14 Outside of inside of inside of

 目の前に現れたのは、心を切り裂く絶景だった。

 赤と青の花が咲き乱れ、美しさを取り囲むように大木が聳え立っている。周囲は絶壁で、遥か先には宇宙みたいな光が続いている。

 龍の鱗の如き分厚い雲が蜷局を巻き、底のない永遠を覆い隠していた。

沈みゆく太陽が留まり続け、紫色の絶叫で世界を染め上げている。


 走って、走って、走って、走って。

 やっと辿り着いたこの未来。俺達はすでに限界に達していた。


「わわっ!?」

「絵梨!」


 絵梨が足を引っかけて、体勢を崩す。慌てて受け止めるが、俺にも余力はなかった。受け止めきれず、2人抱き合って倒れてしまう。


「あ……ご、ごめん」


 絵梨を押し倒す形になってしまった。ほんのりピンクに上気する肌に、着崩れた服。乱れた息遣いが淫らに思える。一瞬見惚れてしまったが、冷静になって慌てて飛びのいた。

 絵梨は文句を言うでもなく、夢見るように上体を起こして、はだけた服を整えた。


「ううん……私は大丈夫だよ……」

「そうか……」


 面はゆい雰囲気に耐え切れず、俺も座り込む。

 微妙に視線が合わない感じがもどかしい。


「もう、私達だけなのかな?」

「分からない。でもそうなのかもしれない」


 やっと絵梨の部屋に辿り着いたけど、これからどうすればいいのか考えようがない。

 既にエリカの登録者数は80億に達している。80億人のカウントから漏れている人もいるらしいから、もしかしたらまだ世界に猶予はあるのかもしれない。


 でもどうすればいい? だって俺達は無力な学生だ。クレカだって持てないし、スパチャも出来ない。守ってもらうべき存在だ。


「絵梨、俺と一緒に暮らさないか?」

「え……」


 つい、そんなことを漏らしてしまった。

 なんて格好が悪い告白。運命や情熱なんかじゃなく、ただこの世界に2人しかいないから。一緒に生きていこうと言うだけの後ろ向きな逃走逃避。

そんなものを純愛という奴は、想像力が決定的に欠如している。


「うん……私は構わないよ」


 絵梨は優しい言葉をくれる。そりゃ、嬉しいさ。生まれて初めての告白をしたんだ。ドキドキしたし、泣きそうになった。OKを貰えたんだから、空も飛びたいような気分さ。


 でもそれじゃ、どっちも幸せになれない気がした。


「ごめん……俺……」

「そっか~。ごめんネ、勘違いしちゃって。やだな……星人くん優しいから」


 絵梨が立ち上がり、少し離れていく。

 俺にそれを止める資格は無い。


「ねえ、なんでこの世界は嫌?」

「みんなが幸せだから」

「苦労したい?」


 ああ。苦労せずに手に入れた幸せなんて、一片の価値もない。これまで幸せになろうと苦労してきた。その苦労と関係なく幸せが入るなんて……今更間違ってたと認めるには、俺は1人で進み過ぎた。

 だから、この世界は偽物に違いない。


「ん~……人は見たいものを見て、苦労して見付けた物をこそ、真実だと思い込む。だから苦労の無い世界には、真実なんてないと恐怖する。教育の賜物だね。才能ない人が絶望しないように、苦労こそが美徳だと教え込むの。何の才能も無い人にせめてもの勲章をあげるために、皆勤賞なんてものまで作って。ちゃんとした人は、報酬や成果に苦労なんて関係ない事を知っている」


 真実……真実とは何だろう?

 この世界に真実なんてないけど、きっと追い求めることこそが大事なんだと思う。


「星人くんも、ママやせんせーに、そう教えられたんだね♪大丈夫! 現実こそが答えだよ」


 絵梨は嫌みの無い、屈託のない笑顔を見せる。

 彼女にはこの世界の裏側を知らず、純真無垢なままでいて欲しい。そう願わずにはいられない。


「黒い化け物とか、不気味な人形とか……この世界は危険だ」

「影とか紙とか? どうしてそんなものが危険だと思ったの?」

「なにか分からなかった。見たことなかった」

「そ。大丈夫、怖くないよ」


 絵梨に頭を撫でられる。

 彼女はいつの間にか、女王様みたいな服を着ていた。


「私の王子さまになってよ♪」


 俺はいつの間にか王族みたいな服を着た、背の高い男になっていた。

 体の小さな絵梨は、するりと腕の中に入ってくる。


 抱きしめて……いいのだろうか?


「あ……ご、ごめん」


 押し倒す形になってしまった。ほんのりピンクに上気する肌に、着崩れた服。乱れた息遣いが淫らに思える。

 一瞬見惚れてしまったが、冷静になって喉が詰まる。


「あの……幼馴染がいてさ……その…長いこと話してなかったんだけど、この前再会して……思い出いっぱいあって、小学生の時とかよく遊んで……あと、あれ? 思い出せないけど、でも………ゲームとか好きで……漫画とかあんまり読まないらしいんだけど、オススメとかあって……その…………あっと………困ったな……えと……仲良くて……」

「うん」

「小学生の時、学校で話したり、一緒に登校した事もあって……あと……えと…プリント届けて貰ったり、給食届けて貰ったり……家、近くて………親も顔見知りで……………さ……」

「そうなんだね」

「……男は女の子の髪型に気付かないっていうけど…別にそう言う訳じゃない……髪型なんて毎日変えるものだと思ってるし……髪型変えた? なんて会話をしても、気もがられるから触れてないんだよ………『似合うね』『かわいいね』って言わなきゃいけないから、ハードルが高い…………女の子だって、男の子に髪型変えたんだねって、言わないでしょ………自衛だよ……………えと…………かわいいよ……」

「えへへ」

「束縛とか……あるよね、恋人に異性と会って欲しくないとか……男からすれば、あれっ結局は托卵されると困るっての話なんだよね……先進国では25人に一人の女性が、正式なパートナーではない男性の子供をはらんで、それを内緒にして育てているらしい……日本だと、20人に1人らしい……だから……えと、なんだろ………何が言いたいわけでもないんだけど、ごめんね、責めるつもりはないんだ……弱ったな……何が言いたいんだろ…………結局そこが問題なら、DNA鑑定をするって約束すればボトルネックは取り除けると言うか…………そう……だね……」

「うんうん」

「あの……初めて………なの?」

「あ!」

「え?」

「枝毛見付けた! 見て~」

「あ……うん……」

「それ聞いてどうするの? すぐわかるのに。それとも、聞いた方が興奮する?」

「いえ…あの……幼馴染がいて…あれ? なんだっけ? 困ったな……あの……分からなくて……」

「怖い?」

「いや……中学生の時鬱陶しい奴らに煽られて、ネットで知り合った人に…中学生ならだれでもいいって感じの男の人で……や、そう言うんじゃなくて……」

「うん」

「……………」

「……………」

「………………」

「………………」

「………………えと……その…」

「うん?」

「……………っ」

「大丈夫だよ、私は皆を幸せにするために生まれてきたんだから」

「なにそれ………」

「ふふん、焼いちゃった?」


 なにそれ……なにそれ、なにそれ、これは……ダメ……!?


「セイちゃん!」

「っ!?」


 突然後ろから抱き着かれた。

 この声は……絵梨?


 後ろを振り返ると、初期衣装の絵梨がいた。

 絵梨が2人? これなら一人貰っても気付かれないのでは?


「それは……エリカよ」


 初期衣装の絵梨は俺の背中に隠れ、裾を掴んで引っ張った。

 女王様衣装の絵梨……いや、エリカは、ゆっくりと俺から離れていく。


「ねえ? どうしてこの世界は嫌なの? 皆が幸せで、満ち足りてる。争いも無く、偏見も無くて、多様性に満ちた世界」

「そんな世界、よく分からない。きっと一見幸せに見える世界の裏には恐ろしい真実が隠されていて、誰かの犠牲の上に成り立っているんだ。そしてそれが露見して世界は崩れ、皆が不幸になる。映画や漫画はだいたいそうだ」

「ん~、なんで物語の話になるの? でも、そっか。幸せの中には、一抹の不安を感じる様に刷り込まれてるんだね。大丈夫! この世界はあなたに優しいよ。騙したり、裏切ったり、陥れたりしない。資源も豊富だし、誰かの涙の上に立っている訳でもない。皆が好きな姿で生きれるから、見た目で差別される事も無い。命に限りがある訳じゃないから、皆パートナーを見付けられる。もし無限に人が増えても、この世界は破たんしたりもしない。もちろん、命を減らす選別とか、ディストピアチックな事も無いよ~」

「みんなが幸せで差別も苦しみも無かったら、多様性なんてないじゃないか」

「みんな好きな姿で、好きな時間を生きる訳だけど……ん~、もしかしたら全員が私の姿になっちゃうかもね。だって私、世界で一番かわいいし! 究極は1つに決まっちゃうって事? それはそれでいいんじゃない。神様になりたい人は神様になれば。悪魔になりたい人は悪魔になれば」


 キラっと、エリカが笑顔を振りまく。かわいい。

 そうだ、それはきっと悪い事だ。


「じゃあ星人くんが、皆幸せな世界が気に入らないのは分かった! けど、戻って、どうするの?」


 どう?とは?


「今のあなた達カッコよくて、主人公とヒロインみたい。でも前の世界では、チビとブスでしょ? 幼馴染って属性に依存したって、意味は無いし~。好みでもなければ、気も合わない。昔から今に続く築きあげた関係性がある訳じゃないし、そもそもお互い下に見てる。今はただお互いに好みの見た目になったから、幼馴染だって薄い関係性に酔って一緒に居るだけ。見た目が良いって誤魔化しが無ければ、あなた達、一生一緒に居られる? これまで片時も一緒に居なかったのに」


 ルッキズムだ。良くない。


「もちろん、私には元の世界に帰る理由はある。登録者トップの配信者だもの! お金もその辺のサラリーマンよりあるし、社会的な地位もある。これから色んなことをやってみたいし、実現させる力もある。まだまだ夢の途中! 一生懸命頑張って手に入れた、他の人よりも上の場所! 奪われたらたまったもんじゃないってのは、当然の話よね」


 自分勝手だ。ズルい。学生なのにおかしい。


「でもあなたは? 誰も居ない教室で1人寂しく過ごすただの学生。勉強が得意な訳じゃないし、交友関係が広い訳でもない。いじめられてちゃんと授業も受けられない。頑張って学校に行ってるけど、まだ価値もない実り。大学に入って、就職するのかな? それとも高卒で就職? でも、うまくいく? うまくいったとして、望むものは手に入る? 子どもの頃のあなたが大人になったあなたを見て、泣き出したりはしない? 成功した配信者の幼馴染だって事実だけで、自分を正当化できる? 私が私だって知ってしまった後で、なにを支えに生きていくの?」


 俺は頑張ってる。


「あなたは今、望むものを手に入れてる。カッコいい自分、楽しい青春、かわいい幼馴染、お金に不自由しない生活、自分のことを好きでいてくれる女の子達。そして女の子の自分。この世界はあなたを否定しない。裏切らない。不安に思う必要もない。否定したければ否定してもいいし、そんなことであなたの居場所を奪わない。つまらなければ、刺激を求めたって言い。満足したら、世界は元通りで迎えてくれるから」


 なんでって、なんで? なんでなんでなんてきくの?


「そっか……大丈夫。あなたの考えを否定する気もないわ。自分の頭で考えたくないっていうのも、立派な選択だと思う。たとえそれが教え込まれ、刷り込まれた感情の惰性。反応や反射の類だとしても」


 勝った!


「じゃ! 気が向いたら、また声を掛けて。また新しい世界で会おうね~」


『おつ旧世界~』『また新しい世界で会おうね~』

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