病院 Inside of outside of outside of

「お医者さんが、こんな所で何をしているんですか? 電気のついてない病院のロビーで、1人で黄昏てます」

「説明的だ。実に説明的だ。今日はナースかな」

「先生、『Outside of inside of inside of』読みました? 私は読みました。1ページずつ捲って読んだんです。一文字ずつ、丁寧に捕まえました。油断すると虫みたいに逃げるんです。知ってますか? 油の匂いがするんですよ」

「ああ。気が滅入ったよ」

「あれって結局、妄想なんですかね~。すいません、なんでしょうか?」

「君は医者じゃないだろう。簡単に診断を下すものじゃない」

「え? え? 待って下さい! 私は精一杯のことを言ったんです。褒めてくれないと自己肯定できません。すいません、なんでしょうか?」

「そうだな……私もそのような気がする」

「やっぱそうなんじゃないですか~。でもお医者さんがそう言うって事は、予想していませんでした。すいませんが、意見を変えて下さい」

「だがね。一口に妄想と言っても、それは現実と変わらなかったりするんだ」

「どういうことですか? すいません、なんでしょうか?」

「このペンは何色に見えるかね?」

「緑ですね。RGB(0, 128, 0)、CMYK(50, 0, 50, 0)、HSV(120°, 50%, 100%)、マンセル値2.5G 6.5/10、16進表記#008000」

「そうだろう。でも私には茶色に見えるよ」

「え!? どう見ても緑じゃないですか! 緑に見える様に嘘を吐いたんですか!」

「私は色盲でね。私にとっては、このペンは茶色なんだよ」

「ああ! 先生が変なんですね。それはそうと初めから言って下さい。初めから? 初めからだと、もう一度ここに来た方がいいですか? それとも出会いから、やり直すべきですか!?」

「変というのは、おかしな話さ。世界中の80億人が違ったとしても、私にとっては見えている世界が現実なんだ」

「え~、傲慢。こういう時は笑っていいんだよって、自分に言ってあげるんです。だから」

「君だって、たしか霊感があるんだろ?」

「そうですよ! この病院いっぱい幽霊いるんですから! ほら、先生の後ろにも沢山憑いてます」

「だから、君以外には見えないんだって」

「見えないなんて、皆変ですね~。私にとっては、見えてる世界が普通なんですよ」

「……とにかく現実とは人それぞれなんだ。完全に共通した認識なんてない。つまり正常な認知と妄想の境なんて、ないようなものなんだよ」

「すいません、ないようなものなんですよ、の声の大きさが気になります。もう一度言い直して貰っていいですか?」

「理系と文系の違いって何だと思う?」

「え! 言い直してと言ったのに、一言一句変えないって事ありますか! 私のこと嫌いですか? でも馬鹿にしないで下さい。数学が得意か、国語が得意かってやつでしょ?」

「1+1をどう捉えるかの違いだよ。理系の人は1+1を2だと考えられる。一方で文系の人は1+1が2であることを受け入れられない」

「じゃあ、私理系だったんだ! お医者さんになるべきだったのかも知れない。変わってくれますか?」

「ここに1本のボールペンがある。そして更にもう1本加える。これでボールペンは何本だい?」

「2本ですね~。すいません! ですねの発音が変でした。日本ですね~。これでどうでしょう? 弐ホンですね~。今回はうまくいった気がします」

「でもね、こっちのボールペンは新品だけど、こっちのボールペンはインクが殆どないんだ。これで果たして、1+1で2本だと、1=1だと言えるかね?」

「私はインクが好きではありません。そのインクは赤ですか?」

「さらに切れかけたボールペンの黒インクを、新品の青に入れ替えて……これでボールペンは何本だい?」

「よかった! 2本ですね。あれ? これでは最初と同じではないですか? もう一度同じように、やり直して貰っても構いませんよね!」

「そう。人間は世界のことなんて100%正確に捉える事は出来ない。せいぜい1%程度で、残り99%は想像力で補っている。そして伝える言葉では100%が妄想さ。真実は0%でしかない。色だろうと、幽霊だろうと、妄想だろうと、何も変わらないんだよ。君たちは会話に真実や本質を求めていない、必要なのは共感だ。1%が合致していることが重要なのではなく、99%を似せる事に終始する。重視されるのはリアルではなくリアリティなんだ」

「足り直してください! そういってるじゃないですか!」

「あ」

「どういうことですか? やっぱり私は医者に慣れないって事ですか? あ! 先生なんて言ったから、怒ってるんですね。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

「エリカが死んだ」

「どうせ男に色目を使って、痴情のもつれで刺されたんでしょう。私あいつきら~い」

「そういえば君に掛かれば、どんなものでも妄想で済まされるんだったね。それは考察と言えるのかね?」

「やーい、バ~カバ~カ。お、面白い事を言ってしまいました! ぷぷぷ。あはは! あははははははははははははははははははははははほらわらってくださいあはははははははははははははははははは」

「そろそろ飯にしないか?」

「まだ早いよ」

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