渡さない

「ヒノ、ミコ。ヤマト……? あっ、またです」

「いい、気にしなくていい」


 耳を澄ませる睡蓮に、昂は太秦へ睨みを利かせたまま首を振る。

 太秦は立ち上がりながら答えた。


「ああ、それは陽の巫女だけに響く、日孁ひるめの竪琴の音色だろう」

「ヒルメ……?」


 背中の辺りで結んだ髪は烏のように真っ黒で、反物から仕立てたであろう燕尾服は優美な気品が漂う。太秦の引き締まった体躯と相まうと、威圧感さえも与えるのだった。

 だがそれでも昂は臆さない。


「うるさい! 睡蓮を怖がらせたのはお前だなっ!」


 昂はカッと目を開くと、上空へ二枚の札を投げた。


「睡蓮は渡さない! 急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう境界きょうかい、我が姫を護れ!」


 呪符じゅふだ。生成り色をした札に、筆で描いたような文字が五芒星と共に浮かび上がる。

 そして発光したのち、温かな緑色に輝く亀甲が幾何学模様のように連続して配列していくのだった。

 そうしてたちまち障壁が現れると、睡蓮から離れて昂は再び唱えた。


排斥はいせき!」


 もう一枚の呪符も同じように反応した。今度は太秦に向けて術が発動する。

 バチンッと強力な静電気が起こったかのような音。見えない何かが太秦にぶつかったらしい。いや違う、当たっていない。それこそ障壁に護られているかのように、昂の術を跳ね返していたのだった。


「こ、昂くん!」

「駄目だ睡蓮っ、そこから動くな! くそ……! 急急如律令——」


 昂は必死に排斥の術を繰り返したが、太秦は眉一つ動かさない。


「陽の巫女、私と共に」


 不意に太秦は睡蓮に向けて手をかざした。

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