08 旅の始まり

♢♦♢


 ギルゼンの件から早1週間――。


 あれからN.M.E.Bや上層部、更にはアルダリア国全土にまで今回の劣悪な事件の全貌が明かされると、国中は瞬く間に震撼した。


「『魔操技士の歪んだ正義。再度問われる人類と物の怪』……だってさ。どっちがこの世の正義か分からないね。どう思う?」


 報道から数日経った今でも尚、ギルゼンの事件は多くの国民の関心を惹きつけていた。


 揺れる列車の中、座席に腰を掛けた少年が新聞を読みながらルルカに問う。


「さあな。そんな事より、本当にこんな所に始祖の物の怪がいるのか?」

「だから確証はないって何度も言っただろう。そんな簡単に見つかるなら僕だって何年も苦労していないさ」


 呼んでいた新聞を畳みながら、少年はふて腐れた表情で言った。


「何で自分の“親”の居場所が分からないんだよ。ただの迷子じゃないか。これでいなかったらお前執行するからな」

「いやいや……! それは流石に御免だよ。互いに“協力”する約束だろ?」


 話す少年の歳はルルカと同じぐらいか。

 黒く長い髪を束ね、何故か上半身は裸。

 辛うじて下着とズボンは履いているが、物の怪というのはつくづく理解出来ない存在だととルルカは思う。


「俺に協力するつもりなら先ず上を羽織れ。不審者扱いで捕まるだろ」

「国家魔操技士様なら大丈夫でしょ。これぐらい目を瞑ってくれるって」


 そう。

 今ルルカが当たり前の如く話している相手は他でもない、教会の神父――ではなく“終焉のマルコ”である。


 ギルゼンを倒した後、2人は互いに始祖の物の怪を探している事を知る。そしてマルコからの提案で、2人は始祖の物の怪を見つけるまでの間手を組む事にしたのだ。


 人間が……それも物の怪を執行する事が使命である魔操技士が、事もあろうかその物の怪と手を組むなど天変地異が起こっても有り得ない事実。


 しかし、今こうしてルルカとマルコは恐らく世界初であろう異色のタッグを組んでいた。


 勿論ルルカは悩んだ。

 いや、寧ろ最も嫌な選択肢であった。

 

 だがそれはマルコもまた然り――。


 奇しくも両者の“目的”は一致していた。ただ“立場”がまるで逆。


 最後の最後まで頭を抱えて悩むルルカだったが、始祖の物の怪という未知なる強大な敵に挑む為、更に互いに利用し合えるメリットを活かす為に条件を出し合った。


 マルコ側の条件は“自身への無執行”と“物の怪の情報”。


 そしてルルカ側の条件が“霊力係数の解除”と“虚偽の発言”である。


 ルルカはマルコは執行しないという代わりに、魔操技士の最大のネックとも言える霊力係数の解除を条件に出した。これは物の怪と手を組むという前代未聞のルルカ達だからこそ可能な条件。


 本来ならば執行対象の物の怪が敵意を見せ、霊力係数が基準値を超えて初めて魔操技士は反撃出来るが、もしルルカが物の怪と遭遇した場合、協力関係にあるマルコが敵意を向ければルルカはいつでも自由に執行する事が可能となる。


 もう1つは情報と虚偽の発言。

 これは互いに「始祖の物の怪を見つけ出す」という目的を前提に、無利益な駆け引きや心理戦、争いを無しにする条件である。


「お、やっと着いたか」


 大きな汽笛が鳴り響き、駅に停車する列車は徐々に減速していく。

 

 駅のホームには多くの人。

 目まぐるしく人が行き交う中、一際目立つ『4番街』と記された看板がルルカの目に留まった。


「始祖の物の怪はどこだ?」

「だからまだ分からないって。こっちだって他の物の怪に聞いた情報なんだよ」


 4番街の駅に降りる2人。

 上半身裸だったマルコは上着代わりの法被に袖を通し、固まった体をほぐすように伸びをした。


「なんでそんな祭りみたいな恰好してるんだよ」

「服なんて自由でしょ。これが気に入ってるの。動きやすいし」


 そう言いながらマルコは履いている足袋をルルカに見せびらかす。


「どうでもいい。行くぞもう。案内しろよ」

「君は協調性がないね~。友達いないだろ」

「執行するぞ」


 2人はそんな会話をしながら、目的地へと歩みを進めるのだった。


**


~4番街・アンダー地区~


 人影も疎らな閑静な土地。

 昔は賑わっていたのであろうか、活気がまるでない商店街通りは1つも店が開いていない。


 立ち並ぶ家や建物も空。

 4番街の中でもここ、アンダー地区の一角だけは廃れていた。


 しかし。


「うおおお!」

「そこだ! 殺せッ!」

「いけえええ!」


 廃墟となっている古い建物の地下――。


 そこだけは何故か多くの人間と歓声、そして血生臭い異様な活気が満ち溢れていた。


 決して広いとは言えない地下の1室。

 場にそぐわない数の人が密集している中央に、ルルカは何かを見つけた。


「あれは……檻?」


 凄まじい熱量と歓喜を上げる人々の隙間から見えたのは大きな鉄格子の檻。この場にいる者達全員の視線が檻に注がれている。


 檻の中にはいるのは人間だ。


「ここは“地下闘技場”だ。まぁ見たまんまだけどね」


 さも当たり前にマルコが言う。

 目の前の熱量とは真逆の態度。まるで興味がなさそうだ。


「ここの地区だけまともに人がいなかったのに、地下だけ凄いな。こんな所にいるのか? 始祖の物の怪が」

「それを確かめに来たんだよ」

「で、この後は?」

「さあ」

「は?」


 人々の熱狂を横目に、ルルカとマルコのテンションは急激に下がっていく。


 どうやらこれ以上の情報をマルコは待ち合わせていないらしい。


「ふざけるなよお前」


 ルルカは瞬時に緋色の魔素を練り上げる。


「ちょ、何でそうなる……ッ! だから初めから確証はないって何度も言ったじゃないか!」


 冗談ではない。

 本気で執行するつもりだと、ルルカの目が訴えている。

 慌てたマルコは必死で彼を落ち着かせた。


 その時。

 

「観戦希望っすか?」

「「……!」」


 ルルカとマルコに現れた1人の少年。

 見た所まだ10歳前後だろうか。


 不意に現れたその男の子は、ルルカ達を見るなりパッと表情が明るくなった。

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「緋色の魔法」と「物の怪」 きょろ @kkyyoo

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