06 緋色の魔操技士

**


「……行くぞ」

「やはり若者は勢いがあって良い」


 ギルゼンに狙われる中、ルルカ達は建物の陰から勢いよく飛び出す。


 だが飛び出したのはルルカのみ。


「まだコソコソ逃げるつもりか馬鹿が!」


 暗闇に走るルルカを捉えたギルゼンは再び発砲。


 ――バン、バン。

 射撃された弾丸はルルカに当たる直前でその形を変化させた。


 ――シュバン、シュバン。

(うおッ、危ね……ッ! 思った以上に厄介だな)


 突如変化を見せた弾丸は本来の弾とは全く異なる、まるで“大きな刃物で斬り裂いた”ような形で地面を抉っていた。


 神父が弾丸を躱したと錯覚していた原因がこのギルゼンの魔法である。


 魔操技士の戦闘スタイルは百人百様。


 形や決まりのない“魔法”と呼ばれる力だからこそ、その能力は無限と言っても過言ではない。


 ギルゼンは“風属性”の魔法を使用する魔操技士。

 彼は風圧で弾丸の威力、速度を強化すると共に、対象を捉える直前で弾を鎌鼬へと変化させる魔法を使用している。


 犠牲者達の大きな傷跡も、現場でそれらしい刃物を持っている人物の目撃証言がなかった事も、全てはギルゼンによる策略であった――。


「物の怪はどこに行った! 怖気づいて逃げたか。クハハハ!」

「逃げ足だけが取り柄の老人じゃからのぉ」

「ッ!?」


 刹那、己の気配を感じさせずに背後へと忍び寄っていた神父がギルゼンの耳元で囁いた。


 不意打ちを受けたギルゼンは振り向きざまに発砲。

 しかしもうそこには神父の姿はない。


「小癪なッ……!」


 不快に舌打ちをするギルゼン。

 そんな奴を横目に、神父は挑発するかの如く縦横無尽にギルゼンの周りを駆け回る。


 建物の陰から反対側の建物の陰へ。


 高速で移動する最中、時折死角から一瞬でギルゼンに忍び寄り、すぐさままた距離を取る。


 神父の行動は決して肉体的ダメージは与えられないが、精神的ダメージは与えていた。


「鬱陶しいぞクソ物の怪がッ! いい加減遊びは終わりだ!」


 ストレスで血相を変えたギルゼンが膨大な魔素を練り上げ始めた。


 今までよりも強力な魔法が発せられる。


 それでも神父は変わらず動きを止めない。


 だが次の瞬間、ギルゼンは練り上げた魔素を弾丸に変え装填すると、神父ではなく何故か地面へと連続で発砲した。


 ――ブォォン。

「くッ……!?」

「調子に乗るな物の怪!」


 ギルゼンが地面に発砲した事により、彼を囲うように凄まじい風圧が生じた。


 まるで風の防御壁。


 既にギルゼンへと飛び掛かっていた神父はその風圧を諸に受け、自慢の快速をブツンと制されてしまった。


「ぐあああッ!」

「調子に乗り過ぎたようだな」


 地面に叩きつけられた神父の腕を踏むギルゼン。

 神父は撃たれた傷口を踏まれた事により、苦渋の呻きを上げる。


 カチャ。


「貴様から死ね」


 神父の頭に銃口を向けたギルゼン。

 物の怪を見下す彼の瞳は何よりも冷たさを感じる。


 そして、ギルゼンは微塵の迷いなく引き金を引くと、そのまま神父の頭へ弾丸を撃ち込んッ――「死ぬのはお前だよ。ギルゼン」


 「ッ!?」


 銃を持つ人差し指が数ミリ動きを見せたと同時、神父に銃口を向けるギルゼンの背後から更にルルカが銃口を向けていた。


 だが銃口とは言っても、ルルカの手に銃は存在しない――。


 親指は上に立て、真っ直ぐ伸ばした人差し指と中指をただ向けている。

 

 つまり、ルルカは子供の遊びかの如く“手”で銃を表現して構えているだけであった――。


 一瞬背筋に嫌な汗が伝ったギルゼン。

 しかしそれは振り返りと同時に消滅し、高らかな馬鹿笑いを生んだ。


「ハーハッハッハッハッ! どこまでふざけるつもりだ貴様ら。往生際が悪いにも程があるぞ」


 神父に向けられていた銃口がルルカに向く。

 ギルゼンの笑いは止まらない。


「何故貴様みたいなガキが0級魔操技士に? これだから今のN.M.E.Bはダメなんだよ。誰かが変えなければな」

「仮にそうだとしても、お前ではない」

「クハハハ。口だけは達者だな新米。結局最後まで平行線のままだったが、貴様の死はしっかりと私の踏み台に使ってやる。有り難く死ね」


 冷えた声色が空気に伝わる。

 無慈悲な瞳を浮かばせると共に、次に動いたのはギルゼンの人差し指であった。


 ――バン。


 月下に奏でられた発砲音。

 弾丸は無情にもルルカの胸を貫いた。


「なッ!?」


 しかし。


「どうなっている……ッ!?」


 苦悶を顔に宿したのはギルゼン。

 一方のルルカは微動だにしていない。


 それどころか貫かれた筈の胸からは一切の出血がない挙句、直後ルルカの体が突然揺らめく動きを見せたと同時、彼の体は霧のように瞬く間に消え去ってしまったのだ。


 そう。まるで蜃気楼かの如く。


 ――ブワッ。

「ッ!?」


 これはデジャヴだろうか。

 それとも質の悪い悪戯か。


 “状況”を理解したギルゼンの顔色は月光のように青ざめていた。


「一体……いつの間に……」


 生唾を飲み、僅かに声を震わせるギルゼンに最早余裕はない。

 デジャヴとも思えるこの状況。

 強いてさっきと違う事と言えば、今のギルゼンには恐怖というものが生まれている事だろうか。


「踏み台になるのはお前だよ、ギルゼン――」


 倒れる神父の眼前にはルルカの足。

 神父がその視線をスッと上げると、そこには鋭い眼光を飛ばすルルカの姿が。


 彼はさっきと同じように手の銃を構え、ギルゼンの後頭部へと突き付けている。


 更に奴に向けられたルルカの人差し指と中指の先端。

 そこには不思議な“緋色”の光が淡く灯されていた――。


「お前は物の怪よりも救いようがないクズだ」

「ばッ……! き、貴様に私が殺せッ……『――シュバン』


 銃とは違う特殊な発砲音。

 しかしその姿は銃そのもの。


 ルルカから放たれた緋色の一閃は闇を切り裂いた。


 緋色の輝きは一瞬でこの世界に出現し、一瞬でこの世界から姿を消し去る。


 ギルゼンの命と共に――。


 ドサッ。


 頭を撃ち抜かれ、生命を断たれた“元”ギルゼンの肉の塊が地面に倒れる。頭部から流れ出る夥しい血が、石畳の溝を伝っていった。


「物の怪だからと一括りにするでない。そう言ったじゃろ」


 場の静寂を破るように、神父が腕を抑えながらゆっくりと立ち上がった。


「物の怪は物の怪だろう」


 ギルゼンに落とされていたルルカの視線が神父へと移り変わる。


「それにしても、大変な事に巻き込まれたもんじゃよ全く」

「運が悪かったな」

「フフフ。まぁそれも人生じゃろうて」

「物の怪が人生を語るのは可笑しいだろう」


 何気ない言葉を何度か交わした後、神父は徐に体の向きを変える。


「では、ワシはもう帰らせてもらうぞ。もう会う事もないだろう。若き魔操技士よ」


 最後に神父はそう告げると、この場から去って行った。


「待て――」


 これで一件落着。とはいかず、ルルカが神父を引き留めた。

 しかもルルカは今しがたギルゼンに放った手の銃を、今度は神父に向けている。


 そして。


「どいつもこいつも俺もおちょくりやがって……。やっぱりお前だったんだな神父――いや、“終焉のマルコ”――」


 ルルカは真っ直ぐ神父を見つめながら、迷いなき言葉で言い放った。

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