなことよ。

 アラタは嬉々として飛び回り、数で圧倒するはずの男達の剣先が集中する前にひょいひょいと男達の間をすり抜ける。


 一体どうやればそんな動きができるのか皆目見当もつかない。


「さ、さすがです、アラタ……っ!」


 感動しきりのリディアだが、実際それは致し方ないことである。

 なにせアラタの動きに瞠目しているのはリディアだけではなく、腕利きの傭兵達すら戦いの最中という事実を忘れ、動きを止めてしまっているほどだ。


「な、なんでぇありゃあ……化け物か……?」

「なんにしろありがたい! 助太刀感謝する‼」


 一際早く立ち直った赤髪の傭兵は周囲に「叩け!」と喝を入れた。

 恐らく隊長格なのだろう、はっと我に返った傭兵達とともに野盗へと立ち向かう男の県捌きは、周囲の傭兵よりも頭一つ抜きんでていた。


「でも、やっぱりアラタのほうが凄い……ふふっ、最高ですよ師匠!」


 最初に助けられた時点で英雄たる祖父よりも強い、そう確信していたリディアの目が節穴ではないことがこれで証明されたわけだ。


 元より疑っていなかったが、確認すれば嬉しくもなる。

 によによと口元が笑みの形に変わるのを必死に隠そうとするが、なかなかうまくいかなかった。


「リディア! る気がねぇなら引っ込んでろっ!」

「やります! いまやります!」


 アラタの怒声に慌てて抜剣したリディアは、愛剣に「行くわよ!」と一声かけて野盗へと突進した。


 とはいえアラタのように中心に飛び込むような馬鹿な真似はしない。

 自分の実力を正しく把握することも大切なもので、命を粗末にする趣味はないのだ。

 野盗と斬り結ぶ傭兵達に肩を並べ、「助太刀します!」と声をかけて剣を振るう。


 リディアに目ざとく気づいた赤髪の男が、野盗を一人斬り倒して声を張り上げた。


「嬢ちゃん、あいつの知り合いか!」

「はい! お師匠様です!」

「師弟にしては剣筋が違い過ぎるが……まあいい、助太刀感謝するよ! とくにあっちの兄ちゃんを連れてきてくれて助かった!」


 むしろ自分が連れて来られたほうではあるが、そんなことは言いっこなしだ。

 師匠を褒められたリディアは笑みを深め、「はい!」と元気よく返事を返して剣を振るった。

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