階層ジレンマ 中
光晴いわく、創立記念パーティは、とりあえず無事に終わったらしい。
パートナーのスペックを比較し合うマウント合戦は、笑顔で乗り切ったという。ただ、一人の女性が麻耶を執拗に攻撃していたのが気になった、と。
日曜日の、昼下がり。
ねこしょカフェで報告を聞く天と奏斗は、疲労感満載の蓮花と、充実した表情の二神との対比も、密かに楽しんでいたりする。
「攻撃……て?」
天が尋ねると
「割と強い言葉で、『あんたまた騙されてるんじゃないの』『あたしの言う通りの男にしたらよかったのに』だったかな」
光晴が、眉根を寄せながら顎に拳をあてる。
「
「穏やかじゃねえな~でもま、一応はみっちー見て納得したんだろ?」
「と、思いますけどね……」
蓮花が盛大に息を吐く。
「私も、『派遣のくせに高スペック彼氏なんて見合わないし、すぐ別れるでしょ』とか真正面から言われましたね。あと、不倫に誘ってくる奴ら多すぎ。どうなってんのあの会社? 全員叩き斬るのすごい我慢した」
「うへえ」
「パーティドレス姿の蓮花さんも、お美しかったので……一日一緒に、恋人のフリでいられたなんて、ボクには夢のようでした」
「それは、良かったっすねえ」
「ふふ。お疲れ様でした。これは僕のおごりです」
いつの間にか席を立っていた光晴が、手慣れた様子で飲み物を運んできたので
「いやいや、みっちーさん!?」
「みっちーが一番頑張ったろうよ!」
奏斗と天が、のけぞった。
「あはは。僕が勝手にお疲れ様会したいだけ~。ふふ」
「そんなん、別でちゃんと行きましょうよ」
奏斗が言い、天も
「そうしようぜ。この依頼料で、ぱーっと飯でも行こうぜ。なあ?」
と誘い、蓮花と二神も同意した。
「うわぁ、嬉しいなあ!」
ニコニコする光晴に、皆笑顔を返す中――二神はひとり「れれれ蓮花さんと、ががが外食っ!?」と密かにテンパっていた。
――そう平和に終わったはずの、その日の夕方。
報酬と菓子折りを持って便利屋を訪ねてきた麻耶は、さらに
「次の日曜日も、助けて!」
と二人に必死の形相ですがった。
「はあ?」
「え?」
「仲間内で、バーベキューすることになったの!」
鬼気迫る表情の麻耶に、
「そんなん、絶対ボロ出ますって」
「こじゃれたパーティならまだしもなぁ」
天も奏斗も難色を示したのだが
「報酬は、三倍出しますから! お願いします!」
と押し切られてしまい。
「まあその、本人に聞いてから返事します」
天にはそう答えるしかできなかった。
何度もお辞儀して去っていく麻耶を見送りながら、奏斗は心配そうに天を見上げる。
「天さん。麻耶さんの友人て人、やっぱ変ですよね。何かあるから、この依頼受けたんですよね?」
「まーなー……仕方ねぇ、この際言っとくか……カナト、そこの角のケーキ屋知ってっか?」
「ああはい。いつもよくしてもらってますけど」
「お前相変わらず、商店街の連中といつの間にか仲良いのな。そこの二代目、いるだろ。活きの良い奴」
「あー、
「の、元カノだよ。依頼人」
「は!? え、麻耶さんが?」
大天狗の口から『元カノ』という単語が出てきたのと、事実と。
その両方で、奏斗の口があんぐり開いた。
「そ。だからこの店知ってたんだろ」
「えぇぇ……てか、なんで別れたんすか? 翔さんめっちゃ良い人だし、イケメンすよね」
奏斗からすると、趣味のサーフィンでいつもこんがり日に焼けた、気の良いパティシエお兄さんだ。爽やかイケメンで笑顔が素敵な、近所のマダムたちのアイドルである。
「幼馴染で似合いのカップルだったんだけどな。ハイスペックじゃないから、フラれたっつってたな」
「はあ!? なにそのくそくっだんねえ理由」
「ん~まあ、一応ショウも納得はしてっけど、麻耶らしくないって言っててなあ」
「納得する方もどうかしてますけど。らしくないって?」
「そう言ってやるなよ。あいつんとこは、まだ先代からのお得意様がいるから成り立ってっけどな。商売は水もんだ。将来が不安なんだろ」
「……」
「好きな奴を一生食わしていくのって、大変だよなあ」
大天狗が、ものすごく人間らしいことを言っている、と奏斗は感心した。
図書館で調べると、どの本を見ても大妖怪だと出てくる。目の前の人物が、本の中の『伝説』とまるで一致しない。それぐらい、人間臭いのだ。
「一生、食わす……」
「ま、単なるお節介だけどよ。俺はその『らしくない』てのに引っ掛かって、受けたんだが……思ったよりややこしそうだ。まあ、みっちーにお伺い立ててみようぜ」
そうして店じまい中の光晴に聞いてみると案の定
「うーん。さすがにバーベキューはボロが出そうですね」
と奏斗と全く同じ見解。ただ
「どうしてもって言うなら、僕の友達兄弟ってことでおふたりも来てください」
という条件付きオーケーが出た。
「そら、もちろん」
「ハイスペの友達……ではねーっすよ、俺ら?」
その奏斗の発言を受けて、光晴は静かに
「ハイスペックだのエリートだの。一体誰に何の権利があってラベルするの?」
と言った。
たちまち、すっと奏斗の背中が冷える。
天は
「光晴、分かってるよ」
と珍しくちゃんと名前を呼んで、優しくその肩を撫でた。
――あ、ごめんなさい、僕ったら。
すぐにふわりとしたいつもの光晴に戻ったが、奏斗の背中は冷えたままだった。
◇ ◇ ◇
そうして迎えた翌日曜日は、
真夏の気候に、天は
「あぢぃ~~~~」
とヤツデ形ウチワをひっきりなしに動かしている。
「わあ! 天さん! そのウチワ、洒落になる?」
駅のロータリーで合流した光晴が、それを見てクスクス笑っている。
「もちろん、ニセモノだぜぇ! でも、雪雲呼びてえよお〜〜〜」
「呼んじゃだめ」
「わーってるよぉ~~~」
「ふふ」
「天狗って暑さに弱いんすね」
「おいカナト……今頃知ったか! 天さんはなあ、夏は外に出ないって決めてんだよぉ〜あぢぃ〜」
「いやもう、見てるだけでこっちも暑いすって」
いつもの白Tシャツに、ビンテージアロハシャツ。ダメージデニムに、下駄。これでサングラスをかけたら、いかついお兄さんの出来上がりだ。そういう奏斗も、似たような格好なのだが。
二神が手配した大型SUVが、後ろのハッチバックを開けてクーラーボックスやら何やらを積み込んでいるその横で、キラキラした目をしているのは、麻耶だ。
そしてその麻耶のテンションに、すっかり表情の冷え切っている蓮花が付き添っている。麦わらにサマードレスで気合いを入れている麻耶と対照的に、蓮花はスキニーの黒パンツにオーバーサイズTシャツ、ベースボールキャップにスポーツサンダルのカジュアルさ。二神はチノのハーフパンツに黒いポロシャツ、デッキシューズ。腕にはごっついダイバーウォッチ、だ。
「ふわわわ~蓮花さん! 二神さんって、さすがエリートって感じですね!」
「え? あーそう、ですかね」
「こんな素敵な彼氏、羨ましいです!」
「うっ、えっ、は、あ」
どぅん! とハッチバックを閉めた二神が、申し訳なさそうに
「ううーん。七人乗りだけど後ろ結構狭いんで……たいへんすみませんが、女性お二人で最後尾に乗ってもらえると助かるのですが」
と申し出て、蓮花と麻耶は快く了承した。
特に天は、助手席じゃないと収まらない。
「ほんとわりぃね。無駄にでかくて」
最大限縮こまってお礼を言う天に、皆で笑った。
運転は二神、助手席が天、光晴と奏斗、蓮花と麻耶の並びで、都内から少し離れたバーベキュー施設へ向かう。
食材も器具も用意する必要がなく、他のメンツとは現地集合なのがまだ気楽でいいな、と天は溜息をつく。行きかえりも一緒となると、ひと時も油断できなくなるからだ。
「バーベキューなんて、それこそ何年ぶりだあ?」
「え、天さんまさか……」
助手席の後ろで、奏斗が焦ると
「大昔に、飛んでる
こともなげに言う。
「ワイルドすぎっすよ!」
「絞めて羽根むしんの、めんどいんだよなあ。火起こしもよぅ」
「えぇ……? てかそれ、バーベキューって言うのかな?」
運転しながら首をかしげる二神に、
「あはは、天さんたら」
光晴はクスクス笑って、冷たいドリンクを差し入れる。
そんな楽しそうな男性陣の一方で、蓮花は「二神と付き合うきっかけ」を麻耶から延々質問されて、無難な想定回答を繰り返し……最後は寝たふりをした。
◇ ◇ ◇
都心から車で二時間ほど。
新しくできたばかりという、小高い山の上に作られた有料バーベキュー施設は、家族連れや学生のサークルぽい団体、友達グループなどで賑わっていた。
「おーい、こっちー!」
受付近くで手を振るグループのうち、女性三人が麻耶の会社の同僚で、男性三人がその彼氏なのだが、その内ひとりは同じ会社――つまり社内恋愛だと聞いている。
その社内恋愛カップルの女性の方が
「お久しぶりですう! て言っても一週間ぶりですねー、二神さんっ」
彼氏を差し置いて二神の二の腕を触ろうとしてくるあたり、お察しだなと蓮花の目が瞬間で冷えた。その彼氏は……蓮花の服装を見て鼻で笑ったのが見て取れる。ある意味お似合いだな、と溜息をつきそうになっていると、二神が
「お招きどうも。蓮花さんもボクも、バーベキューなんて久しぶりなので楽しみです」
さりげなくその手を避けて蓮花の肩を抱く。
「いえいえ〜! あ、麻耶、こちらがミツハルさんのお友達〜?」
ちろり、と天と奏斗を見る梨乃の目は、完全に引いている。
真っ赤な髪でタトゥーの大男と、耳の全部がボディピアスばちばちの金髪コワモテ。無理もないが、あからさまだなぁと奏斗は苦笑した。
「どうも〜天です。こっちは弟のカナトね」
天は、気にせず明るく挨拶する。
奏斗が
「……っす」
とわざと無愛想にしてみると、向こうの男性陣から「うはぁ〜」と呆れ声が漏れた。こちらからすると、勝手に見下して挨拶すらもしない連中に「うはぁ」なのだが、もう縁もないはずなので、気にしない。
受付をして、指定のブースへ移動しながら奏斗は問う。
「二神さん。男でもあーやってマウント取るものなんすねえ」
これも社会勉強だな、と学ぶことにしたからだ。
「そだねぇ。あんなことしなくても、周りが自然と持ち上げちゃう人っていうのが、本物だと思うんだけどね」
それって二神さんのことじゃん、と思ったが、奏斗は口にしない。
「それより、いつ手を離すんだ?」
蓮花の冷たい声で、二神は我に返る。肩を抱いたままだったからだ。
「あ……!」
「まあ、奴らを牽制できたから、罪には問わない」
「ああ良かったです! 大変失礼しました」
慌てて手を離す二神に、
「……二神は、ああいう格好の方が良いと思うか?」
と問う蓮花の目線の先の女性陣は、全員サマードレスやワンピース、ミニスカート姿だ。
「え? 服装? いや、蓮花さんの方が断然良いですし、好きですよ。一緒にバーベキューやろうって気持ちが伝わります。あんなスカートじゃ、
「そ」
「え……? あのまさか蓮花さん……気になる男性とバーベキューに行くご予定があったり!?」
「ない」
「えっ、あ、それなら良かったです……?」
「カナト、クーラーボックス重いでしょ。半分持とうか」
「うえ!? 大丈夫っすよ」
そんな蓮花と、首をひねる二神の様子を、天と光晴は背後から微笑ましく見守っていた。
「ははは! 蓮花のやつ。少しずつ、だなあ」
「ええ。微笑ましいですね。ふふ」
「あー。みっちー、その……大丈夫か?」
「はい。僕も暑さ、苦手で」
「だなぁ。ああいう悪意も、苦手だろ?」
――前のことを、思い出さないと良いがな。
天は思わず独りごちる。
「悪意……やはりそうですか……」
「やべ、口が滑った」
「ああいえ。なんとなく分かっていましたから。あれほどまでに麻耶さんを憎むのって、なんでなのかなって」
「そりゃあ、執着さ」
天のこぼした言葉が、光晴の脳みそにカチッとハマる。
「ああ、それは……苦しいなぁ」
彼らのセリフも表情も、上滑りをしているようにしか見えない。
まるでここは、劇場のステージだな、と光晴は思う。演技だらけだからだ。
なんの準備にも参加せず、好き勝手に自撮りして、キャッキャとSNSに早速アップ! などとやってるのを見ると――そうして上澄みだけ見せつけて、一体何が得られるのだろう? とふと考えてしまった。
「みっちーさん? 大丈夫すか?」
光晴を覗き込む三白眼に、心配の色が浮かんでいる。
「あ、ごめんカナトくん。暑くてボーッとしちゃった」
奏斗は、いつでも全力で本気だから。
――だから、好きなんだ。
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