便利屋ブルーヘブン、臨時休業中。



 夏休みも終わり、九月に入ったある日のこと。

 

「さくら。どうした? そんな泣きそうな顔して」 

「てんちゃん。あした、あめ……」

 

 ご近所の幼稚園児であるさくらは、四歳の女の子である。

 幼稚園バスの送り迎えの途中に、店の前を通りながら手を振ってくれる、ある意味ブルーヘブンの常連さんだ。

 

「明日が雨だと、困んのか?」


 店先で、天がなるべく目線を合わせようとしゃがみ込むと、こくり、と小さな頭で頷かれた。

 大きめの黒いフェルトでできた幼稚園帽子がずり落ちて、天からはへの字の小さな唇だけが見える。


「明日、初めての遠足に行くはずだったんですよ」

 手をつないでいるさくらのママが、眉尻を下げて代わりに答えた。

「予報で雨だったので、残念だねって言い聞かせながら歩いてきたんです」

「あーなるほど」


 店の軒先でも、鼻先に少しの湿気を感じる。明日の雨は確実だろう。

 仕方ない。九月は台風の影響で、何かと雨が降る。

 

「わんちゃんの! おべんとだったの!」

「ほう?」

「んもう、こら、さくら」

「おべんとーーーー! わあああああん!」


 遠足に備えて、新しいお弁当箱(ダイキチに似ている犬の形とイラストのもので、とても気に入っているらしい)を買ったので、それを使うのを楽しみにしていたのだという。

 

「すみません、天さん」と申し訳なさそうに頭を下げながら、さくらママは小さな手を無理やり引いて、連れていく。

 いつまでも天の耳に、さくらの泣き声が残った。


 


 ◇ ◇ ◇



 

「なるほど。だから立ち上がれないんですね」

「あー、こりゃ、かんっぜんに年だなあ」

「あはは」


 便利屋ブルーヘブンの二階にある、天の部屋。

 光晴が差し入れを持って、見舞いに来ていた。

 

「何年ぶりだったんです?」

「ん~百……いや、二百……か?」


 んなのいちいち覚えてねえよ、とベッドの上でもぞもぞ寝返りを打つ巨体を、光晴はニコニコと眺める。


「さくらちゃん、とっても喜んでいましたよ。キラキラのおめめで」

「そうかよ」

 

 さくらの遠足の日は、晴れたらしい。

 

 

 ――二百年ぶりに神通力と羽団扇はうちわを本気で使って、巨大台風を追い払った心優しいこの大天狗は、それから二日間寝込んで――大学が忙しい奏斗の代わりに光晴の世話になったおかげで、ねこしょカフェに借りがたくさんできてしまったのだった。

 



 ◇ ◇ ◇


 


「あんたは、あたしにたんまり借りがあんだろうが! はたらけ! 働いて返せ!」

「くっそババアーーーーーーー!」


 閉店後のねこしょカフェ内で言い争う、たまきと天。

 ぶわ! と太い尾が何本か出ている環は、頭に耳も生えている。

 天は天で、鼻が伸び顔は赤い。完全に九尾の狐と大天狗の、妖怪大戦争の様相である。――光晴はそれをニコニコとカウンターの中から食器を拭きながら見ているし、その肩の上でシオンは大きく欠伸あくびをしている。つまりは割と日常茶飯事だ。


 やれやれと大きく息を吐いてから、二人を無視してスタスタ店から出て行く一人の女性を、光晴は「れんちゃん、気をつけて行ってらっしゃい」と笑顔で見送る。

 

 黒髪ロングのポニーテールが揺れる、姿勢の良いその背中が見えなくなり――天が置いて行かれたと気づいた時にはもう、だいぶ先を歩かれていた。

 

「おい、待てよ……レンカ!」


 天がアーケード商店街を走りながら呼ぶと、

 

「はあ。往来だぞ。大きな声で名前を呼ぶな。恥ずかしい」

 

 ――冷たく、言われた。


 


 -----------------------------



 お読み頂き、ありがとうございましたm(_ _)m

 感想コメントなど頂けましたら大変励みになります。


 あとがき(ネタバレ)に続きます。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る