番外編 夏の初デートはピュア過ぎる
※男子ふたり(カナミツ)がただひたすらイチャイチャしている
苦手な方はそっと閉じて頂ければm(_ _)m
◇ ◇ ◇
「天さんが店員とか、大丈夫なの?」
「大丈夫だっつってんだろ。いいからデートして来いって」
開店直前のねこしょカフェ内で、珍しく天は、光晴と揉めていた。
その間、奏斗は慣れた手つきで店内の掃除と、猫たちの水やりをしている(なぜか勝手の分かっていることに、天はあえて突っ込まない)。
「でも……」
基本的に店休日のない、ねこしょカフェ。
奏斗の大学が夏休みの間に、約束のパソコン一式を買いに行けとせっつく天だが、光晴がなかなか頑固だった。
「それにな。ちゃんと助っ人呼んである」
「え?」
「ホラ、後ろ」
「おはようございます」
白い襟付き半袖シャツに、黒いギャルソンエプロンを身に着けた――二神が立っている。
なかなか様になっていて、光晴は驚きの声を上げた。
「ええ!?」
「ご安心ください、みっちーさん。ボク、学生の頃カフェでバイトしてましたので。コーヒーはネル(布)ドリップでしたね。ボクの腕前では微妙かもしれませんが、扱いは分かりますので」
「軽食は、私が作る」
いつの間にか来ていた蓮花も、カウンターの中から言う。
髪の毛をポニーテールにしてエプロンを着けるその仕草に、二神がホールから見惚れて、蓮花に睨まれていた。
「もしかして二神くん、会社休んだの?」
「はい。有休余ってたので」
「うわあ……ごめん」
「いいえ。奏斗くんにお薦め聞かれてたので、パンフレット持ってくるついでだし、ちょうど良かったんですよ」
「それに光晴さん、全然休んでいないでしょう。たまにはゆっくりしてきてください」
「れんちゃん……」
そんな会話をしていると、奏斗が
「みっちーさんが、俺の買い物に付き合うんが嫌なら、いいんすよ」
と、完全に
それはそうだろう、これだけ
「へえ。嫌なんだ?」
シオンが意地悪そうな笑顔で問うと――
「やじゃない!」
――真っ赤な顔で、むくれた。
◇ ◇ ◇
「……」
「……」
「……ほんとに、嫌じゃないんすか」
「……やじゃない」
ふたりで電車に乗り、大型電気店の立ち並ぶ街へとやってきた。
平日だというのに、外国人観光客や大きなリュックを背負う人々、メイドの格好で歩く人々など――混雑していて、圧倒されながら歩く。
駅まで歩いて電車に乗るまでは無言でも良かったのだが、いざ目的の街で降りて歩き出すと、途端に気まずい空気になった。
「……そすか」
「あーもう! ごめんカナトくん!」
「え」
「だって、天さんがデートなんて言うんだもん。恥ずかしくて、意識しちゃったの」
光晴の突然の告白に、奏斗はポカンとする。
「ふは」
「笑わないでよー」
「なんすかそれ。可愛いすね」
「……可愛くないよ! 僕、男だよ。しかもアラサーだよ」
「ぶっ! アラサーて」
「むううう!」
奏斗は笑いながら、ぷっくり膨れた光晴の頬を見て、おもむろにその顎を下から掴み、思いっきり指で挟んだ。
「ぶっ!?!?!?」
風船のように膨れた頬が押しつぶされて、光晴の口から盛大に息が漏れる。
「わはははは!」
「んもーーーーー!!」
「風船みたいだったし」
「ちがうし! いじわる!」
「わははは! ごめごめ」
そうやってじゃれあっているうちに、大型電気店の前に着いた。
「おお、冷房ガンガンだ。よかった」
「ほんと。今日あっついね」
光晴が、パタパタと手で顔を扇ぐのは、きっと暑いだけではないだろう。
「ええとパソコン売り場は……」
「五階すね」
エスカレーターに乗る頃、ようやくふたりの空気はほぐれた。
◇ ◇ ◇
「二神さんにオススメ聞いてなかったら、詰んでましたね」
「ほんと。ノートパソコンもプリンターも、種類いっぱいあるんだね」
レポート用途なのでスペックはそこまで求めず、文書アプリが入っている手ごろなものを選び、ルーターとプリンターもセットで買ったらお得になった。配送を頼んだので、ご飯でも……と歩いていると――
「きゃ! やめてください!」
「ああ? 客に向かって……」
「助けてっ」
メイドカフェの看板を手に持った、メイド姿の女の子に絡む中年男性が目に入った。女の子の肘の辺りを掴んで、すごんでいるように見える。
「なんだあれ」
「離してください」
言い放った。
「ああ!?」
「嫌がってるでしょう」
なんだなんだ、と集まるギャラリーは、撮影はするが助けてはくれない。
奏斗は大きく溜息を
「だっせんだよ、オッサン」
中年男性の手の甲、親指の付け根のツボをギュッと掴んだ。
「いっだ!」
途端に顔をしかめて手を離す彼は、激高して奏斗に突っかかろうとするが、耳にボディピアスが並ぶ金髪ツーブロックの、目つきが悪い若者(しかも見上げるほどの身長差)と分かるや
「ちっ! 覚えてろよ!」
とお決まりのセリフを吐いて、忌々しげに背中を向けた。
人混みを押しのけて、人にドカドカぶつかりながら去って行くのを見て、奏斗はようやく警戒を解く。
その間光晴は、心配そうにメイドの女の子に「怪我は無い?」などと優しく聞いていて、ぽうっと顔を赤らめて見つめられているのには、全く気づいていない。挙句の果てに「店に来てくれたらサービスします」とかなんとか、今度は光晴が腕を掴まれている。
それになぜかイラッとした奏斗は
「俺ら、行くとこあるんで。じゃ」
ぶっきらぼうに言い捨て、メイドからひっぺがすように光晴の二の腕を掴んで、強引に引っ張った。
「え、カナトく……」
「行きますよ、腹減った」
「う、うん」
光晴はそれに素直に従いながらも
「ゴメン……僕、またイライラさせちゃったね」
と自嘲の笑みを漏らす。
「違うす。お人好しなのは、みっちーさんの良いところなんで。これは、俺の狭量」
「きょうりょう?」
「とりあえずメシ、食いましょ。ここのラーメン美味いって大学の奴に聞いたんで」
顔を上げると、入口はこじんまりとしているが、のれんやメニューや立て看板が目に賑やかな、ラーメン店の前だった。
「わあ! 九州じゃん〇ら?」
「っす。食ったことあります?」
「ないよ! 初めて。楽しみだね!」
光晴がワクワク顔で奏斗を見上げると、とても優しい笑顔で見られていた。また頬が赤くなってしまう、と慌てて目を伏せる。
店内に入って、ふたり並んでカウンターに腰掛けると、すぐにラーメンが二人前でてきて――しばらく無言ですすった。
「はー、美味し! でも暑くて汗かいちゃうね」
「あ、そだ。良かったらこれ」
奏斗がゴソゴソとリュックから出したのは、ハンディファンだ。パッケージから出して、何度かスイッチをオンオフすると、羽根が回ったり止まったりする。
「え? いつの間に!」
「さっき、レジ前で目に入って買ったんす。買ったばっかなんで、充電あんまないと思いますけど」
「ありがと」
ありがたく、貸してもらう。
ラーメンを食べた後の体の熱が、ゆるい風に乗って少しずつ霧散していく。
「天さんが見たら『男は黙ってウチワだろぉ!』て言いそうすけどね」
「あはは! 似てる!」
「くく。みっちーさんて、おでこ丸いんすね」
「え! 見ないで」
光晴は慌てて、風で上がった前髪を手のひらで押さえつける。
「なんで。可愛いじゃん」
言った本人はけろりとした横顔で、水を飲んでいる。
――カナトくん今日可愛いって言い過ぎじゃない!? 心臓がもたないよ!
「カナトくん……もう可愛いて言うの、禁止ね」
「え!? ……嫌?」
「嫌じゃないけど。さ、いこ。お客さん並んでるし」
店外にはいつの間にか、行列ができていた。
光晴は丁寧にご馳走様、と手を合わせると外へ出る。
アスファルトに跳ね返った灼熱の空気が、容赦なく顔にぶつかってきて、先程の甘い風は吹き飛んだ。
「みっちーさん、怒った?」
「怒ってない」
「……ごめん」
「違うの。ドキドキしちゃって、耐えられないの」
「え」
「ほら、次どこ行く? せっかくここまで来たし……」
光晴が振り返ると、今度は奏斗が真っ赤になっている。
「あ、分かった!」
それを見て光晴は
「カナトくんが僕を可愛いて言ったら、カナトくんカッコイイね、て返す」
「!?!?」
「それでおあいこだね! ふふふふ」
「ちょ、それ、可愛すぎません!? あ」
「そっちこそ、カッコよすぎだよね」
「クソやべぇ」
「やべぇ?」
目を手で覆うのをふふーん、と下から覗き込んでくる光晴に、今度は奏斗の方がタジタジである。
「……小悪魔」
「なんか言った?」
「なんもねーす。みっちーさん、休み久しぶりでしょ? 行きたいとこないんすか」
「いーの? 実は、駅のとこの本屋タワーに行ってみたかったんだ」
「うし。いきましょ。あと、アト〇にカフェ入ってるらしいんで。美味いタルトケーキが……てなんすか」
光晴は、目をパチパチと瞬かせる。
「ね、もしかして……デートコース考えてくれたの!?」
電器屋への道、ラーメン店、そしてカフェ。
事前にかなり調べてくれたのではないかと気づいたのだ。
「……そりゃ、まあ。初デートなんで」
「そ……か」
「あーあ。気づかれるとか、だせぇすね。はは……て、みっちーさん?」
「ださくない。すっごい、嬉しい!」
光晴は、奏斗に真剣に向き合った。
誰にどう思われるか……などと考えるのは、やめよう。こんなに自分のことを考えてくれたのが分かったら、遠慮するのは逆に失礼だ――と、光晴は生まれて初めて、自ら素直になることを決意した。
「……カナトくん」
損得なしに自分を想ってくれる存在を、心から愛しいと思うからだ。
「ん?」
「デートだしさ、敬語、やめない?」
「……ん」
「あとね、呼び方変えてもい?」
光晴の急な変化も、奏斗は笑顔で受け入れた。
「もち。いーよ」
「じゃー……カナ?」
「はは。じゃあ、ミツ。デートだから。ん」
「ん!」
奏斗が差し出す手を、光晴は遠慮なく握り返す。
――イチゴのタルトケーキを頬張る、光晴の輝くような笑顔は奏斗のスマホの待ち受けになり、大学で
その夜、天がどうだった? と奏斗に感想を聞くと、珍しく
「イチゴ味だった」
という返事だったらしく、翌日そのまんま光晴に意味が分からんぞ? と尋ねると
「バカ! バカカナ! 知らないっ!」
とまた真っ赤になってバックヤードに逃げられてしまった。
心配になった天が、神通力を使ったあとで
「なるほど、今はレモン味じゃなくて、イチゴ味なんかい。甘酸っぱいねぇ」
と呟いた。
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お読み頂きありがとうございました!
天さん、一体なにがレモン味なんですかね?
次回は、『ねこしょカフェ、イケメン店員に大パニック』をお送り致します。
本気出しすぎた二神は、恐ろしい。
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