弟子(美少女)、未熟なれど見込みあり?2
「見ることだよ」
「見る、ですか?」
疑問を晒せば親鳥よろしく餌が貰えると思うのか、不思議そうに問い返す。
だが、アラタはあえてそれ以上の説明を省き、魚を平らげる作業に戻った。これで納得するもよし、喰らいつくもよし、気配で様子を伺う。
「あの、見るとは具体的にはどういうことですか?」
「見る、それ以上でもそれ以下でもねぇだろ。なんでも聞こうとするな。いいか、武ってのは体以上に頭を使う。適当に剣を振ればそれなりに使えるようになるだろうがな、十年振ってようが、意味を理解して振ってる野郎の一年には及ばねえんだよ」
腹を食いちぎられた魚の串を突き付け、アラタはふんと鼻を鳴らした。
さて、どうか。これだけ言ってわからなければ才能なしと判断せねばなるまい。アラタとて無能の世話をするほど暇ではないのだ。
「考えろや、自分でな」
リディアにしてみればあまりにも傲慢だろうが、アラタはこれが最初の見切りだと決めていた。ここで気づきを得ぬならば、夜闇に紛れてとんずらするつもりである。
武に限った話ではないが、それほどに思考というのは重要だ。
それこそスポーツでもいい。野球やサッカー、種目は何でもいいが、熟練者が何気なく行う動作に無意味なことがあると思うだろうか。愚か者どもはやれかっこいいだの、無駄な動きだのと好き勝手に言うものだが、お前らに何がわかるのかという話である。
道を追求するとは、すなわち無意味を削ぎ落し、意味を残すことだ。
あらゆる動き、あらゆる仕草に意味がなければならない。無意味とは即ち隙であり、隙は即ち敗北への片道切符である。
意味とは
しかし、その
思考し、気づき、追及し、噛み砕く。その上で初めて己が血肉として理解に及ぶ。理解をすればさらにその先の無駄に気づき、理は無限のごとく研ぎ澄まされていくのである。
アラタにとってそれが即ち道であり、
じっと見つめるアラタに何かを感じ取ったか、リディアは顔つきを引き締め、真剣に考えこむ。
そうして、ゆっくりと顔を上げた。
「一歩引いて見る、でしょうか」
「あん?」
ちゃんと説明しろと促せば、リディアは困ったように頷く。
「間違っても笑わないでくださいね。その、アラタの動きは速いわけではありません。ただ、見えないのです。それがなぜかわからない。どこからともなく手が伸びて来る……なら、一歩距離を取れば視界も広がるでしょう。そうしたら、どこから来るか見えるかもしれません」
「はぁん。なるほどな」
骨だけが残った魚を頭から齧り、ぼりぼりと噛み下く。
多少食いづらいが、これが美味い。油で揚げればなおよいが、出来ない贅沢は言いっこなしだ。
噛み砕いた骨をごくりと呑み込み、答えを求めて目を輝かせるリディアの額をぴしゃりと叩いた。
「痛いっ、あ、間違いでしたか……」
「そうは言ってねぇよ。いま一歩引くと言ったばかりなのに、なんで距離を取ってねぇんだよ」
「あ、そうですね。確かに……これでどうでしょう?」
一歩と言わず、二、三歩ほどの距離を離れたリディアに、苦笑する。
「それじゃあ、そもそも俺の手が届かねえだろうが」
「あ、それもそうですね。あれ、ということはもしかしてこれが正解ですか?」
何ともうれしそうに笑うものよ。
純真なのだろう、根が真っすぐな性格が良く分かり、笑うこともできない。
アラタは「やれやれ」と頭を掻き、「五点」と言った。
「じゅっ、十点満点で……?」
「阿呆、百点満点だ。千点でもいいぜ」
「それはもう不正解というのでは?」
「そう思いたきゃそれでいいさ」
微妙な点数ではあれ、納得してもらえた。
そう思っているのであれば残念、今一歩である。
安心しきってほっと息を吐くリディアに、アラタはいかにも何気ないという様子で誘惑の手を差し伸べる。
「なぁ、自分で考えるのは面倒くさいだろう。最近は答えをもらうのが当たり前って風潮だからな。お前が答えが欲しいなら教え方を変えてやってもいいぜ。その方が楽だろ?」
これで楽を選ぶならそれまで、易きに流れる弟子などただの愚図である。
少し悩むくらいならばまあそれなりに見直してやるか、そう思っていたアラタだが、リディアはそんな予想を裏切る速さで即答した。
「いえ、結構です」
「……なんでだい。師匠の優しさを断るってぇのか?」
「そうではありませんが……」
リディアは自身の考えがうまく言葉にできないのか、うぅん、と唸ってから、言葉を選びながら口を開いた。
「さきほど、アラタは自分で考えろと言いました。だから、考えたんです」
それで、と目線で促す。
「アラタは、先ほど教えてやってもいいと言ったでしょう。それが良いではなく、そうしてもよい、です。つまり、それは恐らく最良ではない。しかし、自分で考えろと言った時はきっぱりと断言しました。ですからアラタにとって最も重要なのは、自分で考えることだと思うんです」
「へぇ、なるほどな」
言葉など無意識でしかない。
よく気づいたなと感心したアラタだが、リディアはそこで終わらず、「それに」と続けた。
「よくよく考えてみると、答えを教えてもらうというのはその……」
「その?」
「ズル、じゃないでしょうか?」
アラタは丸くなった目でリディアを見つめた。
「ズル?」
「はい。ズルです」
アラタはぽかんと口を開け、次の瞬間には破顔した。
「なるほどなぁ……ズルか、そうか。なるほど……そりゃ面白ぇ考え方だな」
かかっと笑い飛ばすアラタは、なぜか楽しくて仕方がなかった。
いいじゃないか、一歩下がる。
くだらないし、実に意味のない回答ではあるが、しっかりと考えていやがるのだ。そうして考えないことはズルだと言い切る、その素直さが心地いいではないか。
いいじゃねぇか、なぁ。
誰に言うでもなく、アラタは心の中でその言葉を繰り返していた。
◇◆
夜も更け、しんと静まり返る。
リディアは野盗から奪い取った携帯用の薄い毛布を頭から被り、焚き火の側ですぅすぅと可愛らしい寝息を立てていた。
子供は良く寝るもので、その姿は微笑ましくある。
リディアが寝入ったのを確認して起き出したアラタは、少し離れた森の中に分け入った。
リディアと旅を始めてからではなく、50年続けた深夜の習慣である。
「さぁて、爺の時間といくか」
誰もいない森の奥深くに到着すると、こふぅと独特の息吹を吐き出す。
だらりと脱力し、自然体。
親指一本で鯉口を斬り、腰を回転、鞘を後方へ投げ出す勢いで振り抜く。
同時にくるりと右手首を回転させれば、幻夜の霧からにじみ出るがごとく、瞬時に抜刀された刀が手の中に現れた。
目にも止まらぬと言う言葉がまさしくぴたりと来る、瞬息の抜刀である。
腕ではなく、腰で、手首で抜く。
刀を鞘から抜くのではない、刀から鞘を抜くのだ。
気づけば刀は敵の喉元へ、あとは突くも撫ぜるも自由自在というわけだ。
しかしアラタは己の技に満足いかなかったか、ちっと舌打ちを漏らして再び構えを取った。そうして再びの抜刀、気に食わぬと再度の抜刀――十数度の抜刀の後に、ようやっと満足したようだ。
刀を肩に担ぎ、顎をしゃくる。
短い時間ではあれ、稽古はそれで十分だ。
意味のある一振り、それこそがアラタにとっては何よりも重要だった。
「さて次は、お前の力を借りる稽古だな。相棒、よろしく頼むぜ」
そう言うと刀がぶるりと震えた。
比喩ではなく、事実として刀が震えたのである。
そして次の瞬間、アラタの中にあり得ぬほどの熱が沸き起こった。
「くはっ、来た来た、来たなおいっ」
一瞬にして大量の汗が吹き出し、それどころか蒸気まで立ち昇る。
馬鹿げた絵面だが、それは虚仮脅しなどではない。筋肉が膨張するなどの見た目の変化はないが、しかし確かにアラタは己という存在が一段上に上がったことを自覚していた。
強化、それが神剣たる風切市右衛門の力だ。
月明りに照らされた大木に向き合い、にまりと笑う。
アラタが両手を伸ばしたとて抱え込めぬほどの大木で、刀で斬るなど夢のまた夢である。いかに剣に生きた剣豪であるとて、無理を押して道理を破れぬは当然のこと。
されど、いまならばどうか。
「
気勢一閃、神速の抜刀からひゅたりと刀を振り抜く。
結果は一瞬遅れてやってきた。
斜めに入った刃の軌跡を辿るように、大木がずるりと滑ったのである。じわりじわりと動き続けた大木はやがて限界を迎え、重力の鎖に引き寄せられるように傾ぎ、轟音を立てて倒れ伏した。
「ははっ。まったく、笑っちまうわな。俺の五十年が馬鹿みてぇだぜ」
納刀したアラタは嗤いながらそう言うと踵を返した。
この大きな音でリディアが起きているだろう。
「闇夜に怖がる前に、馬鹿弟子を寝かしつけに行ってやらねぇとな」
軽口をたたくアラタの横顔に寂寥の色が浮かんで見えたのは、降り注ぐ月光の悪戯だったのだろう。
少なくとも、アラタの声に寂しさが滲むことはなかった。
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