4 Outside of inside of inside of

「あ~ら~、直人君ひさしぶりじゃな~い。相変わらず、かわいらしいわね」


 ゲロ吐いて自分の人間性すら疑った日の放課後。俺はなんとなく絵梨の家を訪ねていた。懐かしくなったとか声を聞きたくなったとか、はっきりした目的がある訳じゃない。

 本当に一片の理由も無く、強いて挙げるものすら思いつかない。


 もちろん連絡なんてしてなかったけど、久しぶりに会った絵梨のおかあさんは歓迎してくれた。嫌な顔一つせずに昔と同じに接してくれて、心が暖かくなる。


 小学生の時はよく遊びに来てたけど、中学になるとあまり寄り付かなくなった。男女の性を意識して気まずくなった訳じゃない。仲が悪くなってしかるべき、劇的ななにかがあった訳でもない。単に交友が薄くなっただけ。

 むしろドラマチックな変化が無かったから、遊ばなくなったのかも知れない。


 俺だって女の幼馴染という、強烈な属性には憧れがある。隣の家にかわいい幼馴染の女の子が住んでいて、毎日起こしてくれて、一緒に学校に行って、お弁当作って貰って、お互いに何でも分かっていて、実は好き同士で付き合ったりして。


 そんな最強属性に当てはまる絵梨に、特別を期待した事もあった。でも絵梨はなんというか、地味で特徴のないヤツだった。

 化粧っ気が無く、大きな眼鏡をかけ、手入れのされてない長い髪を、低い位置で2つ結びにしている。


 眼鏡を外すと美人だとか、美人の友達と知り合いだとかのヒロイン性も無い。単にどこにでもいるモブの女の子だ。幼馴染というだけで、話す動機も盛り上がる話題も無い。だから普通に疎遠になっていったのだろう。


 同じ高校に入ったが、それは偶々。家から一番近い公立を、お互い選んだというだけ。

 入学当初は物珍しさもあって話しはしたが、いつのまにか絵梨は学校に来なくなっていた。その理由も別に聞いてない。聞かされていないことに、寂しいとも思わなかった。


「あの子ね~、PC買ってから引き籠ってね~。外に出なさいっていっても、なにも聞かないの! ご飯作ってもリビングに来ないし、部屋で食べるのよ! あ~恥ずかしい! お父さんは女の子だし放っておけとかいうし。親戚やご近所さんからひそひそ言われて、肩身の狭い思いをしてる私の身にもなって欲しいわよね! あ、絵梨は部屋にいる筈だから、できれば連れだして来てちょうだい! 私が行っても喧嘩になるだけだからね~。あの子ったら殆ど部屋から出てこないし、廊下で私を見かけたら無言で部屋に戻るのよ! 信じられない! あ、これあの子が頼んだウーバーイーツ。持ってってちょうだい。こんなもの使ってねー、流行かぶれっていうの? そんなんだから料理も作れない、コミュニケーション能力が低い今どきの若者になるのよ。どうせ結婚も出来ず、少子化問題を加速するだけだわ。あ! 直人くん、彼女いるの? ごめんだけど、あの子貰ってくれない?」


 絵梨のおかあさんは、一方的に喋り続ける。とりあえずへらへらと聞き流して、食べ物の入った紙袋を受け取った。

 逃げる様に家の奥に進み、絵梨の部屋のある二階に向かった。小学生の頃の記憶は鮮明ではないものの、さすがに場所は想い出せる。階段を登る時に頑張ってね~とか言われたけど、なにを頑張らせたいのかがさっぱりだ。


「暗いな~」


 記憶を頼りに廊下を進み、一番奥の扉で立ち止まる。事ここに至って、俺の全盛期で青春である小学生時代の記憶が、おぼろげながら形を成していく。なんだか少し泣きそうになった。


 青春は綺麗だ。でもそれは楽しかったからじゃない。あそこでああしてれば今も青春だったのにという、後悔によって眩しく輝くんだ。

 だから過去が色鮮やかであればあるほど、今がモノクロだという証明でしかなくなってしまう。


 たとえば、もし俺が彼女を作っていたら、女子全員が敵になる事もなかっただろう。そもそもあの先輩が告白してこなかったと思う。


「絵梨の部屋、こんなにちっちゃかったんだな……」


 穴倉みたいな最奥、この部屋に絵梨が引き籠っているらしい。扉の脇には空になった食器が置いてある。食べた容器はここに置いておき、後で絵梨のおかあさんが片付けるのだろう。


 ニートって感じだな……


 蔑みに陰りながら、ふと我に返った。思いついたまま来てしまったけど、別に絵梨に用事がある訳でもない。土産話もないし、身の上話をする興味もない。顔を合わせた途端に話題がなくなるに違いない。

 今日はいい天気だね、なんて天気デッキを振ってみても、きっと絵梨は外が晴れていることも把握していないだろう。


「あれ? 通知だ」


 やっぱり帰るべきか迷っていると、ポケットのスマホが震えた。何の通知かは、見なくても分かってる。俺が通知設定をしているのは1つだけ! エリカの配信だ。

 慌ててスマホを取り出し、YouTubeを開く。丁度OPが流れ、配信が始まろうとしているところだった。



(SNSでアナウンスは出てなかったけど、ゲリラ配信かな?)


 エリカはだいたい配信の数時間前に、SNSで配信の告知をしている。

 欠かさず確認している筈だけど、こんな夕方の配信の告知なんてしてなかったはず。そもそも今日は午前中に配信をしてるし、2回行動なんて聞いてないけど、なにかあったのかな?


「1億人が見えてきた記念!?エリカのチャンネル登録者数が、とんでもないことになってる!」


 確認すると配信タイトルが、【登録者数1億人見えてきた】【ようこそ新しい世界へ!】となっている。1億人なんて日本の人口だ。

 バグかとも思ったけど、インドや中国でバズったのなら、それくらい一気に増えてもおかしくない。


「とにかく配信を見れば真相は分かるはず! 何が起きたんだぁ」


 壁に背をもたれて廊下に座り、スマホで配信を視聴する。

 配信ではやっとOPが終わり、口をパクパクさせたエリカが映し出される。まだミュート状態で、配信環境を整えているのだろう。


 配信のコメント欄には、『おめでと~』とか『これはもう新世界だ~』とか、お祝いコメやスタンプが飛び交っている。何が起きているのか分からないけど、皆に合わせて『新世界!』のスタンプを贈っておいた。


「え?……あ、ちょっと!? 何するのさ!!……うっ」


 突然横合いから手が出てきて、誰かにスマホを奪われた。驚いて見上げると、目を血走らせた髪の長い女が立っていた。

 幽霊か妖怪の類かと驚いたが、どこかで見たことある気もする。


「……絵梨か?」


 尋ねると、女はハッとした表情になった。そして唇をぐっと噛みしめると、部屋の中に引っ込んでいった。

 俺のスマホを持ったまま。


 ――部屋の中からはガンガンと、硬いものをぶつける音が響き始めた。


「え? え? なんの音?」


 嫌な予感がして、開けっ放しの扉から部屋の中を覗く。電気は付いておらず、PCの明かりだけが眩しい。青白い光に照らされた不気味な女は、手に持った物体をテーブルの角にぶつけ続けていた。

 ……俺のスマホじゃねーか!?


「は? はあ!!? 何やってんの!」


 スマホを壊されたら、エリカの配信が見れないじゃないか!

 慌てて女を止めようと駆け寄る。だが……


「う……」


 女に睨まれ、立ち竦んでしまった。女の表情は正気じゃない。そもそも人のスマホを分捕って、破壊する奴がまともな訳がなかった。

 本能が関わってはいけないと判断して、目を逸らす。しばらく女の視線を感じていたが、やがて女は一心不乱にスマホを打ち付け続ける作業に戻った。


 ああ……配信が見れない……


 勝手にどうだとか、私は知らないだの、女は訳の分からない事をぶつぶつ言い続けている。もちろんスマホを粉砕する手を止める事は無く、画面だけじゃなくて本体まで壊れ始めた。

 飛び出る基盤や配線が血管や神経みたいだな、なんてどうでもいい事を考えながら。

 ただ自分のスマホが壊されるのを、奇妙に冷静な気分で眺めていた。

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