異人の青年

 低音の声。昂のものではない。むしろ睡蓮から聞こえてきたように思える。

 二人は見つめ合ったまま固まった。しかし昂の何か言いたげな視線に、睡蓮は堪らず首を振った。


「い、いいえ私は何も……ひゃっ!?」

「うわっ!」


 同時に声を上げた。睡蓮の胸の内側から何かが飛び出てきたからだ。

 しかし昂はすぐに自分の胸元に手を忍ばせると、生成り色をした古めかしいふだを一枚取り出す。碁石を掴むように中指の腹と人差し指で挟み、頬の横で構えた。もう片方の腕は睡蓮を守るように広げる。


「やっぱり行くんだよなぁ睡蓮。なら絶対に俺から離れるなよ……!」

「はい……!」


 周りを警戒しつつ、大鳥居を潜って境内に続く石段へ足を掛けた。


『この程度でを上げるのではないぞ小僧』


 声が聞こえた直後、二人の眼前に広がっていた景色だけがぐわんっと歪む。まるで両端から圧縮されたかのように、階段のふみづらの幅が一人分ほどにせばまり、そして石段の数が永遠と伸びていく。


「昂くん……」

「大丈夫だ睡蓮。お前は俺が必ず護ってやる」


 背中の着物を掴んで不安げにぴたりとくっ付く睡蓮に、昂はそう力強く言った。


「こ、コロンは」

「ああわかってる。ちゃんと連れて帰ってやろうな」


 普段と変わらない態度で優しく接する昂のお陰で、睡蓮は強張りながらも緩やかに口角を上げて頷くことが出来た。

 そして声に導かれ、なんとか精神を保ちつつ石段を上りきった二人だったが、そこでさらに喫驚きっきょうした。

 巨大な三柱みはしら鳥居が、満月を背にして正三角形を組んでいたからだ。


「な、なんだよこれ!? こんなのうちにないぞ!?」

「あっ昂くんっ、あそこに居ますのは先ほど廊下で見たカラスさんです!」


 その鳥居の真ん中で声と入れ替わって現れたのは、一匹のカラス。足が三本あり、体長は通常のものよりも一回ひとまわりほど大きかった。

 突如現れたそのカラスが、けたたましく鳴きながら翼を広げると、なんとも異様な存在感は強大に際立つのだった。


 二人が圧倒されている中、翼から散った無数の羽根が素早く螺旋を描いてカラスを包んだ。瞬時にして人の姿をかたどり、蝋燭ろうそくの火を吹き消したかのように漆黒の羽根が煙となって消えていった。

 煙が晴れると姿を見せたのは、なんと人間だった。カラスから姿を変えた美しい青年が、そこに佇むのだった。


 青年は睡蓮に向けて不敵な笑みを浮かべると、自身の胸に手を当て頭を下げながら片膝を着いた。


「我が名は太秦うずまさ。お隠れになった大御神おおみかみの神託を授かるという巫女みこを探しに参った。陽の巫女には、直ちに私とやまとへ来てもらう」

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