☽第五夜 高鳴り

神アイテム

「はわぁぁ……どうしましょう。とても可愛らしいです……!」


 睡蓮は桃色に染まった頬を両手で包むと「はにゃ~」と脱力していく。


 ちなみに狐と言っても、白狐や黒狐のことではなく一だ。獣の、お稲荷さんの狐である。

 稲穂を連想させる綺麗な毛色が泥を被ったように薄汚れていたが、睡蓮には関係なかった。


「しかも見てください。ネクタイを付けていらっしゃいますよっ」


 睡蓮は瞳を輝かせながらそう皆へ笑顔を零すと、狐に向き直って腰を下ろした。どうぞ座ってくださいと言わんばかりに太ももを差し出して、腕を広げるのだった。

 狐も睡蓮に応えるようにぴょこぴょこと駆けていくが、


「待て」


 狛に首根をひっ掴まれて阻止されてしまう。

 狐は必死に四本足を動かすけれど、ランニングマシンで走っているかのようだ。前進出来ずに足元の砂利を転がして、砂埃を巻き上げていくだけだった。


「断りもなく真っ先に美月と融合したんだ。話を聞かせろ」

「な、なんできみに許可を取らないといけないんだよ。触るなって、放せよっ」


 狛に体を持ち上げられた狐は、さらに躍起になって体をバタつかせた。


「喋ったし……。睡蓮と融合っていうことは、こいつはやっぱり……」

「白狐さんと黒狐さんです」


 狐はギクッと体を硬直させた。狭い額から滝のような汗が流れる。


「まぁ狐たちあいつらと入れ替わって出て来たもんな……。にしても妙じゃないか? なんでこの一匹しか居ないんだ?」

「はぁ、言われてみればそうですね……。んん~ん~……あ! そうです! きっと融合の融合ではないでしょうか!」

「いや美月、少し違う。こいつは元々」


「元々?」と眉根を寄せる昂と小首を傾げる睡蓮に、「だああああ!」と狐が叫ぶ。

 白狐か黒狐と思われる狐は、自分の首根を掴む狛へ振り仰ぎ、つばをまき散らせながら言った。


「わかった。話なら聞かせてやるから、取り敢えず太秦さんのところへ戻ろうか! そ、それにほら昂。君も疲れただろうから、一度太秦さんが用意してくれている泣沢ノ泉なきさわのいずみに、巫女さまと入って来ればいいって」

「ナキサワのイズミ……そうだ、それ。さっき狛が言っていたけど、それって一体なんだ?」


「お人のお名前みたいですね!」と話の腰を折る睡蓮だが、狐は優しく笑った。


「ええっと泣沢ノ泉は、簡単に言うと穢れを祓う場所だよ。人は怨霊と接触するとどうしても穢れが移ってしまうんだけど、そもそも巫女さまは清らかだし、霊魂を慰撫いぶしてくれるから特に影響を受けやすいんだ」


「ですが私は何も……」と、自身の身体を見回して不思議がる睡蓮だが、その身を案じて昂は慌てた。


「駄目だ睡蓮。早く泉に向かおう」

「異議なし異議なし! 他にも訊きたい話はあるかもしれないだろうけど、また追々教えてやるからさ。今は早いとこ戻ろうか? それに早くしないとこっちが困る……」

「困るのですか?」

「だああああ! なんでもないよ巫女さまっ。それより昂、巫女さま心配だろ? 泉に早く!」


 二つ返事で昂は頷く。


「今はこいつの素性になんて構ってられない。睡蓮、泉に向かおう」


「は、はぁ」と、既に昂に手を引かれていた睡蓮が返事をした時だった。

 睡蓮の瞳が何かをとらえた。


「待ってください。あのっ、あれはなんでしょうか?」


 睡蓮が指を差すと、皆が一斉に空へ目をやる。

 上空に白い光を纏った小さな何かが浮いていた。やや縦長の四角い形のもの。


「怨霊……じゃないよな? なんかの本……? みたいにみえるけど」


 そう言いつつも、睡蓮を庇って立つ昂。だが睡蓮はじっとせずに、昂の背後から顔を覗かせた。


「大丈夫ですよ、ありがとうございます。ですが昂くん。何か見覚えがあるような気がしませんか……? それに嫌な感じもしません」

「ああ確かにそうだな、俺もそう思う。なぁ狛、あれが何かわかるか?」


 昂もいい加減この世界に慣れてきたらしい。現実離れした現象にも動じなくなっていた。といっても単に、狛たちが慌てる素振そぶりを見せないので危険に思わなかっただけかもしれないが。

 昂の問いには、狐がマズルを開けて答えた。


「まさか、これってしんアイテムかも?」

「新アイテム?」

「昂、正式名ではないから忘れていい。だがそうか……伝承の」

「出たぁ、伝承~っ」


 伝承に記述があるとされる神アイテムは、ゆっくりゆっくり下降していく。

 まるで意思を持っているかのように、自分の元へと近付くそれに睡蓮は魅せられ手を伸ばした。光は触れると消えてしまう。


「わっ……!」


 ぷつんと糸が切れたように落下するそれを、睡蓮は抱えて受け止めた。

 手に持って眺めた後、睡蓮は自分と同じように閃いた昂を見て笑顔になった。


「はい! これは御朱印帳ですねっ」

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