剣豪じじい、美少女に折れる

「ああ、つまり信じていた婚約者に裏切られての傷心旅行ってわけか。初心なこったな」


 リディアの身の上話を聞いたアラタは、「やれやれ」と後頭部を乱暴に搔きむしった。

 なんともはや、面倒くさい。


 アラタとて世界を遍歴してきたわけで、野盗が出る場所など珍しく感じない。

 しかしそういう場所は往々にして治安が悪く、かつ人里離れているものだ。そんな場所に一人でいて、さらに神剣まで持つ女などきな臭いどころの話ではない。


 話を聞いてみればやはり面倒くさいことこの上ない。

 さらに言えば――


「そういうことですから誰に憚ることなく自由の身、武に生きる覚悟でおります!  どうか私を弟子にしてください‼」

「だから嫌だって言ってんだろうが、お師匠様もやめろ!」


 これである。

 生まれてこの方、弟子など考えたこともない。

 アラタは正真正銘、自分の事しか考えずに生きてきた偏屈な男なのだ。

 いや、ただひたすらに最強を目指したその姿は、あるいは純粋であるかもしれない。


「いいか、俺は弟子なんて取ったことがねぇし、取る気もねぇ。ましてやお前、女なんてどう扱えばいいかわからねぇよ!」


 目の前には超ド級の西欧風美少女が鎮座し、一挙手一投足見逃すまいと鼻息も荒く正座している。


 これを弟子に?

 還暦も過ぎた爺ならばともかく、体だけは若返って精力も復活している。

 下手をしなくても下手をしかねない、そんな馬鹿なことができるものか。まして世界中を神剣狩りと洒落込もうというのに、素人を連れ歩くなど悪夢もいいところなのだ。


 だがリディアは頑として折れず、強い意志を漲らせて見つめてくる。


「弟子にしてもらえるまで、ここを動きません!」

「ああ糞、じゃあ動かないでそこで座ってろ、この馬鹿娘が!」


 元々気が長いほうでないアラタが爆発するまで、そう時間はかからなかった。

 すでにこの辺りの簡単な地理は聞いていたから、逃げようと思えば可能なはずだ。しかしさすがに少女を一人で森に放置してとんずらするわけにもいかず、ひとまず考えるのは後回しにして腹ごしらえの準備をする。


 兎を狩り、解体し、火を起こして肉焼きだ。

 死人に口なし、荷物なし、ということで野盗の荷物は全て接収したが、塩があったのは幸運だった。


 焚火の前にどかりと腰をおろし、じっくりと火の番をする。

 肉が焼け、落ちた油が焚火の中でばじりばじりと爆ぜる音を聞けば、少しは頭も冷えた。


 野盗の荷物を漁った時に気づいたが、アラタの持ち物は相棒たる刀と、着古した着流しだけだった。


 他にも幾つも持っていた手荷物はすべておじゃん、こちらの世界には持ち込めないということらしい。色々便利な武器や道具の類もあったのに、惜しいものだとため息をつく。


 しかし、落ち着いて見れば今更ながら異世界にやって来たのだなと感慨深かった。


「なあ、俺は何歳に見えるよ?」


 なにやらアラタと肉の間で視線を行き来させていたリディアは、唐突な問いに飛び跳ねるように背筋を正した。


「そっ、そうですね。三十代……あ、いえ、落ち着いていらっしゃるのでそう見えるだけで、お顔付きだけなら二十代かと思います!」

「何の気遣いだよ。心配すんな、俺ぁ昔から老成してるって言われてっからよ。まあ、実際爺だから老成も糞もねぇんだがな」


 はっ、と鼻を鳴らすと、リディアは再び首を傾げた。


「爺……ですか?」

「おう、見かけが若かろうが、中身が爺だからさ」

「中身が、爺……?」


 なおさら分からなくなったのか、頭の上に「?」マークが浮かんで見えるようだ。


 先ほどから話していて思うが、どうもこの少女は愛嬌がありすぎる。

 無防備と言い換えてもいいが、その素直さは美点ではあれ、武の世界では足枷だろう。


「俺は異世界からやって来た人間でよ、こう見えて五十を超えた爺なのさ。この姿は神剣狩りを請け負った俺への、神さんからの褒美ってわけさ」


 焚火に薪を足し、返事がないことに不審を抱く。

 しかしよく考えれば当然のことで、いきなり異世界から来ただの、神様から褒美で若返らせただの、普通に聞けば与太話もいいところである。


 ああ、これは呆れられたか、怒らせたか。

 当たり前の反応を想像して顔を上げたアラタだったが、しかしそこにあったのは予想外の反応だった。


「す、素晴らしいです、お師匠様っ!」

「……はぁ?」


 間の抜けた声を上げたアラタに非はあるまい。


「疑わねぇのか?」

「はい、疑いません。お師匠様を疑う弟子などいるでしょうか?」

「あ、おう」


 もはや弟子じゃねぇと否定することも忘れ、呆れ果ててしまった。


「しかし、神剣狩りですか……ついに、という感じですね」

「あ? 何がだよ?」


 リディアははっとした表情で、「そういえば違う世界から来られたのでしたね」と頷いた。


「神剣は戦い合い、喰らい合い、位階を高めて神の王となる。それが神代の時代からある当然の理です。しかし、神剣はそれ一つで軍勢とすら渡り合える力の結晶です。神剣はいまや国家の抑止力となり、失われてはいけない代物となっているのですよ」

「神さんの意向は無視かよ?」

「残念ながら、神がこの世界に力を及ぼしたという事例はありませんから……ならば、神剣をどう扱おうが怖くないということなのでしょう。いまでは神剣同士が戦うことは暗黙の了解で忌避されます。それが国であれ、個人であれ。仮に戦ったとしても、相手の神剣は喰らわず、そのままの状態で保持するのが通例です」


 なるほどな、と嘆息しながら兎肉を火から取り上げる。

 これは神さんが場を荒らせと命じるのも納得というもので、アラタはつまらない考え方だとせせら笑った。


「お前さんはいいのかよ。俺は神剣を最後の一本にするよう神さんに依頼されてきた人間だぜ。この世界の常識とやらと真っ向から対決しちまうがよ」

「それは……思うところはありますが、仕方ないことでしょう」


 リディアはきっぱりと言い切る。


「結局、強い者が勝ちます」

「ぶはっ、お前さん、なかなかいい根性してるな」

「そうでしょうか。何か変ですか?」


 変も何も、それは武人であるアラタが言うべき言葉である。

 少なくともうら若く、美しい少女が口にすべきではない。


 とはいえ、アラタも少しばかり少女のことを見直していた。

 足手まといだとばかり思っていた少女だが、これがどうして、なかなかに見所がある。


「とりあえず、喰うか。お前さんも腹が減ってんだろ?」


 先ほどから肉とアラタの間で移動するリディアの動きが活発になっていた。

 腹が減ってはなんとやら、さっさと肉を切る。中身は良く焼けていて生焼けの心配はなさそうで、切り分けた一切れをリディアに放った。


「熱っ、熱いです、お師匠様!」

「うるせえな、お師匠様はやめろ」


 話をしている間にある程度表面は冷めているもので、それほど熱がるほどかよと呆れながら残りの肉にかぶりつく。


 リディアは焚火から取り上げた焼け残りの木切れに肉を突き刺そうとわたわたしながら、ふと顔を上げた。


「そういえばお師匠様、神剣狩りをするとのことでしたが、どこに神剣があるかご存じですか? この世界の常識に疎いようですが……」

「あ、そりゃあお前……」


 答えようとして、まったく先を考えていないことに気づいた。

 悔しいがリディアの言う通りで、アラタはこちらの世界の常識にまったく詳しくない。神剣狩りをするにも、まずは情報収集からということになるだろう。


 それに気づけば舌打ちが漏れた。

 世界中に散らばり、しかも国が保管する神剣に戦いを挑む。

 やってできないことはないし、必ずやり遂げるつもりだが、相当の時間と労力を要するのは間違いなかった。どこかでこの世界の地理や神剣の場所を知っている人間を雇うのが早道だろう。


 そうしてみれば、何やらきらきらした目でこちらを見つめる少女が一人。

 嫌な予感と、それしかないかという諦念が沸き上がり、アラタは深々とため息をついた。


「なあ、お前さん。もしかして神剣の場所やら保管している国なんかの常識を知ってたりするか」

「こう見えて、国でも上位の貴族家の子女です。王宮主催の舞踏会など、他国の貴賓と接する機会も多くございますから、それなりに知識は有しています。もちろん、神剣のほとんどの所持者を把握していますよ」

「なるほどな。よし、じゃあちょっくらそれを教えて――」

「嫌です」


 きっぱりと断られ、アラタは「あ?」と胡乱気な声を漏らした。

 だがリディアは臆することもなく、破顔する。


「弟子にしてくれなければ、嫌です」


 アラタは再び、深いため息をついた。

 悟るには十分だったのである。


 この女、折れない。


 アラタは渋々頷くしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る