7 Outside of inside of inside of

「やっば~! あの敵つよっ! てかエリカ押してるのに、ボタン効かない!」


 夜寝る前にベッドに寝転がり、新品のスマホを眺める。汚れ一つない大きな液晶には、エリカの配信がでかでかと流れてる。

 BPEXというFPSゲームの生配信。俺自身はBPEXはやらないけど、大会や結構なゲーム配信を見てきている。知識的には十分あるので、エリカがうまくないなりに頑張っているのはよく分かっていた。


「あ~、負けた! もぅ! 悔しい! あぁ!! ギリ半分じゃん! ダサ!」


 BPEXは99人のプレイヤーが、3人1組で戦場に下り、1位を目指すバトルロワイヤルゲームだ。

 エリカは残り10部隊まで生き残っていたが、突然近付いてきた部隊と撃ち合いになり、負けてしまった。後ちょっとで倒せる状態だったので、いつも以上に悔しそうで、語気が荒い。


「リロードしておくべきだったね」


 ボタンを無意味にガチャガチャ押してるエリカに、アドバイスのコメントを打つ。いや、口にするというのが正しいか。

 スマホショップでカタログ通り、ハイバネーション00は音声入力の精度が非常に高い。俺が口にした言葉がそのままコメント欄に入力され、一瞬で送信された。


「それな~! エリカ、リロード忘れる癖あるから」


 俺のコメントに、エリカが同意してくれる。まるで傍で話しているようなレスポンス。悔しさを共有できたみたいで、嬉しさがこみあげてくる。


 勝ち誇った気持ちでコメント欄を見ると、今ようやっと他の人の『エイムは良かった』『まさか詰めてくるとは!』というコメントが流れている。

 エリカは既に次のマッチの準備をしており、それらのコメントには目を向けていなかった。


 全能感というのだろうか? 星の数ほどいるエリカの登録者の内、今やり取りをしたのは俺だけだ。これを味わえただけでも、高い金を払ってハイバネーション00を買った甲斐があったと言えそうだ。


「………」


 配信の真ん中にはBPRXのゲーム画面が写されており、右下に2Dのエリカのバストアップが動いている。

 配信画面の下には、リスナーのコメントが配置されており、ぽつぽつと流れるばかり。俺は眠さも手伝って、特にそれ以上コメントもせず、それらをただ眺めていた。


 FPSゲームのコメントは荒れやすいが、エリカの配信では秩序の無いコメントはあまり見かけない。エリカがゲームガチ勢ではないのと、荒らしは一通りブロックし終えているのが理由だろう。


 あと、あんまり必死になって見ている奴が少ない。エリカのファン層的に、FPSが大好きで配信を見ている人の割合は低いからだ。

『ルールはよく分からないけど、エリカが楽しそうだから見てる』という人が大多数。つまりゲームではなく、ゲームをしてるエリカを見ている訳である。


 だからこれはゲームをしながら緩く雑談する枠。エリカがゲームに集中している間は、『がんばれー』とか『NF』とか打つくらい。

 コメントが盛り上がるのは1位を取った時や、エリカが何か話題を振ってきた時だ。それ以外はボケっと眺めて、寝落ちするならすればいい時間だ。


 ぶぅ!!


「あ」


 気を抜いてたら、結構大きな屁が出てしまった。

 まあ自分の部屋だし、どうでもいいかと思ったんだけど……


「え~! 誰かおならした~? 匂うんだけど! エリカが一生懸命ゲームしてるのに~」


 しまった!


 ハイバネーション00が、おならの音を拾ってしまったらしい。ゲームがうまくいってないエリカが、不機嫌そうにコメントを捕まえる。


 顔が熱い。たぶん真っ赤になってる。こんなの学校の先生を、お母さんと呼んでしまったあの悪夢以来だ。

 腹の底から粘度の高い冷たさが溢れ出て、掌全体に滲んでいくよう。なんか体がおかしい。


 どう誤魔化そうかと焦ったが、ふとコメントが凄い勢いで流れている事に気が付いた。


『あ! 私がおならしたかも』『俺の尻を嗅ぐなよ、エリカ!』『くんくん、これは青酸カリ』『先生! エリカがおならしました』


「エリカじゃな~い! もん!」


 リスナーたちは、俺を擁護したり、エリカのせいにするプロレスを始めたりしていた。エリカも心外だと否定し、すぐに笑い出す。

 流れの悪かったコメント欄も活発に動き出し、それにつられてかエリカも雑談をし始めた。調子の悪かったプレイも、ひと笑いして持ち直した感じがある。


 なんか……いい……。


 ボケっとしておならをしただけだけど、場を和ませた人みたいになってしまった。みんなやエリカとの一体感を感じる。

 小学生の時に、クラス中を笑わせたあの日の高揚感を思い出した。


 設定から音声入力の感度を下げつつ、心の中は実に誇らしかった。 

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