階層ジレンマ 後



「へいへい、こっちも焼けたよぉ」

 

 すっかり焼き係に変貌した天。

 奏斗は炭と洗い物係。二神は、隙あらば蓮花に寄ってくるハエを叩き落とすのに必死だし、光晴は麻耶とのラブラブアピールで死にそうになっている。


「これ、報酬三倍でも割に合わなかったっすね」

「だはー! 言うなカナト」


 ヤツデウチワでパタパタ扇ぎつつ、天は苦笑する。

 麻耶の友達グループが、思った以上に何もしないからだ。


 いくら備え付けの設備で、備品も食材も準備済とはいえ、火起こしは必要だし、野菜や肉を切ったり串に刺したりも必要なのだが……麻耶以外の連中は「何したら良いの」状態ならまだ良い方だ。やってもらって当然のふんぞり返り態度で、散々酒を飲んだ挙句「まだあ?」「手際悪いんじゃないの?」「だっさ!」には、さすがの奏斗も何度もキレそうになった。


「カナトくん、どうどう、だよ」

「みっちーさん……」

「ふふ。よしよし。我慢できて偉いね」

「みっちーさんこそっすよ。あんなん、よくかわせますよね」

「えっへん。エリートだからね!」


 

 ――うわ。可愛……いやいや。男だし。年上だし。


 

「? カナトくん?」

「なんでもないっす。あ、呼ばれてますよ」


 などと、光晴が奏斗のガス抜きをしてくれたお陰で、なんとか最後まで乗り切れた。

 

 山の天候は変わりやすい。夕方ともなると風も冷えるので、周囲のグループはさくさく撤収してしまって、とっくにいなくなっている。そんな中、天たちだけが後片付けをしている。


「すげえ、当然のようになんもしねえ!」


 だが、散々食い散らかした挙句そのまま帰ろうとした連中を、放っておけるほど奏斗は割り切れなかった。


「ちょっとアンタら! ひどすぎるんじゃね? 俺らだって参加費払って来てんだよ。なんでアンタらが客扱いで、俺らが世話してんの? おかしいだろ!」

「うわー、不良くん、キレたぁ」

「あ゙!?」

「こっわ!」

「え? 殴る? 殴っちゃう?」


 散々ふざけて煽ってくる奴らに

「はあ……ほんと、くだらない」

 二神は大きな溜息をつきながら、慣れた手つきで手際よく道具を片付けている。

「どうぞお帰りくださって結構。奏斗くんの方が何倍も立派だし、尊敬に値するとボクは断言する」

「はーあ?」

「うは、不良の肩持ってる。うけーる!」

「あいつ、エリートっつっても嘘なんじゃねぇの」


 これには、光晴がキレた。

 

「……あなたたちの言うエリートって、なんですか?」

「えぇー」

「せっかく気持ちよく飲んでたのに」

「麻耶の彼氏、ヤバ!」

「無駄な時間ですね。麻耶さん。本当にこんな奴らと同じになりたいの?」

 麻耶が、びくりと肩を揺らす。

「あなたが目指す上流階級とかハイスペとかって、これ? これが幸せ?」

 

 それを聞いた梨乃が、

「あたしらは当然、世話される側ってこと。いい加減わかりなさいよ。負け犬の遠吠えマジうざい。黙って」

 と嘲笑あざわらう。

 だが光晴は静かに

「何に負けてるって言うの? 僕は幸せだよ。仕事も好きだし、好きな人に囲まれているし、毎日穏やかな気持ちで、ご飯も美味しい」

 と毅然と返す。

 梨乃はそれに対し、不満げに眉を寄せた。なぜ私の言うことが聞けないのか、と言わんばかりだ。

 

「黙って、って言ってるでしょ! ねえ?」


 その様子は、まさに魔法を行使する魔女のようで。

 奏斗は、強烈な違和感を持った。

 

「はいはーい! 貧乏人の発想おつー!」

「ごはん美味しいとか。まじショボーイ」

「小さな幸せ〜ぼく幸せ〜」

「アハハ! うける~」


 梨乃は、それ見たことか、とばかりに大きく頷く。

 

「ほーら麻耶。あたしの言った通りでしょ! あんたの男って、くだんないの。今すぐ別れて!」


 その言葉に、麻耶は突然うつむいたまま、動けなくなる。



「……な~るほどねえ」 

 天はようやく、を掴んだ――また何かを言おうとした光晴の肩を、軽く叩いて止める。

「みっちー、やめとけ。時間の無駄だ……酒呑しゅてんの野郎、手広くやってやがんな~ったく呆れるぜえ」


 梨乃は、鬼の甘言に乗って『言霊ことだま』を得た。その能力は、言葉に力を持たせるというもの。人が自分の思い通りになる――そんな暗い喜びを、こうして楽しんでいるのだ。


 その力を行使され、分かった。当然、天や天の周辺には効かない。

 天狗には『人心掌握』『妖魔退散』『折伏しゃくぶく』『縮地』などの能力があるからだ。


 麻耶は『言霊』の言いなりになって翔と別れたものの、違和感を持って依頼してきたに違いない。翔からブルーヘブンの噂を聞いていたのかもしれないな、と天の頭の中がようやくスッキリした。

 

「天さん……」

「うん。ま、何言おうが勝手にすりゃいーけどよ。んな酔っ払って、飲酒運転でもすんのか? 途中の山道、カーブえげつねえぜ。シラフでも大変なのに、すげーなあ! 俺なら確実に崖下ダイブだわ。さっすがエリートさまさまだあな~」

「え」

「いや、お前運転……」

「は? お前だろ!?」

「あたし、無理だってば! ペーパーだもん!」


 天が振り返って

「いよーし、撤収しようぜー」

 と促すと、

「は!?」

「おい、待てよ」

「見捨てる気!?」

 などと慌てだしたので、眉根を寄せて

「あんなあ」

 すー、と大きく息を吸ってから、

「だあーれが、散々バカにしてきた奴らのケツの面倒まで見るかってんだ、ぶぁーーーーか!」

 と叫んだ。

 

 全員ポカンのあと、烈火のごとく怒りだしたので

「お? やるなら受けて立つぜえ! 大歓迎!」

 と天は手招きしてみせる。

 

「私も是非ぶった斬りたい。セクハラ野郎どもめ! 二度と出来ないように、根元から切ってやる」

 蓮花もそれに乗って凄み、奏斗が

「俺も手加減なしでボコしていっすよね。いい加減、我慢の限界っすよー」

 自身の手のひらに拳をぱん! と叩きつけると――黙りこくった。


「うわ、しょっぼ。口だけ? チキンじゃん。だっさ!!」

 

 奏斗がわざと煽ってみるが、やはり誰も乗ってこない。

 

「弱者にしか手を出せないクズどもが。さかしらにエリートを気取るな」

 蓮花が言葉でぶった斬り、二神が

「好き勝手に食い散らかしておいてハイスペなんて、自称にしても痛すぎる。本当にできる男なら、焼きも片付けもさらっとやり切るものだけどね」

 と手に付いた炭をパンパンと払いながら、さげすんだ目で見た。


「構ってらんねえ。帰んべ」


 天の言葉で帰る面々を止めることもできず、棒立ちで見送る中――梨乃だけがワナワナと震えて「なによ!」「不良!」「麻耶のせいだからね!」と悪態をついている。

 

 最後まで足の動かない光晴の背中を、奏斗が

「みっちーさん。気にせず行きましょう」

 とそっと押す。

「カナトくん……」

 悲しそうな光晴に、奏斗は笑顔を見せた。

「あんなのに心をくだけ無駄ですよ。さっさと忘れましょ」

「……うん……そだね。ありがと」

「いえいえ。おいしいごはんで、幸せになりましょう! 打ち上げ、何食べたいすか?」

「え!? あ、そっか」


 駐車場へ向かって、並んで歩く。

 奏斗の添えている手が熱く感じて、光晴は頬を赤く染めた。


「えっと……カナトくん、今日あんまり食べられなかったでしょ。お肉とかは?」

「肉リベンジ! いっすねー。みっちーさん優しいなあ」

「ふふ。今度は僕が焼くよ! だからいっぱい食べてね」

「っす!」


 一方で

「蓮花さん……セクハラて……」

 二神が大変動揺していた。

 全部叩き落したはずが、落としきれていなかったか、と悔いながらトボトボと歩いている。

 

「あー。気にするな。隙を見て迫られるのは、いつもの」

「っくそ。やっぱあいつら、ぶっ殺してきます」

「ば、落ち着けっ」


 蓮花は、怒りで戻ろうとする二神の手首を、咄嗟に掴んだ。

 その手に、二神が自身の手を重ねる。


「……蓮花さん。辛かったですね。大丈夫ですよ、ボクがちょんぎってきますから」

「ちょ!? ……ぶふ」

「え?」

「んぎるて……ぶふふふふふ」

「いやだって、根元からぶった斬りって」

「! ぶっふふふふふふ」

「あれ、違いました?」

「も、やめ……ぶふふふふ」

「え、え? 爆笑初めて見た! 超かわ……」

 ばちいん! と蓮花が二神の背中を叩く。

「いだっ」

「黙れ。歩け。さっさと帰るぞ」

「はいぃ!」

 

 そんな帰り道を楽しみながら、天は足の重い麻耶を振り返る。


「んで、答えは出たかい?」

「っ、知って……」

「あー、ショウの野郎は、なんも言ってねーよ? 俺が勝手に調べただけさ。依頼人の事前調査てやつだ」

「探偵みたい」

「あーははは」

「あたし……何が正解か、分からなくなっちゃってて。勝手なことばっか言って。周りに流されて……バカみたい」


 それも梨乃の『言霊』だから、仕方がない。


「そりゃあ、ニンゲンは、案外狭い世界で生きるんだもんよ。流されるのも当たり前だ、気にすんな」


 んー、と天は大きく伸びをし、頭の後ろで手を組みながら歩く。

 

 ましてや梨乃は、なんの執着か、麻耶を自身の支配下に置きたがっていた。

 もしもこうして依頼しなければ、ずっとあの中が『当然』だと思って麻耶は生きていったことだろう。気づかなければ、それがなのだ。

 

「そ……でしょうか」

「幸せになりたいって欲求は、至極まともだと俺は思うぜぇ。それによ」


 天は立ち止まり、麻耶が横に並ぶのを待つ。


「流されはしたけど、迎合はしなかったろ」


 彼女の芯の強さは、酒呑童子の言霊でも揺らぐことはなかった。

 そのことに、天は感動している。だから人間は面白い、と。


「奴らと一緒になって、みっちーやカナトを下に見たんなら、そっち行けよて思っただろうけどな」

「そか……私……」

「うん。あんたは、ブレねぇよ。大丈夫だ」


 麻耶の瞳が、晴れたように輝いた。

 

「ありがとう、天さん!」

「こちらこそ。今後とも、ご贔屓ひいきに!」


 笑顔で応える天が振り返る目線の先。さっきまでいたバーベキューエリアは、なぜか局所的雷雨が襲っていた。かすかに悲鳴が聞こえる。


「あーあ。山神の野郎、やまびこではらっとけって言っただけなんだけどなあ。お仕置きセットたぁやるねえ」

「え?」

「なんでもねえさ」

 

 


 ◇ ◇ ◇




 次の土曜日。

 麻耶が、翔の作ったケーキを持って便利屋ブルーヘブンにやってきた。満面の笑顔で。


「色々、ありがとうございました」

「いやぁ、俺らよりみっちーだよ」

「っすね。これ持ってねこしょカフェ行きません?」

「え、ねこしょカフェ! 前から気になってたの!」

「おーそりゃいい」


 麻耶を連れて訪れると、光晴が笑顔で出迎えてくれた。


「この度は本当に、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げて恐縮する麻耶に

「いえいえ。お力になれたのなら」

 と笑顔で返すゆるふわカフェ店員を、隠し撮りする客の多さに、今さら気づいた奏斗。

 

「うーわ。気づかなかった……みっちーさん、だいじょぶすか?」

「あー……何度か注意してみたんだけどね。猫撮ってる、て言われちゃうんだ」

「はあ!? ざっけんな」


 なぜか、ワクワク顔になる天と麻耶。


「ん!? 何? 二人とも……なんすか?」

「いやぁ、ねこしょカフェ流血事件とかなったらさあ。俺、目撃者になるの初めて!」

「ハァハァ、カナミツ! まっじ尊いっ! 推せる!!」

「事件なんて起こさねえし! カナミツ? ……ってなんすか?」


 キョトンと聞く奏斗に、首まで一瞬で真っ赤になる光晴。


「え? みっちーさん、だいじょぶすか!?」

「……だいじょばない!」

「ええっ!?」


 トレイで顔を隠して、小走りでバックヤードに引っ込んでしまった。


「え、どうしよ天さん! 俺、なんかやらかしました!?」

「いやぁ、カナトはそのままでいい。な、麻耶さん」

「イエス! ほんっと尊い。魂が浄化されたあ~! 全力で推す! 腐っててごめんね!」

「え? 腐ってる……? 浄化されたのに腐る……?」


 奏斗はもう、訳が分からない。

 心なしか、周辺のお客さんたちもチラチラこちらを見て「推せる」「ミツカナもよき」「同担」などと言われている気がする。

 

「あー楽し! エリートだの、ハイスペだの、くそっ喰らえだわ!」

「頼もしいな」

「かっこいーすね。これからどうするんです?」

「なんか梨乃ねえ、あれから別人みたいに大人しくなって。彼氏と別れたし、会社やめて田舎に帰ったよ。私は、経理への異動願い出したんだー。色々勉強して、一人で決算業務できるようになるのが当面の目標かな」

「いいねえ。それならケーキ屋の面倒も、見られるようにならあな」

「なるほど。俺にも何か力になれることがあったら、言ってください」

「え? カナトくんが?」


 戸惑う麻耶に対して、天はいたずらっぽく奏斗を指さして

「こいつこう見えてW大の経営学部、現役合格よ?」

 とからかった。周辺の客席がざわめいたのは、きっと気のせいではないだろう。

「ちょ! エリートじゃん!」

「違いますし。エリートはもうお腹いっぱいですてー」

「やっぱカナミツ一択だわ! 強気年下攻め! っくう~たまらん~~~~~!」

「つよ……せめ……? だからカナミツってなんすか!?」

 するとイタズラっぽく笑って、麻耶は

「とてもじゃねえが、言えねえなあ!」

 とエッヘン。

「ちょ、麻耶さん!?」

「天さんのマネ! どう? 似てた?」

「おいおい。俺、そんなかあ?」

「「ぶは」」


 ゲラゲラ笑って、翔のケーキをシオンにも食べてもらったのだが――味を気に入ったため、ねこしょカフェのデザートの一部を発注することになった。そしてそれはやがて、商店街の成功ビジネスモデルになった。

 

 その後麻耶は、翔と結婚し円満退職して、バリバリとケーキ屋経営に参画する。地元紙やタウン誌常連の有名店にし、さらに三人の子供のママになった。

 今でも便利屋ブルーヘブンには、定期的に焼き菓子が差し入れられるそうだ。



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 お読み頂き、ありがとうございました。


 階層には、ハイスぺだのエリートだの(くだらないですね)、ヒエラルキーの意味と。

 表層と深層心理、の思いもこめて。

 

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