弟子(美少女)、未熟なれど見込みあり?

 それからしばらく、街までともに歩いた。

 一番近い街まで八日の距離というのだから、それを聞いたアラタは改めてリディアの無鉄砲さに呆れてしまった。


 それもそのはずで、徒歩での移動が基本とはいえ、女の一人旅などほとんどいないのだ。

 行商人が集団で移動する商隊に随伴するか、街から街へ定期的に行きかう乗り合い馬車で移動するのが普通で、それにしても二の足を踏む。


 それだけ女一人という状況には危険が伴うのだから当然だが、女が一人で旅をするにはよほどの考え無しか、事情持ちというわけだ。


 その意味で言えば、リディアは後者だろうか。

 両親と祖父を失くしたところに婚約者の裏切り、まさに泣きっ面に蜂だ。

 まだ若いリディアが失意で茫然としてしまい、注意力が散漫になって馬鹿げた行動にでてしまうのも致し方ないのかもしれない。


 とはいえ、だ。

 それはただの小娘に限って許される話であって、武に生きると決めた弟子がそれでは困るのも事実。冷静であることは生き残る上で最も重要であり、一瞬の判断が必要な死合いの中で死守すべき支柱であった。


 街道を並んで歩くリディアを横目に、アラタはどうしたものかと頭を掻いた。


「どうかしましたか、お師匠様」


 にこにこと満面の笑みで、嬉しくて仕方ないらしい。

 旅を共にするようになってから一日、ずっとこの笑顔である。

 わずかに苛立ち、手に持った枝でぴしゃりと頭を叩く。


「痛いです、お師匠様!」

「馬鹿野郎が。お師匠様と呼ぶなと何度言えばわかるんだ。それに、その喜色悪い喋り方もやめろ。しゃちほこばったのは嫌いなんだ。普通にしろ、普通に」

「でも、お師匠様はお師匠さまですし……」


 反論を防ぐように腕を振り、再び頭をぴしゃりと叩く。


「あ痛っ、全然避けれないんですがっ!」

「油断してっからだ馬鹿め。常に意識を張り巡らせて攻撃に備えておけ。それと、次にお師匠様と読んだり、くだらねぇ喋り方を続けるなら、その辺の木にくくりつけてとんずらっすっからな」

「えぇー……」


 嫌そうな声を漏らすリディアだったが、アラタの冷たい視線に睨みつけられ、「はい!」と背筋を伸ばした。


「でも、私は貴族出身ですよ。これがなので、そこまで変わらないと思います」

「別にいいんだよ、変に相手を上げようとする姿勢が気持ち悪いんだ。心構えの問題でな、それが普通ならそれで構わねえよ」

「よくわかりませんね……あ、お師匠様と呼んではいけないのなら、何と呼んだいいでしょうか?」


 アラタはふぅむ、と顎をしゃくって考え、「アラタでいい」と言った。


「わかりました。では、改めてよろしくお願いします、アラタさん」

「さんもいらねぇ。ただのアラタだ」

「わかりましたけど、注文が多くないですか?」

「知るか。弟子なら師匠の言うことに従いやがれ」


 はんっ、と鼻を鳴らすアラタだが、リディアはその言葉に笑みを浮かべた。

 なんだかんだ言いながら、弟子として認めてくれているのだ。やはり自分の見る目は間違いなかったと上機嫌になりながら、再び振るわれた木の枝を額に受けて「ぴぎゃっ」と妙な声を漏らした。


「ちょっと、いくらなんでも顔はひどいと思います」

「あ? 剣を志すのに男も女もあるか。嫌なら避けろ。そんだけだろが」

「むぅ……ならば、私からも攻撃しますよ!」

「あぁ?」


 意味が分からぬ返答に振り返れば、リディアが街道沿いの森の中に踏み込んでいた。

 足を止め何をしているのかと見れば、どうやらアラタが持っているのと同じような木切れを探しているようだった。


 畏れ知らずというべきか、本気でアラタに攻撃をしかけるつもりのようだ。

 それを悟ったアラタの呆れは凄まじく、「冗談だろう」という言葉が顔に浮かんでいた。


「おい。お前の実力で俺に攻撃して当たるわけがねぇだろうが。それよっか、まずは避けることを覚えろ」

「避けるのはよくて、攻撃するのは駄目なんですか?」


 ひょこりと藪から顔を出したリディアは不思議そうだ。

 きちんと説明しなければ駄目かと嘆息し、アラタは手近な岩に腰を下ろした。

 革製の水袋の栓を抜いてぬるい水を呷り、栓をしてリディアに放った。


「いいか、攻撃は最大の防御なんて言う奴もいるがな。そんなもん、真っ赤な嘘っぱちだ。剣において重要なことは、生きることだ。どれほど泥臭かろうが、情けなかろうが関係ねえ。生きて生きて生きて、生き抜け。そうすりゃ、いくらでもやり直しができる。勝つまでやり直せば、お前が勝者ってわけだ」

「それでは、攻撃は練習しなくてもいいということですか?」

「違う。防ぐことは即ち、殺すことだ」

「防ぐことは殺すこと……?」


 今一つぴんと来ていないリディアの額に木の枝をぴしりと当て、アラタは肩をすくめた。


「ま、今のお前にゃわからん。まずは避けてみろや」

「は、はい」


 すでに数度同じ場所を叩かれ赤くなり始めている額を撫でながら、リディアは素直に頷いた。


 そういうところは素直なんだなと思いつつ、さらに頭をぴしゃり。

 油断大敵、アラタから見れば無防備すぎて笑ってしまいそうだ。


 結局夜になり野営を始めても、リディアは一度も攻撃をかわすことはできず、アラタに頭を叩かれた回数は軽く見積もっても百を超えてしまった。


「アラタ、いくらなんでも頭を叩き過ぎだと思います。もっと違うところを叩いてください」


 礼儀正しく姿勢を正してそんなことを言い出す。

 革袋から水を飲んでいたアラタが盛大に噴き出したのも無理はあるまい。


「げぇっほ! ぐへ、最悪だな。お前さん、その発言はちいとまずいぜ」

「なぜでしょうか。これ以上頭を叩かれると馬鹿になりそうです。困ります」


 アラタは疲労を感じて無言で首を振った。

 少なくとも、うら若く特級の美少女が男に向かって言ってよい言葉ではない。そもそもの話、少しばかり普通の趣味とは異なりすぎるだろう。とはいえ無自覚であればそんな理屈も意味はなく、アラタはどう説明したものかと悩み、すぐに馬鹿馬鹿しいと思考を放り投げた。


「まあ、なんだ。尻やらなんやら叩かれたいってんなら構わねえが、そういう発言は寝所で好きな男にだけにしとけや」

「それはどういう……あっ」


 ようやっと気づいたらしく、リディアの顔がみるみる真っ赤になっていく。


「あの、違いますよ?」

「わかってる、わかってる」

「あの、本当に違いますからね?」

「わかってるって」


 真剣な顔でにじよってくるリディアの圧力はなかなかのものだが、ちょいとばかり暑苦しい。さらに「違うから」と連呼して近づくリディアの額をぺしり、ぺしりと叩いて追い返す。


「あうっ、本当に避けれませんね……なぜでしょう。何かコツのようなものはあるんでしょうか?」

「素人が昨日の今日で避けれるようになってたまるか。武の道はそんな簡単じゃねぇ……と、言いたいところだがな。まあ、あるぜ」


 言いながら焚火の薪をつぎ足し、ついでとばかりに焼きあがって香ばしい香りを漂わせる魚の刺さった串を取り上げる。


 小川が近くにあったことが今日の野営地選定の決め手だ。

 小川には魚が多く泳ぎ、人が近づくことがないのか警戒心もなく取り放題だった。

 腸を抜いて串に刺し、塩を振って焼いてやる。簡単だが、まともな調理器具と材料のない野営ではこれ以上ないほどのご馳走である。


 身のたっぷり詰まった腹にかぶりつけば、じゅわりと魚のあぶらと、白身のほろほろとした食感が口の中に広がった。


「はふっ。うむ、美味いな」

「いえ、そうではなく、コツを……」


 食ってるんだから黙ってろと額をぴしゃり。

 とはいえ叩かれた場所を抑え、涙を浮かべながら未練がましく見つめて来るリディアの視線を無視して食い進めるのはいかにも食事が不味くなる。


 せっかくの魚だ、美味しく食ってやるのが礼儀というもの。

 アラタは「仕方あるめぇ」とため息をついた。

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