学校 Inside of outside of outside of

 誰もいない教室で、背の低い男が紙に何かを書き続けている。一心不乱に計算をしているようにも見えた。

 飽きもせずに何をしているのかと問うと、こちらも見ずに語り始めた。

「この宇宙の外には、別の世界があるかも知れない。そうするとさ、その別の世界にはこの世界と違う重力があるに違いないんだ」

 言われてみれば、そうかもしれない。観測可能な宇宙理論、メタギャラクシーというやつか。

「グレートアトラクターって知ってるかい?」

 知らない。

「簡単に言うと、宇宙にある星の光は、どこかから異常な偏差を受けているって話だよ。重力異常と言ってもいいかもしれない。これが起きる原因は、まだ解明されてないんだ。つまり原因不明の未知の力が、理論上起こり得る事象の邪魔をしているって事さ。この未知の力を、グレートアトラクターって言うんだ」

 なるほど?

「このグレートアトラクターを、この宇宙の中で発生した力だと考えている人も多いけど、俺は宇宙の外からの干渉だと思ってる。つまり宇宙の外にある世界の重力こそが、グレートあたらクター。外の宇宙の重力が、この宇宙の重力に影響しているって訳さ」

 そのグレートアトラクターを解明すれば、この世界の外を観測できるって訳か。ロマンだな。

「ロマンじゃないよ、リアルだ。夢を見たならね、一歩ずつ着実に、そこに向かって進まないといけないんだ。夢は現実の先にしかない。最大のロマンチストは、最強のリアリストなんだよ」

 言いたいことは分かるけど。今のままだと、ロマンはロマンでしかないだろ。

「なんでだい?」

 ここが小学校の教室だからだよ。だから小学生にできる事しか出来ない。

「……酷い事を言うね」

 酷いだろうか?本気で叶えたい夢があるなら、叶える方法のアドバイスはしていいだろう。少なくとも算数もどきではなく、真面目に宇宙科学でも学ぶべきだ。

「僕はこれ以上進めないんだ。背が低いからね」

 背の低い男は、紙に書く手を止めた。

 でも大学なら、飛び級で行けるんじゃないか?

「優秀でもないから」

 じゃあずっと夢を語りながら、ままごとみたいな数字遊びをし続けるのか。

「俺は俺なりに頑張るよ。努力はきっと報われる」

 それは根性ですむ次元なら、の話だ。徒歩で日本一周なら、努力で叶うかも知れない。でも徒歩で月に行きたいなんて奴を、どうやって見逃せって言うんだ。

「いつかきっと誰かが、徒歩で月に行く方法を考えてくれるよ。でもそれまで自分で何もしないっていうのは、苦しいんだ」

 背の低い男は再び紙に数字を書き始める。これ以上どんなに声を掛けても、手を止める事は無かった。

 それがどこにも向かわない情熱だと知りながら。知らなければまだ、救いはあったかもしれないけど。

「きゃああ!!!」

 突然悲鳴が上がる。背の低い男は奇跡的に数字遊びを止め、教室の外に飛び出していった。

 どこに行った?

 慌てて追いかけると、廊下の先に背の低い男の背中を見付けた。背の低い男は、躊躇うことなく理科室に飛び込んでいく。

「ああああ……あぁ……どうして……どうして……!!」

 理科室に入ると、背の低い男が何かに縋りついて泣いていた。

 女だ。顔を潰され、体中がぐちゃぐになった女が死んでいる。きっとエリカだろう。

「うぅ……そんな……なんで……」

 背の低い男は、ただ泣き続ける。掛ける言葉も見当たらない。

 時計を見ると、時刻は6時66分。エリカが毒殺された時間なのだろう。

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