07 嘘だらけの真実

♢♦♢


~N.M.E.B・執務室~


 翌日――。


 チク。タク。


 チク。タク。


 静かに鳴る秒針の音。

 次に口を開いたバーンズ局長の言葉からは、余り温度を感じられなかった。


「……成程。報告は以上であるな」

「はい」


 退屈と言わんばかりの局長の態度を前に、ルルカは一言だけ返す。


「そうか。つまりこれまでの連続殺人は全てギルゼン1級魔操技士による計画的犯行。との事で間違いはないか?」


 温度も感じなければ抑揚も感情もない。

 ただ文字を読んでいるだけの淡々とした口調。

 それも局長は極めて怪訝な瞳でルルカを見ている。


「私の報告に疑いを感じるのも仕方ありませんが、全ての報告は事実です」


 この数ヶ月、多くの魔操技士が投入され追っていた未解決事件を、配属されたばかりの新米が解決したのだから無理もない。


 局長が疑いの目を向けるのも当然である。


 バーンズ局長は机の引き出しから何かを取り出すと、それを机の上に置いて再び口を開く。


「君から受け取った薬莢だが……鑑識から結果が届き、ギルゼン1級魔操技士が使用している薬莢と一致した。それに彼の部屋を捜索させた所、部屋からこんな物も発見された」


 局長の机の上に置かれたのは1つの首飾り。

 銀で造られているであろうその首飾りは、細かいデザインが彫刻された綺麗な物。


 よく見ると、首飾りの裏には“アーティバッハ”という文字も刻まれていた。


「これが何を意味するか。君も分かるであろう?」


 尋ねるなど愚問。

 局長の言葉にはそういう意味合いが込められていた。


 対するルルカもわざわざ聞くつもりはない。

 何故ならそれが愚問に値すると承知しているから。


 この首飾りはアーティバッハへの信仰を意味する物。


 こんな事はアーティバッハを信仰していない普通の人でも知っている、当たり前の知識であった。


「犯行動機はアーティバッハを信仰していた事によるもの。魔操法律に異議を唱えるべく、彼は無関係な人間を殺してその罪を全て物の怪に被せた。今回の事件は君の報告通りで間違いない」


 てっきり自分の報告は疑われているものだとばかり思っていたルルカは、局長の余りにあっさりした答えに驚きと違和感を覚えた。


 局長は“初めから犯人を知っていた”のではないかと――。


 ルルカがその真偽を問おうとした瞬間、局長が話の矛先を変えたのだった。


「神父として身を潜めていた物の怪の報告は?」


 質問の返答に、ルルカは一瞬言葉が出てこなかった。


 確かにあの神父は物の怪。

 それは揺るがない事実。


 対象としていた終焉のマルコではなかったが、物の怪である事に変わりはない。


「神父は元の情報通り物の怪でした。ですが霊力係数を感知出来ませんでしたので、今回は執行に至っていません」


 ルルカの発言は真実と虚偽が半々。

 物の怪を庇うとも言えないこの報告が虚偽と分かれば、魔操技士の資格を剥奪されても可笑しくはない。


「それで間違いはないかね?」


 訂正するならば今。

 局長の目がそう訴えかけているように感じた。


 その鬼気迫る圧にルルカは呑み込まれそうになる。


 彼の脳裏には昨晩の事が回想していた――。


**


~昨晩~


「どいつもこいつも俺もおちょくりやがって……。やっぱりお前だったんだな神父――いや、“終焉のマルコ”――」


 ルルカは真っ直ぐ神父を見つめながら、迷いなき言葉で言い放った。


「……何の事じゃ?」

「しらばっくれてもダメだぜ。教会の時と違って今はお前を執行出来る。正直に白状した方が身の為だぞ」


 何かの確信を得ているのかルルカに引く気配はない。

 再び灯らせる緋色の魔素が、その強き想いを宿していた。


 両者の距離は3m弱。

 いくらスピードが自慢の神父であっても、この距離ではルルカの魔法から逃れられない。それは本人が最も理解していた。


「その根拠はなにかね? 若き魔操技士よ」

「霊力の残り香だよ。教会でお前に会った時から変な引っ掛かりは感じていた。だけどその違和感がずっと分からなかったんだ」


 構える手の銃をそのままに、ルルカは淡々と話を続ける。


「だが、今の戦闘でハッキリした。流石のお前も手負いの状態でギルゼン相手は厳しかったんだろうな。神父の霊力と別に“もう1つ”の霊力が零れてたぜ」

「……」

「まさかとは思って周囲を感知してみたが、ここにはお前以外に物の怪はいない。でも感じ取れた霊力は2つ……。まさかギルゼンのついていた“嘘”が本当になるとは思わなかっただろうよ、誰もな」


 連続殺人の犯人はギルゼンだ。

 神父は1人も人間を殺していない。

 神父が“終焉のマルコ”だと嘘をつき、それを周囲に真実だと思わせたのも、全てはギルゼンの策略だった。


 つまり、今回の一連の事件にマルコなどハナから存在していなかったのだ。


 しかし。


「“物の怪を食らう物の怪”――。それがお前の能力だろ? なぁ、終焉のマルコ」


 駆け引きでも鎌をかける訳でもない断言。

 ルルカは「お前がマルコだ」と言い切った。


「……」


 問われた神父は無言のまま。

 だがこの状況での沈黙はイコール“答え”でもあった。


 勿論、肯定の。


「ホッホッホッホッ。流石0級の魔操技士じゃな。他の者達とは質が違うわ」


 追い詰められて開き直ったのか、神父は愉快に笑った。


「久々にワシに気付く魔操技士に出会ったのぉ。それに緋色の魔法とは珍しい。面白いものを見せてもらった」

「どうでもいい事を話すな。マルコと分かった以上執行する。お前はN.M.E.BのブラックリストNo.4の物の怪だからな――」


 ルルカの指先の光が強まる。

 後はもう撃つだけだ。


「ならば、どうでもいい事じゃない話はどうかね?」

「見え透いた真似をするな。時間稼ぎなどしてもお前ッ……「“始祖の物の怪”を知っている――と言ったら?」

「ッ!?」


 一瞬心が揺らぐ。

 しかし相手は物の怪。

 それもブラックリストに載る手練れときた。そんな物の怪をどどうやって信じる事が出来ようか。


 頭では分かっている。

 だがルルカの本能が、それを聞かずにはいられなかった。


「なら奴はどこだ? 今すぐ言え」

「ワシにも正確な場所は分からぬ」

「ふん、やっぱりそうか。ならくたばれ」


 ルルカが撃とうとした刹那、神父は抵抗しないと訴えんばかりに両手を上に挙げた。


「確かに今は始祖の物の怪の居所は分からぬ。しかし、奴の事はワシも探しておるのじゃ」


 話がさっぱり読めない。

 でも神父の言葉は本当だ。ルルカは直感でそう感じ取っていた。


 そして、神父は驚きの言葉を口にした。


「君も始祖の物の怪を探していると言ったな。ならばどうじゃ?

“ワシと手を組まぬか”――」

「……!?」


**


~N.M.E.B・執務室~


「無言が答えと受け取るぞ――」


 局長の低い声が響き、ルルカはふと我に返る。


「……はい。間違いはありません。報告させていただいた事が全てです」

「結構」


 相変わらず殺伐とした対応。

 局長は早く退室しろと言わんばかりの雰囲気を醸し出す。


「それでは失礼します」


 居心地の悪い執務室。

 早く帰りたかったルルカも早々に切り上げ、そのまま執務室から出て行く。


(よし。これでやっと自由に動ける。待ってろ……始祖の物の怪――。必ずお前を見つけ出し、家族の仇を討ってやるからな――)


 確固たる決意を滾らせ、ルルカはN.M.E.Bを後にした――。

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