05 前代未聞の

 月の遮っていた雲が流れ、月光がギルゼンの顔を淡く照らした。


「クックックックッ。気付いていたのか。いつからだ?」


 昼間の人物とは全く違う顔つきをしているギルゼン。

 彼は不敵な笑みを浮かべたままルルカに問う。


「初めに違和感を感じたのは最後の現場ですよ。あそこには霊力の残り香や痕跡が全く感じられなかった。その次の現場でもね」


 そう言ったルルカはポケットから透明な袋を取り出して見せた。

 それは昼間に神父から受け取った物――袋の中身は銃の“薬莢”だ。


「連続殺人は全てアンタの仕業だ。終焉のマルコの犯行だとミスリードさせたのもな」

「おいおい、まさかそれだけの理由と証拠で私を犯人だと思ったのか? 笑わせる。銃など他の魔操技士がいくらでも使っているだろう」


 ルルカの言及に、ギルゼンは静かに笑い出す。


「確かにその通りだ。だがお前に車で渡したあの薬莢は俺が魔法で作り上げた偽物。本当に調べたかった薬莢は俺が直接バーンズ局長に渡してある。

お前はその薬莢が“自分の物”だと勘づいたからこそ、こうして俺を始末しに来たんだろ? 実際お前に渡した薬莢はまだ鑑識に届いていないと聞いているしな――」


 名探偵の如き推理ショー。


 それでもまだ犯行動機や確実な証拠は不十分であったが、殺意を露にルルカを睨みつけるギルゼンを見ればその答えは一目瞭然。


 それに、ルルカには彼の犯行の動機に思い当たる節があった。


「クッハッハッハ! すまない、まだガキだと思って完全に舐めていたよ。そうさ。お前の言う通り、私がこの連続殺人の犯人さ!」


 高笑いしながら自白をしたギルゼン。ルルカはグッと眉間に皺を寄せる。


「魔操法律に異議を唱える者は少なくない。だがこんなやり方は絶対に間違っているぞ」


 そう言い放ったルルカはずっと気になっていた。

 現場での妙な違和感、それにギルゼンという男が露骨に呈していた魔操法律への不満を。


「国とN.M.E.Bのお偉いさんはどうも危機感が足りていない。まぁそりゃそうだよな。自分達は現場で命を懸けないから、この法律の危険と馬鹿さをまるで理解出来ていない。

だから私がこの法を変えてやるのさ。より良い未来の為にな――」


 ルルカが抱いていた疑心は最悪な形で確信へと変化してしまった。


 両者の言い分に正解はないだろう。

 正義と悪でさえ、立場が変われば真逆となり得る。


 それでも。


「全ての物の怪を執行するには力――魔操技士が強くいる為の法と権力が必要なのだ! 奴らを相手に躊躇いなど一切不要。アーティバッハのような絶対的正義こそが我々を救う! お前もそう思うだろう、ルルカ・ジャックヴァン」


 既にN.M.E.Bの上司と新米部下という関係は破綻している。

 己の自己中な発言に対し、ルルカは吐き捨てるように返した。

 

「今のアンタは物の怪よりも狡猾で危険な存在だな。確かに今の魔操法律に思う所はある。でもだからと言ってルールを破り、全く関係のない人間を殺していい筈がない。物の怪とやってる事変わらねぇぞ」

「全てを一括りにされても困るのぉ」


 後ろで神父が不満そうな声を漏らす。


「若い世代の君なら理解を示してくれると思っていたが、実に残念だ。だが今回の一件でようやく上の奴らが重い腰を上げたとの報告を聞いた。やった甲斐がある。貴様にはダメ押しとして8人目の被害者になってもらおうか。


……おっと、終焉のマルコに見せかけた貴様もご苦労だったな物の怪。私が2人まとめて始末してくれよう。なあに、心配はいらん。これまでと同じように証拠は捏造してやる。

貴様らが相打ちで死んだようにな――!」


 次の瞬間、素早く動いたギルゼンは“魔素”を練り上げる。


 魔素は血や細胞のように誰しもの人体にある、魔法を使用する為に必要なエネルギー。魔操技士はこの魔素を自らコントロールする事により魔法を扱えるようになる。


 当然の事ながら、無断で魔法を使用する事は法律で硬く禁止されており、唯一この魔法の力の使用を認められているのが魔操技士だ。


 魔素を練り上げたギルゼンの体は、魔法使用時に現れる特有の淡い光に包まれている。


 そしてギルゼンは自らの持つ銃を“媒体”にし、先程地面を抉った強烈な魔法攻撃を再び放った。


「死ねえええッ!」


 ――バン、バン、バン。

 射撃された3発の弾丸。

 瞬く間にルルカとの距離を詰める。


 辛うじてワンテンポ早く走り出していたルルカと神父は間一髪でギルゼンの弾丸を躱し、そのまま一直線に建物の陰へと身を隠した。


「おい……! 大丈夫か!?」


 ルルカは幸い無傷。

 だが神父には1発の弾丸が腕を掠め、切り口からは血が流れていた。


「フフフ、魔操技士が物の怪を心配するか。生憎掠り傷じゃよ」


 少し眉を顰めながらも言う神父。

 腕を伝った血がポタポタと地面に滴るが、命に別状はないレベル。


 反射的とはいえ、ルルカも目の前の神父が物の怪だと一瞬忘れて心配していた。


「それより、君の仲間はまた随分と変わっておるのぉ。人間関係とやらは今だ理解に苦しむわい」

「仲間じゃないよあんな奴」

「隠れても無駄だぞ! 諦めて潔く出て来い!」


 ギルゼンがルルカと神父を威圧する。


「どうするつもりじゃ? 争う気がないから白状するが、ワシはちょっと速いだけの物の怪。到底あの男には敵わん。後は任せるわい」

「こらこら。都合の良い時だけ歩み寄って来るな。もうお前を執行してもいいんだからな俺は」


 強気の姿勢を見せるルルカ。

 しかし神父は彼が“”何かを狙っている”事を見抜いた。


「どういう算段じゃ」

「……は?」

「惚けている時間はない。ワシを“敢えて”執行しないという事は、この状況を潜り抜ける案を何か思いついているのじゃろう?」


 その言葉に、ルルカは一瞬目を見開かせる。


「君が1人であの男に勝てる実力ならコソコソ隠れる必要はない。ほれ、怖いもの無しに動けるのが若者の醍醐味じゃろうて」


 この物の怪は主導権を握るのが上手い。

 言われたルルカは納得いかない様子で天を仰ぐと、渋々口を開き始めた。


「くそ。最強にイラつくけど仕方ない。今だけ互いに手を組もう。そうすればギルゼンに勝てる」


 魔操技士と物の怪の共闘など前代未聞。


 自ら提案した事なのに、ルルカは自分をぶん殴りたくなった。


「ホッホッホッ。良いじゃろう。君の実力を見せてもらおうかねぇ」

「上から目線で言うな。いいか? 1度しか言わないからよく聞けよ――」


 そう言うと、ルルカは小声で神父に作戦を伝えた。

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