番外編2 二神、無双する
二神くん、やり過ぎるの回です。
※番外編ですので、ゆるりとだらりとしておりますm(_ _)m
◇ ◇ ◇
光晴と奏斗を見送った後のねこしょカフェでは、皆で開店準備を進めていた。
「良かった、行ってくれて」
「ったくよぉ、みっちーめ。遠慮しやがって」
「仕方ないですよ、ずっと働いていると休むのは勇気がいりますし」
「そうかあ?」
「そうです」
足元にすり寄って来た白いペルシャ猫を持ち上げ肩に乗せて歩きながら、二神はカフェの扉の鍵を開け、ロールスクリーンを上げる。
するとすぐにカラロンとレトロなドアベルが鳴り、常連である、近所に住む老齢の女性がニコニコと入って来た。白髪で背中が曲がっている彼女は、ここで朝食を食べるのが日課だ。
「あら? 今日みっちゃんはいないのねえ?」
杖をついて、ゆっくりと歩きながらいつもの席へ向かう彼女へ
「ええ。久しぶりのお休みなんです」
二神はすかさず歩み寄り、レディを扱うようにエスコートする。
「それは、いいことねえ。ところであなたは」
「二神と申します」
「にかみちゃんね。新人さん?」
「いいえ、今日だけなんです。普段はお客さんですよ」
「あらあ、もったいないわねえ」
彼女はゆっくりとした仕草で椅子に腰を落ち着けながら、笑顔で『今日だけの店員』を見上げる。
「あんなに楽しそうなれんちゃん、初めて見たのに」
「え」
――んなあ~ん!
二神の肩でペルシャ猫が大きな声で鳴いたかと思うと、しゅたんと床に飛び降り、彼女の膝に駆け上がった。
「ふふふ。しろちゃん。わたしのお膝がいいのよねえ~よしよし」
『楽しそうなれんちゃん』とは、蓮花のことだろうか? と二神が振り返ると、蓮花がカウンターの中でサンドイッチを作っている。
口元が少し緩んでいて、いつものキビキビした動作と違い、ゆるゆるとしている。カウンターの最奥には天が腰かけて、コーヒーカップを傾けながら、猫のシオンの顎をくしくしと撫でていて――
「ああ……なんだこれ。幸せだな」
思わず呟いたら、またドアベルがカラロン、と鳴った。
「いらっしゃいませ」
笑顔を作って振り返ると、今度は四十代ぐらいの女性が二名、日傘を畳みながら入ってくる。
「空いているお席へどうぞ」
促してから水の準備をしていると、背後で
「いつものほんわかさんじゃないね」
「スマートイケメンも目の保養だわ……トラちゃん! おいでおいで~今日も可愛いね~」
と割と大きな声で言われているのが耳に入り、表情を崩さないよう頬に力を入れた。
――そんな、穏やかな平日の午前中の風景が一変したのは、ランチにやってきた女性二人組を迎えた後だった。
猫がいるカフェに来るというのに、二人とも香水の匂いがキツい。揺れるチェーンのピアスや、腕にはブレスレットを重ね付けしていて、首にもネックレス。爪も尖って長い。
足元をするりと通る猫を掴んで持ち上げようとしては逃げられ、「はあ? 全然来てくれないし」「懐いてないのばっかじゃん。可愛くない」などと言っている。
不穏な空気を感じた二神が、さてどうしたものかと考えるより先に、天が動いていた。
「わりぃけど」
赤い長髪の巨体で、タトゥーだらけの男がテーブル脇で両腕を組んで見下ろす姿に、女性たちはたちまちさあっと顔色を悪くする。
「んな香水付けてたら猫にとっては毒だぜえ? あとジャラジャラ付けてるその耳のとか、引っかかれても俺ら責任取らんよ」
容赦のない天の正論には、逃げ場がない。
それはまずい、と二神はすぐさま動く。
「天さん、ありがとうございます。……お客様、僕が新人なものですから、最初のご説明が不足しており申し訳ないです」
す、と頭を下げて満面の笑顔で割って入る。
「猫ちゃんたちは、お客様方のようにとっても繊細で可愛い生き物なんですよ。抱っこもほら、心を許すまでは身持ちの固いレディばかりですから。今日のところは見るだけでどうかご勘弁頂けませんか。よろしければ、紅茶のおかわりをサービスさせて頂きますので」
女性ふたりは、ぽうっと二神を見つめてからハッと我に返り
「あの、うちら、猫飼ったことなくて」
「香水は、ダメなの?」
と恥ずかしそうに聞いてきた。
そんな質問に二神が丁寧に答えていると――
「コイツなら大丈夫だからさ。ま、慣れてけ」
天が首根っこの後ろをつまんでブラブラさせながら、雑に連れてきたのが
「んんなあ゙あ゙あ゙ん」
シオンである。
ものすごく不満そうに鳴いているが、お構いなしにほらよ、と女性に渡し、天は元いた場所へと戻った。
「シオンさん、すみません」
「なあーん」
シオンはさすが慣れたもので、はじめのうちは『にゃーん』と人懐っこく触らせたが、あとはぷいっとして他の猫とじゃれあっている。それでも女性二人組は満足そうにニコニコしていた。
そうしてカフェには元の穏やかな空気が戻ったかに思えた――ただ一人を除いては。
眼鏡をかけた、三十代ぐらいの神経質そうな男性客が、様子を伺うのも躊躇う程、二神を強く睨んできている。
窓際一番奥で、読んでいるそのタイトルをちらりと盗み見ると『Hard-Boiled ~』と見えた。確か、著名な日本人作家の作品の英訳版だと、それほど詳しくない二神でも分かった。
「コーヒーのお代わりいかがでしょうか?」
さりげなく声を掛けると、はあとあからさまに大きな息を吐いてバタン! と本を閉じる。細い銀縁メガネの真ん中のブリッジ部分を中指でくいっと押し上げて「頂きます」と言う。
カップソーサーごと持ち上げ、コーヒーサーバーからトトト、と注ぐと独特の酸味がふわりと立った。
「今日はグァテマラです」
「……」
「お気に召しませんでしたか?」
「これは中煎りですね。私は深煎りの方が好きなのです」
「! はい、シティです。イタリアンローストなら、コロンビアのご用意が」
「いえ結構」
どうやら知識があるか試されたな、と二神は会釈をして去りかけた。その背中に
「いつもの方は、お休みですか?」
遠慮がちに掛けられる声に、二神は再度向き直る。
「はい、今日だけお休みを頂いております」
「そうですか」
「なにか?」
「あ、いえ。……ここは落ち着く場所だったんです」
その、過去形が気になった。
「あなたのような方がいらっしゃると、先ほどのように騒がしくなってしまう。それが不快でして」
「僕のような?」
「若い女性が好きそうな見た目です」
男性に敵意を向けられることは、仕事でもままあるが、これほど真正面から来られるのは滅多にない。むしろ二神はこの客に好感を抱いた。
「お褒めに預かり恐縮ですが、僕は愛している人には全く振り向いてもらえないんです」
男性が目を見開いたので、二神は微笑んで続ける。
「努力は自分を裏切らないと言いますが、期待は努力を裏切ります。そんな時は、その本のような脳内世界に閉じこもりたくなります」
「……この本、読まれたんですね」
「ええ、日本語の方ですが」
「はあ、嫌だなぁ」
「嫌ですか」
「見た目も知識も教養も完璧な、あなたのような方が、愛する人には振り向いてもらえないだなんて。完璧すぎるんですよ」
「ええと、褒めすぎです」
「完全なる敗北感は、むしろ心地良いものですね」
「振られるのが完璧、というのが分かりませんけど。ありがとうございます」
ハッハッハ、と男性は愉快そうに肩を揺らした。
「You should have room for development、て私の上司から贈られた言葉なんですけどね」
「成長のための余裕を持つべき、ですか」
「ええ。満たされるというのは『完璧』ではなく、世界の終わりです」
彼の言葉に耳を傾けていた二神は、おもむろに近くのテーブルへコーヒーサーバーを置くと、ポケットからスマホを取り出す。
「ぶしつけですが、連絡先を教えてくださいませんか。お酒はお好きですか? おすすめのバーがありまして」
彼はまた大きな声で笑った。
「男性に口説かれたのは、初めてだな」
◇ ◇ ◇
「二神……大丈夫だったか?」
閉店後のねこしょカフェ。
掃除と片付けを終えて、カウンターに座る二神に、蓮花がシンク周りを拭きながら尋ねる。
猫たちはバックヤードのケージへ戻し、天とシオンは軽食を買いにコンビニへと出て行ったため、二人の他は誰もいない。
照明を最小限まで落としたしんとしたカフェは、独特の雰囲気がある。
「大丈夫です。さすがに気疲れはしましたが」
「明日も仕事だろう」
「あーはは、まあ明日は内勤なので、なんとかなるでしょう」
法人営業は扱う金額も大きいため、神経を使う。
ほんの数ヶ月だが、同じオフィスで働いた蓮花は、それをよく知っていた。
「無理するな」
「っ、はい。へへ」
「なんだ?」
「いやぁ、蓮花さんに心配してもらえるだけでも、頑張った甲斐があったなと」
ふー、とエプロンを取り、ポニーテールをほどきながら蓮花がカウンターの中からホールに出てきた。
乱れた長い黒髪が気になって思わず手を伸ばし――触れても良いものかと
「……口説いてたのか?」
蓮花は冷え冷えとした目で問う。
「っ、は!?」
「あの男のこと」
「えぇ!? 違います!」
「ふーん」
「蓮花さん。僕が好きなのは蓮花さんだけです」
「っ……」
「いいんです。何かをやり遂げたいんですよね。シオンさんや天さんを見ていて、僕の理解が及ばないことがあるのは、なんとなく分かっているつもりです。蓮花さんが打ち明けてくれるまで、聞きません。ただ、側にいることだけは、許してもらえませんか?」
蓮花の肩が、小刻みに揺れる。
「許すも何も無い。お前は、馬鹿だ」
「ええっ」
「
「わざわざ、というか、蓮花さんなので」
ぼ、と蓮花の頬が赤く染まる。
「っ! もしや、意識してくれましたか!?」
「馬鹿」
「えぇ……」
しゅんとする二神はだが、恐る恐る蓮花の髪を整える。
じ、とそれを受け入れる彼女が愛おしくなって――
「ようやく撫でさせてくれた、黒猫ちゃんみたいです」
軽口を叩き、
「っ!」
「いだっ!」
――
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お読み頂き、ありがとうございました。
がんばれ、二神くん。
次回は、「天さんにしたい二十の質問」の回です。
天さんの秘密が、色々暴かれる気がします!
あ、ちなみにこのroomの使い方はテストに出ますね。
部屋、じゃなくて空間のイメージで使われます。
この荷物、そこに入れられる? とか、あとはバッファ的に使ったりとか。
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