第17話
保健室を出て渡り廊下から外へ出る。これまでどおり、献花が第一校舎の壁に立て掛けてあった。これまで気にしたことはなかったが、坂尾が供え続けているのかもしれない。
無言のまま手を合わせ、ようやく心から伝えられる言葉を胸に抱く。
つらかったね。もし今度どこか出会えたら、次は、友達に。
また滲む涙に洟を啜り、手を下ろす。
「行きましょうか」
振り向いた私に、二人が頷く。それぞれ思うところはあるはずなのに、私の意志を優先させてくれた。友達とは、こんな感覚だっただろうか。希絵はもっと、と思ったが、あれはもう四年も前のことだ。小学生と高校生では、付き合い方も違うだろう。
「じゃあ、俺は部活に行く」
「うん。ありがとう、すごく助かった」
ああ、と返して位坂は一足先に離れていく。少しだけ安堵しているように見えたのは、多分当たっている。
「位坂くん、警察官の息子だったんですね」
「本人は『公務員』としか言わなかったけど、そういう噂だったよ。結構なお偉いさんで、ずっと単身赴任で家に帰って来てないって。本当だったみたいだね」
それで、祖父に育てられたのか。いるのに会えない父親、か。位坂は、父親のことをどう思っているのだろう。そのうち、話してくれたら嬉しい。
歩き出した西杵に遅れて、私も歩き出す。
「私、小六の時にいろいろあって、精神的な理由で体の成長が止まったんです。見た目が小学生みたいなのは、そのせいです」
「そうだったんだ。私、安易に『ちっちゃくてかわいい』て思ってた。ごめん」
「いいんです。もっと早く言えば良かったんですけど、気を使わせたくなくて」
「だよね。そういうの、私もあるから気にしないで」
あっさりと許してくれた西杵に感謝し、安堵の息を吐く。私もまだ、西杵が適応教室へ通っていた理由を知らない。それでも聞き出したいとは思わないし、話されなくても構わない。
「共田さん、先生のこと好きだったんだろうね」
「そうですね。何をしても、全て受け入れてもらえると思ってたんだと思います」
答えた私を、西杵は肩越しに振り向いて見た。
「……いや、いいや。どっか寄って帰ろ。バッグ取ってくるから、教室で待ってて」
怪訝な表情を返した私を誘い、校舎のドアを先にくぐった。本当はトーマスのところへ報告に行くつもりだったが、今日はやめる。今はもう少し、友達といたい。
階段前でひとまず別れ、教室へ向かう。
吹奏楽部のフルート部隊が練習している中へ静かに滑り込み、置き去りにしていたデイパックを掴む。ふと視線をやった共田の席は既に花もなく、授業中でもなければいないことが分からない。
――もう受け止められなくて、あの日、突き放してしまった。
そうなる前に、離れた方がいいのだろう。私はトーマスを不幸にしたいわけではない。突き放されるのは、怖い。じわりと胸に拡がる不安に唇を噛む。指先が震え始め、動悸が起きる。ああ、だめだ。薬を。
「志緒、お待たせ」
デイパックのポケットへ伸ばし掛けた手を止め、振り向く。ドアから半身覗かせた笑顔の西杵に、胸が落ち着いていくのが分かった。
頷いて、デイパックを肩に掛ける。少し震えの残る手を払い、西杵の元へ向かった。
「今日はどこがいい? またドーナツでもいいよ」
「そうですね。甘いのが食べたいから、またドーナツで」
うん、と頷く西杵の、ポニーテールが少し揺れる。相変わらず、さらりと流れる黒髪には見惚れてしまう。
――希絵ちゃんの髪、すごくきれいだから絶対アイドルに向いてるよ。
子供らしい拙い褒め言葉を思い出しながら、今日は編み込みにしたおさげの先を撫でた。
「先輩、髪もきれいですね」
「えーもう今日好きなの頼んでいいよ?」
機嫌良く笑う西杵と、生徒玄関へ向かう。もう一度、ここで始められるだろうか。思い浮かべた希絵はいつものように、輝くような笑顔を浮かべていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます